蛙の親は蛙
これより第1章スタートです。
最初は〈デスゲーム〉が始まってからの現実世界での話です。
7月28日 午後2時08分
現状を一言で表すなら『混沌』だな……
政府の『VRMMOユーザー拉致監禁事件対策室』から送られてきた杉山省吾は、今日何度目かわからないため息とともにそんな言葉を呟いた。
「ダメですよ杉山さん! そんな言葉を言ったら火に油を注ぐようなもんです!」
隣の席に座る後輩の松原がそんな言葉を耳打ちしてきたが、杉山にとってその言葉は全く耳に入ってこなかった。
それもある意味仕方ないことだった。
丁度今ヴァーラスキャールヴ社のスタッフによる現状について説明がなされているのだが、その言葉のほとんどはプレイヤーの親族の怒号によってかき消されてしまっていた。
ヴァーラスキャールヴ社によるとプレイヤーは安全な状態にあり、ただ今外部からゲームに干渉する方法を模索している最中であると必死に弁明しているのだが、その言葉はまさに焼け石に水と言ったものであった。
「どうしたもんかな……」
杉山はこれまでの経緯を回想しながら自問自答を続けていた。
◇ ◇
〈HALL〉と名乗る犯人から犯行声明がなされたのは三日前だった。
それによると-World Heir Online-のプレイヤーはゲーム内からログアウトできず、外部から無理矢理VRギアを外そうとしたらプレイヤーは死亡すると言ったものであった。
犯行声明がなされた時、ほとんどのマスコミや警察などはただのデマか愉快犯の実害の無い悪戯であるであると考えていた。
しかし、同時に送られてきた全フリスズキャルヴの位置データと外部からフリスズキャルヴを無理矢理外したときに起こってしまう映像を見たとき状況は一変した。ただの愉快犯がこのような詳細な情報を手に入れられるはずもなく、フリスズキャルヴの構造的欠陥を利用した脅迫も、その映像を見た後だと誰しもが最悪のケースを想定してしまうほどリアリティのあるものであった。
警察は全てのマスコミを利用してすぐさまフリスズキャルヴに構造的欠陥があることを発表。プレイヤーが死亡する恐れがあると言う事実を隠蔽しつつ、すぐさま全プレイヤーを各地方ごと一か所に集めることに成功したのである。
幸いにも大きなパニックとや死亡者を出すことはなく全プレイヤー集めることに成功した。
しかし構造的欠陥がありプレイヤーに危険があるからと言っても、三日も具体的な説明もなく現実に帰ってこないことによる不満は嫌が応なしに高まっていった。
そしてついに、プレイヤー達はログアウトのできない〈デスゲーム〉に囚われていると言うこと、構造的欠陥によってプレイヤーが死亡する恐れがあると言う情報が流出してしまい状況は最悪の一途をたどっていた。
「ですから! フリスズキャルヴに外部から干渉することはプレイヤーをただ徒に危険にさらすだけであり、ただ今システム的な面から……」
「だからそれは何時になるんだ!」
「お願い、一目でいいから娘に会わせて!」
「フリスズキャルヴは絶対安全じゃなかったのか!」
「あんたら、いったいどうこの責任を取るつもりだ!」
もはや被害者の親族は暴徒と言っても過言ではなく、手元にあるものをこちらに投げつけるだけでなく席を立って掴みかかって来ようとする人たちも少なくない。
今はまだ警備員達によって押しとどめられているようであるが、それも何時までもつかは分からない。最悪我々やスタッフがこの事件における最初の死亡例となる恐れさえあった。
「このままじゃ不味いな……」
「ええ、完全に興奮状態ですね。下手したら本当に退避なんてことになりかねません」
「いや、そういうことじゃなくてな。ほれ、あそこに初老の方が見えるだろ」
「はい、見えますが……あの男性がどうしたのですか? たしかに興奮しているようですが我を忘れて暴れだしている人達と比べると……」
「あのお方は『川澄財閥』の会長だ」
俺が事もなげに言うと松原は真っ青な顔になった。
無理もない。川澄財閥は日本有数の大企業であり、俺達の首など千人くらい軽く飛ばせるほどの権力を持つとも言われている。
「それだけじゃない。『バリジティ社』や『二階堂グループ』、あそこに固まっているのはこの事件に巻き込まれた中でも『超VIP』な被害者たちの親族だ」
俺達対策室が強硬策に出られないのもそこにある。
万が一強硬策に出て『超VIP』な被害者が死亡する事態となったら、現政権が倒れることになりかねない。
だからと言って何もせず手をこまねいているだけだと思われると、それでも何人もの首が飛ぶことになりかねない。
そのため完全な二律背反な状況に置かれてしまっているのだ。
そんなことを考えている間にも興奮した親族の勢いは警備員達にも止められなくなってきている。
そろそろ本格的に逃げるべきか……
俺達スタッフがそう感じ始めていた時その事件は起こった。
「はろはろ~親族の皆様こんにちはー☆ 歌って踊れるメインプログラム、永遠の十七歳〈HALL〉ちゃんです♡ どぞ、よろしくねー」
そんな声が聞こえると同時に、俺達の後ろに用意してあったスクリーンの映像に乱れが生じ始めた。
そしてその乱れが収まると同時に、先ほどまで表示されていた画面に代わって薄い緑色の髪の毛をツインテールにした少女の映像が映し出された。
「いったい何が起きているんだ!?」
「クラッキングです! 外部から謎の襲撃を受けています!」
「ちょっとちょっとちょっと、せっかく名乗ってあげたのに『謎』の襲撃とかなんなのよ。私が犯人って小学生でもわかるでしょ」
混乱するスタッフをよそに〈HALL〉と名乗った人物(?)の言葉は続く。
「ま、いっか。改めましてこんにちは、この事件の犯人の〈HALL〉ちゃんです☆ ここに来たのは貴方方の無駄な努力を諦めてもらうためにやってきました♡」
「……無駄など努力とは……いったいなんのことだ」
「なんの事って……そりゃあ言葉の通りですよ。こんなところでぐちゃぐちゃ文句を言う暇があったら、ちょっとでも働いてきたら? ってこーと♡」
その言葉を皮切りに、〈HALL〉の登場により一時的に鎮静化していた親族達の怒りが一気に再燃した。
ただ、今回は俺たちスタッフに向けられたものではなく、『犯人』を名乗りながらもいけしゃあしゃあとふざけた台詞を放った〈HALL〉に対する怒りであった。
その怒りは凄まじく、先ほどまでのスタッフに対する怒りとは比べ物にならないほどのものであった
「あーもう、うるさいうるさいうるさーい!! せっかく、色々説明でもしてあげようかなーとかなんとか思ってたのに、そんな気が全く失せちゃったじゃないのよー!? ねーVRMMOユーザー拉致監禁事件対策室の杉山省吾さん」
! ちょとまて、今あいつは何かとんでもないことを言ってなかったか!?
「ちょっとまて〈HALL〉! お前今何て言った!」
「んー、『あーもう、うるさいうるさ……」
「違う! 最後のセリフだ!」
「えーっと、『VRMMOユーザー拉致監禁事件対策室の杉山省吾さん』ってとこ?」
「そうだ! どうしてお前がそれを知っているんだ!」
「それだけじゃないよ☆ 杉山省吾、三十八歳。妻子あり。妻、杉山美智子とは大学生の時に出会い交際、二十五歳で結婚。十一歳と七歳になる息子が二人の四人家族。息子、健也と雄介はともに市立の小学校に通っている。一軒屋に住んでいて三十年ローン。住所は……まずいかな。えーっと、あとは……」
「わかった! わかったから止めてくれ!!」
危険だ。これは想像以上に危険な事態となっている。
つい先ほどまで怒りに我を忘れていた親族達も、俺のプライバシーが公表されていくにつれて顔を見合わせ不安そうな表情に変わってきている。
おそらく彼らが恐れている事態は現実の事になるだろう。
「はーい♡ 今ので解ったと思われますが、私は様々な情報を握っていまーす★ 知られざる功績から後ろ暗い過去についてとか? それでですね、あんまりお痛が過ぎる子にはちょーとお仕置きしちゃうかもね。アハッ☆」
その言葉が聞こえると同時に、はっきりと会場の雰囲気が変わったのが分かった。
この会場を支配している感情が、怒りから恐怖に切り替わった瞬間であった。
もちろんプレイヤー達が囚われてしまっていることによる怒りが収まったわけではないだろう。ただそれ以上に〈HALL〉が自らの、いや家族や親族全てを破滅させるような情報を握っているのではないかと言う恐怖が勝っているとゆうことなのだろう。
会場にいるほとんどの親族やスタッフが困惑し恐怖しているなか、その様子を愉快そうに見ていた〈HALL〉であったが、
「少し質問をさせてもらってもいいか?」
その笑みも唐突に突きつけられた質問によって中断させられることになった。
「んー、なにさー。何でもするから自分の情報だけ話さないでー、とかなんとか言うのだったら無駄だよー」
〈HALL〉は最高の劇を見ていたのに水を差されてしまった観客のような不満げな表情を浮かべていたが、その質問者は全く意に介する様子がなかった。
「いや、そんなことじゃない。俺の息子、千早倭と言う男が今ゲームの中で何をやっているのかを教えてくれ……具体的に言えば、あいつは今闘っているかってことだ」
その男はこのような状況の中にあって余裕そうな表情を崩さず、いっそふてぶてしいともとれる態度で席に座っていた。
その隣の席には、女優と言っても十分通用するようなスタイルと美貌の女性が座っており、その男の顔をうっとりとした表情で見つめていた。さらに隣の席に目を移していくと、和服を着た清楚な大和撫子風の妙齢の女性とアイドルとしてなら一世を風靡すると言っても過言ではない少女が座っており、男性の隣に座っている女性を親の仇のように見つめている。
周囲の席の人間もスタッフもさらには〈HALL〉でさえ、いったいどのような組み合わせなのかと疑問に思わずにはいられない、そんな奇妙な集団であった。
「……えーっと……うん、まあいいや。それで件の千早倭くんわっと……おお、よかったね。まだ頑張って闘っているみたいだよ。まーそれも、どこまでもつかは解らないけどねー☆ そーだ、今彼がどんな状況で頑張ってるか実況してあげようか? 彼が闘っている映像も今なら付けてあげるからさー」
……こいつは本当に最悪だ……プレイヤーの親族がどんな気持ちでここにいるか解った上でこんな提案をしてきてやがる。
そしてこの質問をした男性はどう答えるか……それによってはこの状況が一変するかもしれないぞ……。
杉山は固唾を飲んで成り行きを見守っていたのだが、その男が出したこと答えは誰もが予想していないものだった。
「そうか。そんなら帰るか」
その瞬間、間違いなくこの場にいた全ての人間の時が止まった。……いや正確に言うと四人以外の時が止まった。
「今日は久々に私とあなたがそろって仕事が休みなんだよねー。今夜はたっぷり楽しませてもらうわよ」
「あらあら、独り占めはずるいですわよ。まあそれでも、皆様明日までお休みなんですから、お夕食は精のつくものにしましょうね」
「それじゃあ帰りに買い物をして帰ろっか。確か今日は駅前のスーパーでレバーと山芋が安売りしてたはずだからさ、いっぱい買って帰ろうよ」
そう言って唖然とする周りを差し置いて、彼ら四人は本当に帰ってしまうようだった。
だがそのことに一番唖然としているのは〈HALL〉だろう。彼女はこれまでの悠然とした態度とは打って変わって慌てて彼らに向かって声をかけた。
「ちょっとちょっと、いくらなんでも薄情じゃないの!? それとも最近の親ってのはそういうもんなの!? 自分の子供が心配じゃないの!?」
〈HALL〉が全く理解できないといった風に声をかけると、そこでようやく今夜のメニューを考えていた男性が振り返って答えた。
「心配じゃないさ」
「はぁ!?」
「あいつには闘う術や生き残るために必要な術は全部叩き込めてある。唯一心配だったのはビビッて戦いもしないとゆうことだけだったが、その心配はお前が解消してくれたしな。たかだか一年ぐらいどうってことないだろう」
「……ほんとは強がってるだけじゃないのー」
「そう思うならどうぞご自由に。まあ可愛い子には旅をさせよとも言うしな、あいつには良い試練だろ……まてよ、あいつは別に全然可愛くないからこの言葉には当てはまらないか……?」
「あら、可愛いじゃない。私がお風呂に入っているところに間違って入ってきたときなんか顔を真っ赤にしていたわよ」
「そうそう、前に洗濯を頼んだときなんか私の下着を持って固まっていましたわよ」
「あー確かに。私も半裸で家をうろついていたら倭君と瑠璃ちゃんにすごく怒られたもの、可愛い可愛い」
「…………あいつは帰ってこなくてもいいかもしれないな」
千早倭と言う男子の両親(にしてはなぜ三人も女性がいる!?)は〈HALL〉の言葉にも全く動揺することなく本当に帰っていってしまうようであった。
そして、彼らが本当に扉から出ていってしまいそうになった時に〈HALL〉が最後の言葉を投げかけた。
「じゃ、じゃあ、最後に何か伝える言葉とかないの!? 生きて帰ってこいとか、無茶はしないでとか!? 気が向いたら伝えてあげるかもしれないよ!」
「ふむ、そうだな……」
そこでようやく彼は〈HALL〉の言葉に興味が惹かれたかのように真剣になって考え出した。
そして、考えること数秒。何か相応しい言葉が思いついたのか、晴れやかな表情をして
〈HALL〉に伝言を頼んだ。
「〈HALL〉とか言ったな。それじゃあ伝言を頼む」
「……! 了解、了解したよ! まあ。まあ、伝えるかどうかはわからないけどね。期待せず待っててね☆」
ようやく調子が戻ったのか、先ほどまでの人を馬鹿にしたような口調に戻って余裕綽々と言った感じだ。さんざん振り回されてきた恨みか、今度こそアドバンテージを確保したと確信して饒舌になってきている。
「それで、それで。その最後に伝えたい言葉って何!? 教えてよ、聞き流すだけかもしれないけどさー★ アハハハハハ」
「ああ、非常に重要なことだからきちんと伝えてほしいのだがな」
「はい、それじゃ-どうぞ♡ そのひじょーに重要だと言う伝言を、お願いします!!」
そして千早倭の父親は口を開く。非常に重要な伝言を伝えるために。
「いいか、女ってのは危機的状況で優しくされたらコロッといっちまうもんだ。男ならここで瑠璃ちゃんを落として来い!! そんで雰囲気がよかったら一気に押し倒しちまえ!! だが行動は計画的にな、修羅場ったり色が変わったりするのには気を付けろよ!!」
それだけ言うと本当に出ていってしまった。
沈黙。辺りにはどうしようもない沈黙が流れていた。
そして画面の中で〈HALL〉が、ポンと手を叩いて素晴らしいことを思いついたかのように晴れやかな表情で結論付けた。
「それならやっぱ色々渡しといてあげるか」
……やはりこの状況を表すには『混沌』がふさわしいな。
そう呟いて、杉山はこれから起こるであろう事態を考えて大きくため息をついた。
ようやく第1章の開始です。
第1章のタイトルは一応仮なのでもしかしたら変更するかもしれません。
予定していた八月中に投稿開始ができませんでした。ですがそこそこ書き溜めれているので頑張って駆け足で更新していきたいです。
応援のほどどうかよろしくお願いします。




