午後3時00分00秒0000
ルビーの月26日 午後9時08分 【王都カーリオン】
さて、町を適当にぶらつけと言われたがどうしよう。
武器を買う金が浮いたから、その分を使って少しでも防具を充実させるべきか。
それとも貯金に回して、貯まってから一気に防具を買い替えるか。
いやいや、ここはあえてスキルを買って防具は後回しにするか。
悩む、ひじょーに悩む。
まあ適当に回ってれば良いのが見つかるかな。
そんな軽い気持ちで、俺は煌びやかな夜の町の中へと足を踏み入れていった。
そして気づいた時には全てが手遅れだった。
やってしまった。俺は、とんでもないことをしでかしてしまった。
こうなることを恐れてはいたが、まさかここまで嵌ってしまうとは。
自分の愚かさが恨めしい。
千早倭、一生の不覚である。
とりあえず現状確認をするとしよう。
今俺の右手には、屋台で非常に香ばしい香りを漂わせていた焼き鳥がある。味付けはタレを使用し、焦げ目がつくまでじっくり焼かれている。一口頬張るごとに肉の味が口の中にいっぱい広がり、二口目、三口目とついつい手が伸びてしまう。酒のつまみに最適な一品である。
左手にはよく冷えた、昔ながらの方法で麦を発酵させて作った液体の入ったジョッキを持っている。これもまたえぐ味の中にコクがあり、それでいて喉越しが爽やかと言う普通には作れないような絶品である。夏の暑い夜にはキンキンに冷えたこの一杯をキュッ、っとやるのが最高である。
さらに両手には、露天商に流行っていると勧められて買ってしまった指なしグローブをはめている。このグローブは見た目のかっこよさだけではなく、滑り止めもついている実用的な物だ。その他にも、たまたま見かけて食べたシャーベットや腰に差したおされなナイフなど色々買い物をしてしまっている。
そして俺は食べ終わった串とジョッキを道端に捨て、震える手でステータス欄を開く。
表示されたステータス欄には無残な光景が映し出されていた。
いまさら言っても仕方ないのだが、もしルリや小町姉ぇがいたのならこのようなことには決してならなかっただろう。
それでもこんなことを言ってしまうのは、目の前の光景を受け入れがたいからだろう。
俺の目の前に展開されているステータス欄、そこに表示されていた残金は僅か50ゴールドとなっていた。
◇ ◇
とりあえず宿屋は前払いで朝に払っていたので、今日寝るところは確保しているのだが、明日の分は払えないので宿から追い出されてしまうだろう。
その宿はご飯が美味しかったので出ていきたくはないのだが、お金がないのだから仕方がない。明日軍資金を調達してもう一度泊まれるように交渉するとしよう。
そうこうしているうちに十二時近くなったので、おやっさんの店に剣を取りに行くことにする。
適当に歩いているうちにおやっさんの店の近くまで戻ってきていたみたいで、数分もかからず店の扉の前にたどり着いた。
ガラス越しに店内を見てみてもおやっさんの姿はなく、小さく金属同士がぶつかり合っているような、カーン、カーン、と言う音が聞こえてきているのでまだ作業の真っ最中なのだろう。とりあえず作業の邪魔にならないように静かに扉を開けて店内に入り、適当に店に飾られている武器を眺めて待つことにする。
それから待つ事更に数十分、ようやく金属同士がぶつかり合う音が途絶えたかと思うとその数分後におやっさんが【銘無し】を持って店の奥から姿を現した。
おやっさんは全身が煤で真っ黒に汚れており、幼女が見たら泣き出してしまいそうな恐ろしい姿となっていたが俺の目には入ってこなかった。
【宝玉】を使いアップグレードされた【銘無し】は刀身が鈍い赤色から、透き通るような紅へと変わっていた。
「おう、遅くなって悪かったな。予想以上に宝玉を扱うのに手間取ってな、どうだ気に入ったか?」
「……おやっさん、ありがとうな。マジすげーわ」
「そうか。そう言われるとこっちも職人冥利に尽きるな」
「それで、この色は? 宝玉ってまさかルビーだったのか?」
「いや、違う。宝玉は二つともダイヤモンドだった。この色は剣に使った素材の【銅】とダイヤモンドが混ざった色みたいだな」
なるほど、そうなると素材によって色が変わってくるのか。
とりあえず手に握ってみて軽く振り回してみる。前と違って剣の軌跡は、俺の予想したところを寸分違わずなぞっていく。
この剣の最大の特徴である異常に長い柄の色々な部分を握って振ってみるが、どこを握ってもしっくりきて完璧に俺専用にカスタマイズされているかのようであった。
「おやっさん、完璧、最高の一振りだ」
「そうか、その【十拳剣】も喜んでるだろう」
「…………おやっさん、頭大丈夫か? それと【十拳剣】って?」
「たまにはクサイ台詞を吐いてもいいだろう! それと【十拳剣】はその剣の種類だ。【バスタードソード】の亜種でもいいが、こっちの方が似合ってるだろう」
「はぁ。でも【十拳剣】って全長が拳十個分だってことで【十拳剣】なんだろ。こいつはそれ以上あんぜ」
「よく知ってるな……まあこいつは柄の部分が拳十個分あるんだ、あながち間違ってないだろう」
まあそれなら、いいのか……?
「なんにせよ完成したんだ、持って行け。もしアップグレードしたくなったら何時でも持って来い、相応の金を貰ったらキッチリ仕上げてやる」
「そこはさあー、タダでやってくれるって言ってくれよ」
「ケッ、こっちも慈善事業じゃねぇんだ。そもそもタダで十拳剣を譲ってやるって言ってんだ、それ以上なにか文句があるのか」
「はいはい。それじゃーこれ、よろしく」
俺がフレンド登録画面を出すと、おやっさんは一瞬呆気にとられたような顔になったが、すぐさま登録を交わしてくれた。
「そんじゃーこいつについて何か相談事があったら連絡するわ」
「ああ。それと、耐久値が減ったら壊れる前に持って来い。できたら定期的に持ってきてくれるとありがたいんがな……まあそこまでは期待しない」
「んー、もし忘れちゃったら?」
「…………聞きたいのか」
そう聞くと、おやっさんから凄まじいまでの負のオーラが滲み出してきた。
こ、これは、あの掘られる疑惑を持った時と同じ、いやそれ以上の危険なオーラが迸っているだと!?
ヤバい、これはヤバい。VRMMOで鍛冶職をやっているプレイヤーは、自分の作った武器や防具に愛着を持つ事が多いと聞くがおやっさんもその口なのか!?
そして十拳剣をぶっ壊した日なんぞは一体どんな目に合うか。
間違いなく想像を絶するような責め苦を受けるであろう。
「いえ、不肖ヤマト! 命に代えても定期的に修理に出すことを誓います!!」
「……それでいい。その言葉、決して違えるなよ」
……このセリフが何時かフラグにならないことを祈っておこう
◇ ◇
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! ぬるい、ぬるい、ぬるい!! どうしたもっと骨のある奴はいないのか!!!」
俺は今、【銘無し】を振り回しながら某世紀末漫画にも出てきそうな台詞を叫びつつ、十数匹ゴブリンのグループと戦っていた。
いや、もはや戦いなどではなく一方的な殲滅に近いものであった。ゴブリン達は次々に俺の間合いに近づいてきては、一刀のもとに切り捨てられていた。
昨日までは《アクロバット》などでゴブリンからの攻撃を回避しながら戦っていたのだが、武器が【銅】製のダイヤモンドによるアップグレードが施された銘無しに変わったおかげで、間合い、攻撃力共々非常に強化され、回避が必要なほど接近されることがなくなったからである。
「こいつで……ラストォ!!」
そう言って、最後の一匹となってようやく逃走しようとしていたゴブリンを背中から袈裟切りにして戦闘は終わった。
とりあえず昨日手に入れた【黒鱗のブーツ】と【銘無し】の性能をテストするために【始まりの森】に来ていたのだが、その成果は上々であった。
【黒鱗のブーツ】は初期装備であった【革の靴】に比べて、《カポエラ》や《アクロバット》の蹴り技の威力が非常に上がっており、一つ一つのスキルのキレも増しているようだった。
そのため、どちらかと言うとけん制や間合いを取るために使っていた《カポエラ》や《アクロバット》が十分モブに通用する攻撃となり、戦闘のバリエーションが増えたと言う恩恵があった。それ以外にも、移動速度が増したりスキル使用後に踏ん張りがきいてバランスを崩しにくくなったなどの、地味だが効果的な恩恵もあったため、【黒鱗のブーツ】は非常に重宝している。
だがそれ以上に【銘無し】は俺を強化してくれていた。
そもそも初期装備の剣とは段違いに攻撃力が上がり、リーチもほぼ倍近く広がった。
ゴブリン程度ならスキル無しでも一撃で沈められるし、その上位種の【ゴブリンアーチャー】や【スピアゴブリン】でさえも急所に喰らわせれば一撃で仕留められた。
そのため戦闘の中でスキルの使用頻度が減ったため、余裕をもって戦闘をこなせるようになったことやSPやPPが減りにくくなったのでアイテムの節約につながった。
さらには2m近い大剣の【銘無し】であるが、大型の武器によくある小回りが利かないといった弱点も、規格外に長い柄の持つ位置を変えることによって対応することができている。もちろんそれには戦闘中に柄の位置を持ち替える必要があるため、扱い辛さは格段に上がるがそれを補って余りある利点である。
この二つの強化一新によって、俺の戦闘は格段に楽になりこのままのスタイルで通用することを確信した。
「さーてと、だいぶ時間がたったように感じるけど……今は何時かなっと」
そう言ってステータス欄の時計を確認すると……うおっ、もう二時半を過ぎている。
たしかWHO最初のイベントは三時からだったから、もう残り三十分を切っていることになる。
一応どこからでも参加可能ではあるが、カーリオンで集合して一緒に参加するってルリ達と約束していたから一応戻るべきか。
正直言って、あの広い街の中で待ち合わせ場所を決めずに合流するのは困難を極めるだろう。もしかしたら誰か一人ぐらいとなら会えるかもしれないが、誰とも会えない可能性の方が高い。
うーむ、迷う。行くべきか、諦めるか。
行っても会えない可能性が高いのだから、開き直ってここから一人で参加した方が無駄がない。それに移動した後、休みなしにすぐに参加だよ♡ なんてことがなくて済むのは魅力的だ。
ただその場合約束を意図的に破ったとして、ルリからの説教のフルコースと小町姉ぇからの凄まじい折檻、レイとユラからの侮蔑と嘲笑が待っているのは想像に難くない。おそらくネムさんからの取り成しも期待できない。
せめて、カーリオンで待っていたけど会えなかったYO、なら合流する場所を決めていなかったルリ達にも責任があるのだからそこまで酷いことにはならないだろう。
…………少し疲れるだけで済むならカーリオンに行った方が何倍もましか。
そこまで思考が巡ると俺はもう走り出していた。
このスピードなら十分足らずで着けるかな。
俺は少しでもみんなと合流するための時間を稼ぐため、全力でカーリオンに向かって駆け出した。
「うーん、これは俺の予想が甘かったかな。こっから見つけ出すのは不可能だろ」
十分後、俺たちが最初に降り立った教会前広場の入り口に到着した俺の第一声がそれだった。
目の前に広がる光景は人、人、人、老若男女ありとあらゆる恰好をしたプレイヤー達でひしめき合っていた。
そのプレイヤー達は、戦士の格好だったり魔女っ子だったりメイドだったりウェイトレスさんだったり修道女だったりバニーさんだったり踊り子だったり危ない水着だったり和服だったりクノイチだったり巫女さんだったり有名女子高の制服だったり看護婦だったりブルマだったりと、どこぞのハロウィンかコスプレパーティかと言うぐらいの目立つ格好をしていた。
ただ幸運なことに、もうすでにPTを組んだりしているプレイヤーが少なからずいたため、ぼっちの俺がぼっちのルリ達を見つけるのはそこまで難しくないと思われることか。
……むしろ逆に見つけにくかったり、ぼっちの俺がこの中一人で堂々と歩き回るのは色々キツイんじゃないかと思わなくもないが無視、無視。
「そんじゃまー、いっちょ気合い入れますか」
そう嘯いて、俺は人混みの中に入って行った。
……さらに十分後、俺はその見通しが甘すぎたことをヒシヒシと感じていた。
本当に人が多すぎる……ただ移動するのにも苦労するし、似たような背格好のプレイヤーに声をかけたら別人だったと言うことが少なくとも八回はあった。
さらには俺に対する視線が厳しすぎる。
ただでさえぼっちで人混みの中を動き回っているのに加えて、奇抜な形状をした【銘無し】を装備しているのだ。これで目立たないはずがない。
最初はぼっちで動き回っているから視線を集めているのか思っていたのだが、それ以上に【銘無し】が好奇の視線を集めていた。まあ、身の丈を超える大剣で柄がこれだけ長ければいやが応なしに目立つだろう。気が付いて【銘無し】を仕舞ってからは多少はそんな視線が減ったのだが、それでも動き回っているので目立つ事この上ない。
しかし、目立っていればあっちからも見つけやすいだろうと思えばなんとか我慢できる。
そうやって散々苦労しながらルリ達を探していたのだが、無情にもイベントの開始を告げる三時の鐘の音が鳴った。
…………鳴ってしまった。
ルビーの月27日 午後3時00分00秒0000
この瞬間『ゲーム』は終わりを告げた。




