【魂の欠片】
ルビーの月27日 午後3時00分00秒0000 【王都カーリオン】
イベントの開始を告げる鐘が鳴る。
その音はどこまでも空虚で、物悲しく虚しいものであった。
多くのプレイヤーは歓声を上げその鐘の音を、WHO最初のイベントの始まりを受け入れているようであった。
ただ、俺を含む幾人かのプレイヤーはどうしようもなく不安な気持ちにさせられた。
まるで吊り橋の上を渡っているときに足を踏み外した時のように。
まるで暴走する車が自分の方に向かってきたときのような。
どうしようもなく手遅れで、救いようない、絶望的な未来がすぐ傍に近づいてくるような。
その鐘の音は、まるで死神の足音のようにさえ聞こえた。
イベント開始の鐘の音は三回ほど鳴り終った後、唐突に途絶えた。
鐘の音が止むと同時にまるで金縛りが解けたように、俺と同じように不安を感じていたプレイヤー達はすぐさまログアウトを試みようとステータス欄を開き始めていた。
正直に言えば俺もそれに追随したかったが、ルリや小町姉ぇ達を置いて俺だけログアウトするわけにもいかない。
こうなったら恥も外聞も関係ない、俺は周りのプレイヤーを押しのけ大声でルリや小町姉ぇを探しながら走り出した。
が、それも今となっては全てが手遅れであった。
俺が数歩もいかないうちに聞き覚えのある声が頭の上から聞こえてきた。
「はろはろ~WHOにご参加されているプレイヤーの皆様こんにちは☆ 歌って踊れるメインプログラム、永遠の十七歳〈HALL〉ちゃんです♡ どぞ、よろしくねー」
その声が聞こえると同時に、大多数のプレイヤー達は大歓声を上げて腕を振り回し興奮をあらわにしたため、俺の動きは完全に阻害されてしまった。
空に目をやると俺達と等身大の、どちらかと言うとかわいらしい顔つきの少女の姿が空に浮かんでいた。
おそらくそれが声の主の〈HALL〉なのだろう。
ただ、顔に見合わず〈HALL〉の体は少女らしからぬ抜群のスタイルをしており、それに対して長く薄い緑色の髪の毛をツインテールにしているため、それが奇妙でアンバランスな雰囲気を醸し出していた。
まるで体だけは成熟しきった大人であるのに、その身に宿る精神だけが年相応の少女である、そんなことが想像される姿だった。
そして、俺が焦って身動きが取れなくなっているのを後目に〈HALL〉は言葉を続けていった。
「それじゃーみんな、WHO最初のイベントを始めてもいいかな?」
『いいともー!!』
お昼の超長寿番組ばりに完璧な掛け声をしてイベントは進む。
「それじゃーさっそくイベント内容を発表するよー。イエー、ドンドンパフパフー」
頭上から紙吹雪が舞い〈HALL〉と大勢のプレイヤー達が盛り上がっている間に、何としてもルリ達を見つけ出そうとする。
しかし所詮盛り上げるために少しタメを作ったのすぎない、今度も数歩もいかないうちに〈HALL〉によってイベント内容が明かされる。
「このイベントで皆さんには…………ちょっと、殺し合いをしてもらいます」
その言葉が聞こえると同時に、広場に集まっていたプレイヤー達は完全に凍り付いてしまった。
今まで盛り上がっていたのが嘘のように、誰一人として動くものも声を出す者もおらず、ただただ静寂が広場を支配していた。
かくいう俺も〈HALL〉の言葉を理解することができず、ルリ達を探すと言う目的さえ喪失してしまいそうになっていた。
そしてようやく〈HALL〉の言葉の意味を理解し、広場の中でプレイヤー達の感情が爆発しようとしたその時、
「もー、冗談ですよ、冗談。〈HALL〉ちゃん流のブラックジョークってやつですよ。ビックリしましたか? 本当のイベント内容は違いますから安心してください。ちょ、そこのおにーさん石を投げないで、私には当たらないけど他の人にあたるから」
〈HALL〉のその一言で広場に安堵のため息と笑い声が漏れた。
なかには本気でガッカリしているプレイヤーも混じっているようであったが、大部分のプレイヤー達はいきなり殺し合いをしなくてすんで良かったと考えてるようだった。
ただ先ほどから、妙な不安が拭えないプレイヤー達はその冗談に笑うことができず、一層不安が増している様子だった。
それは縁ギリギリまで水が張っているコップを見ているかのように。後一滴でも水滴が落ちれば、水面が溢れ出してしまうかのように。
そして、水面に最後の一滴が注ぎ込まれる。
「どうゆうことだ!? ログアウトできねぇぞ!!?」
笑い声があふれていた広場に一人のプレイヤーの悲痛な叫びが木霊した。
その言葉は、水面に一石を投じたかのように、叫び声を上げた男を中心にしてざわめきとなって広がっていった。そして、ざわめきが広場の端まで到達すると、一瞬だけ今までのざわめきが嘘だったかのように静まり返った。
次の瞬間、待ち構えていたかのように広場は一斉にパニックに陥った。
広場に集まっていたプレイヤー達は、一斉に自らのステータス欄を開きログアウトボタンを押したが全く反応はなく、ただただエラーが表示されるだけであった。
プレイヤー達は狂乱したかのように喚き、怒声を上げ、泣き崩れ、空に浮く〈HALL〉に喰って掛かった。
プレイヤー達の怒りの対象となった〈HALL〉は予定が上手くいかず困ったような、混乱する俺たちを嘲笑し憐れむような視線で俺達を見下ろしていたが、唐突に手を叩き集中を集めるような仕草をした。
その音はざわめきに溢れる広場の中でもよく通り、パニックに陥っていたプレイヤー達を鎮め、全員が〈HALL〉を見上げるような形となった。
「はい、ちゅーもーく。もう、ダメですよ。こっちにも計画ってもんがあるんですから、予定が狂っちゃったじゃないですか」
その声には焦りの色など全くなく、ただただ当初の予定が狂ってしまったことに失望しているようであった。
〈HALL〉は注目を集めておきながら唖然と見上げる俺たちなど目に入っていないかのように、髪の毛を弄りつつ誰に言うこともなく愚痴っていた。
「せっかく色々シチュエーションとか考えていたのに台無しー。やっぱ広場に入ったらステータス欄を開けないようにしておくべきだったかな? けどやっぱりそんなことしたら不審に思われたかもしれないからなー。どーすりゃよかったんだろうね」
〈HALL〉は一通り愚痴り終ると、ようやく見上げている俺達が目に入ったかのようにニッコリと、薄っぺらな、表面だけとすぐ分かるような笑みを浮かべた。
「まーいっか、これはこれで面白いシチュエーションになったし。……おほん、それでは『本当の』-World Heir Online-最初のイベントの内容を発表します……」
「貴方たちには、デスゲームに参加してもらいます」
◇ ◇
『デスゲーム』、その言葉を聞いた時、いったい何人のプレイヤーがその言葉を信じたか。
VRMMOが発売された当初、脳内の電気信号に干渉することに対する安全性が一時期問題となり、その問題をクリアするため『スレイプニル』や『フリスズキャルヴ』には様々な安全対策が施されている。
そのためそう言った対策を知っているプレイヤーにとって、デスゲームと言う言葉は実害のない単なる脅しに過ぎず余裕そうな表情さえしていた。
……〈HALL〉の言葉を聞くまでは、
「んー、反応が鈍いね。もしかして現状が理解できてない? それとも『フリスズキャルヴ』の安全対策がバッチリしているから大丈夫だとか思ってる? 甘いねー、私が電波とか電気信号とか使うと思ってた? それならまったく見当違いだねー」
その言葉を聞いて、今まで余裕そうな表情をしていたプレイヤー達の顔から笑みが消えた。
安全装置の一つに電気信号に対する入力・出力にリミッターをかけ、安全性が確保された値の範囲内でしか電気信号を発することができないとゆうのがある。それは『値を超えられるけど制限している』のではなく、『最初からその範囲の上限しか出入力できない』設計となっているため、現実やネットから干渉があっても問題がないと言う安全装置である。
そのためこのリミッターがある限り大丈夫だと高をくくっていたプレイヤー達にとって全くの青天の霹靂であった。
「ほんと甘すぎ、なんでわざわざ対策がしてあると思ってんの? 使わせないためでしょ、それでも私が使うとでも思ってたわけ? 今回私が使用するのは……バッテリーでーす」
その言葉と同時に空中に『フリスズキャルヴ』の映像が浮かんだ。
「『フリスズキャルヴ』に使用されているバッテリーは超小型でありながらも、従来の三倍近く電気をためておくことができ、全てプログラムで管理されております。今回はなんとそのプログラムに仕掛けがなされており、私からの指令で一斉に放電を開始しまーす。するとー……」
〈HALL〉の言葉と同時に『フリスズキャルヴ』の映像が爆破四散した。
広場のあちこちから悲鳴が上がり、またもや広場はパニックに陥った。
その様子を〈HALL〉はゲラゲラ笑いながら眺めつつ言葉を続けた。
「と、このように不幸にも爆発してしまうのです。やーん、こわーい♡ シンプルかつスマート、爆発しなかったとしても数百万歩ボルトの電流が体を流れるので、痛みもなく一瞬で終わりますから安心してください♡ ……ちなみに外部からの助けは期待しないほうがいいよ。もう現状はいろんな所にリークして、外さないようにね☆ って言ってあるし。カメラやセンサーで周りの様子はちゃんと見てて、無理やり外そうとしたらビリビリーってなるよって警告もしているしね」
〈HALL〉のふざけたその言い様に怒りをあらわにするプレイヤーもいるが、ほとんどは怯えこの先に待ち受ける運命を悲観して座り込んだり、頭を抱え込んでしまっているプレイヤーであった。
「はいはーい、そんな怒ったり嘆いたって無駄だから黙って説明を聞いた方がいいと思うよ。これからこの『ゲーム』の重要なルール説明するからね」
ほとんどのプレイヤーはそれでもまだパニックに陥ったままだったが、数少ない冷静で少しでも先を見据えたプレイヤーは〈HALL〉の言葉に必死に耳を傾けていた。
「まず、このゲームの期限は三年とします。これは〈Relativity Time system〉を使用した時間だから、現実では一年ぐらいかな。これはプレイヤーと『フリスズキャルヴ』の限界ギリギリの数字だから伸びることはありませーん。ずっとやっていても、だれちゃうだけだしね」
〈HALL〉は眼下のプレイヤー達を見下ろしてゲームの説明をしていく。
「そしてプレイヤーの皆様方が一番気になっているであろう、ゲーム中に『死亡』した場合の話をしまーす。ここ重要だからよく覚えておくよーにね♡」
〈HALL〉のその台詞によって、いまだパニックに陥っていたプレイヤー達も我に返って一斉に〈HALL〉の言葉に耳を傾けた。
「-World Heir Online-内で『死亡』した場合、現実世界のあなた方の体は意識を失うだけで『死亡』はしません。よかったね☆」
その言葉を聞いて、何度目かは知らない安堵のため息が聞こえた。
最初から集中して話を聞いていた、必ず生き残ろうと覚悟していた俺達のようなプレイヤーでさえ、その言葉には安堵のため息を漏らした。
「実は現実で『死亡』する条件は三つあり、そのどれかが満たされたときあなた方は『死亡』します。
一つ目『ゲームが三年以内にクリアされなかった時』
二つ目『全てのプレイヤーがゲーム内で『死亡』した時』
三つ目『何らかの要因で外部から『フリスズキャルヴ』を外されたとき』
の三つでーす。基本的にはオールオアナッシングって考えてくれればいいんじゃない?」
つまり逆に言えば一人でもこのゲームをクリアすることができれば、全員が助かることができる。
ただそんな条件が付けられるほどの数のプレイヤーが『死亡』すると考えるべきなのか……
そして〈HALL〉がこれまでで最も大切な、そして最悪なルールについて口にした。
「そして! ゲーム内で『死亡』しても、この【魂の欠片】と言うアイテムがあれば蘇生することができます。ちなみに譲渡、売買、トレード、破棄いずれも不可となっており【魂の欠片】は基本的に手に入れた人のものとなります」
そう言って〈HALL〉が示したのは、透明なガラス細工のようなクリスタルだった。
【魂の欠片】と呼ばれたアイテムを見た瞬間、俺の背筋に何か得体の知れないモノが這い回っているような恐怖にとらわれた。
アレはマズイ。こんなゲームを考えるような奴があんな都合のいいアイテムを用意するわけがない。何かとんでもない、全てをひっくり返すような罠があるに違いない。
そんな俺の焦燥をよそに〈HALL〉による【魂の欠片】の説明は続いていく。
「さて、気になるのはこの【魂の欠片】の入手方法。一応超低確率でどんなモブからでもドロップしたりフィールドアイテムとして落ちていたりしますが、一つだけ簡単かつ絶対に手に入る方法があります。もちろんどんなプレイヤーにもでき、平等にチャンスがあります」
ヤバい、これ以上は本当に聞くべきじゃない。
これ以上この説明を続けさせたら致命的なことが起こってしまう、そんな予感がヒシヒシとした。
「やめろ!! 話すんじゃねぇ!!!」
俺はその予感に従って〈HALL〉に対して話を止めるように叫んだ。
〈HALL〉や周りのプレイヤー達は驚いて声の主を捜し、〈HALL〉が声の主が俺だとを見つけると口角を釣り上げニンマリと笑った。
その顔はどこかで見たことがある、ピエロや悪魔のような笑顔そっくりだった。
そして〈HALL〉の口が開き、その『簡単』な方法が説明される。
「その方法は…………PK。他のプレイヤーを自らの手で殺すことによって【魂の欠片】を絶対にドロップすることができます」




