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7/8

七 決断

「ヒイラギ、見て!このお肉おいしそう!」

「絶対にかじりつくなよ。せっかく稼いだお金がゼロになる。いやむしろマイナスになる」


 俺は必死になってレオをなだめた。なぜなら彼が持っているのは最高級の黒毛和牛だからだ。リンゴの収穫の手伝いで溜めたお金が空っぽになる絶体絶命の状況に冷や汗が流れた。

 俺たちは仕事のために新たな街に滞在していた。自然豊かでのんびりと時間が流れているように感じる街だ。市場は小さいが新鮮な野菜や肉が手に入る。夕食の買い物にやってきたのだが、まさか所持金がゼロになるピンチに陥るとは思っていなかった。

 レオは拗ねたように唇を尖らせながら肉を置いた。俺はほっと胸を撫でおろし、彼に歩み寄った。尻尾をぶんぶんと振ったレオはきらきらと輝いた目でこちらを見上げてきた。


「今日の晩御飯どうするの?お肉?」

「今日はシチューを作る予定だから、鶏肉は買おうかな」

「俺が探してくる!」


 レオはまるで野原を駆けるように鶏肉を探しにいった。彼の背中を見送った俺はシチューに必要な牛乳を探しに肉屋を離れた。


「勇者様、まだ冒険に出られないんですか?この街に居座ってはや三日、このままではリンゴ農家になってしまいます!」


 肩の上でリトが嘆いた。ここ数日の農作業に疲れてしまったようだ。小さな身体ではリンゴを転がすのも一苦労だろう。


「大丈夫だ。そろそろお金も溜まってきたし、必要なものもそろってきた。まあ、問題はまだ残ってるけど」

「問題?」

「……レオが俺たちを選んでくれるかどうか、今日で決まるんだよ」


 俺は遠くからレオの姿を眺めた。楽しそうに市場を駆ける彼を見て胸が締め付けられる。彼自身が決めることなのだから、自分にはどうすることもできない。無力感に苛まれながら、瓶に入った牛乳を手に取った。


「心配ご無用!好感度を確認してみてください!」


 リトは一冊の本を開いて好感度を見せてくれた。そこにはクロとレオの名前と、好感度のゲージが書かれていた。俺は真剣に本を読みこみ、レオからの好感度が高いことを確認した。

 たしかになつかれている自覚はある。俺のあとばかり追いかけまわしているし、頭を撫でれば嬉しそうに尻尾を振る。きっと嫌われてはいないだろう。


「好感度はそれなりに高いな」

「勇者様が誘えば一緒に来てくれるはずですぞ!」

「……俺から誘っても意味ないんだ」


 俺はつい弱音を吐いてしまった。現世で誰にも選ばれなかった経験のせいか、選ばれる自信がどうしても持てなかった。

 不安を抱えたまま、今度はクロの好感度を確認した。そこには九割近く埋まったゲージがあった。驚いて二度見したが、好感度がかなり高いことには変わりなかった。いつもそっけない態度ばかり取られているが、どうやらあれはただの強がりだったらしい。

 噂をしていると、野菜を抱えたクロが歩み寄ってきた。俺は喜びを噛み締めたまま、彼をまっすぐ見つめたのだった。


「野菜買ってきたよ……なに?ニヤニヤして。頭おかしくなった?」

「お前、かわいいやつだな」

「な、なに急に、ほんとうにおかしくなったの?」


 クロは顔を真っ赤にしていた。素直じゃない彼の愛情表現に満たされた俺は、微笑みながら買い物を続けた。


「ねえ、レオはどこにいったの?」

「ああ、今肉を買いに――」


 俺は肉屋のほうに目を向けた。レオはそこにいるはずだったが、なぜか姿が見えなかった。ずいぶん楽しそうに市場を駆けていたため、どこか違う売り場に行ってしまったのかもしれない。


「さっきまであっちにいたのに」

「もしかして迷子になったんじゃない?」

「探しに行ってくる。入れ違いになったら困るからここで待っててくれるか?」

「うん、わかった」

「リトは向こうを探してくれ。俺は奥のほうを探してみる」


 リトと手分けしてレオを探しに向かう。俺は市場の奥のほうへと急いだ。活気のある市場の中心とはまた違った雰囲気である。動物の骨や骨董品、用途のわからない葉っぱなどが売られている。

 怪しい雰囲気に不安をあおられていると、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。


「離して!」


 声の聞こえたほうに視線を向ける。視界に映ったのは男に腕を掴まれて抵抗しているレオの姿だった。


「飼い主に向かってなんだその態度は?お前がいなくなってから探してたんだぞ?」

「嘘だ!俺のこといらないって言ったくせに!」


 俺は急いでレオの元に駆け寄った。まずは男を引き離さなければいけないと思い、レオの腕を引いて抱き寄せた。急な出来事に驚いたのか、レオは目を丸くして俺を見上げていた。彼の身体は小刻みに震えており、恐怖心が表れていた。


「すみません、うちのレオがどうかしましたか」

「うちのレオ?何言ってんだお前、そいつは俺が飼ってるんだ。勝手にいなくなりやがって。ほら、家に帰るぞ」


 男はレオの腕を乱暴に掴み強い力で引いた。レオは「嫌だ!」と叫び、腕を振り払った。会話の内容から、この男がレオの飼い主だったと察せられるが、明らかに暴力的な目つきをしており、レオを渡す気にはなれなかった。

 いっそこの場から逃げてしまおうかと考えていたその時、男が呆れたようにため息をついた。諦めてくれたのかと期待を抱いたのもつかの間、男は得意げに口を開いたのだった。


「命令だ、レオ。こっちにこい」


 俺に抱きついていたレオの身体がびくりと跳ねあがる。長い沈黙の後、レオは俺から離れて男の元に歩み寄っていた。命令という呪いが彼を引き寄せてしまったのだ。

 俺はとっさにレオの腕を掴もうとしたが、彼が突然駆け出したため届かなかった。レオは悲しそうな顔のまま男のそばにいった。男は人質のようにレオの尻尾を掴み、満足げに笑った。

 飼い主の命令の前では、俺は無力なのだろうか。何をしても、腕を掴んでも、彼を引き寄せることはできないのだろうか。そんなのおかしい。命令によって彼の未来が決められてしまうなんて。


「レオ、お前はどうしたいんだ」


 俺はレオに問いかけた。彼の心に言葉が届くことを祈っていた。たった数日だが、一緒に過ごした時間は無駄じゃなかったはずだ。彼の中で何かが変わっていると信じて、俺は返答を待ち続けた。


「お、俺は……」


 レオは震え声で何かを言いかけたが、男が「行くぞ」と言って無理やり歩かせようとした。彼はそれに従いこちらに背を向けた。

 しかし、なにか思いたったように足を止めて振り返った。


「ヒイラギと一緒にいたい!みんなと離れたくない!」



 レオの声が強く響く。俺は偽りのない本音を聞いて、すぐに彼の元へと駆け寄った。レオの腕を引き寄せて男と対峙する。腕を掴んだ俺と、尻尾を掴んだ男の間には、凄まじい殺気が交じり合っていた。


「離してもらえますか。この子は俺を選んだので」

「……どいつもこいつも、なめやがって!」


 激昂した男は腰からナイフを取り出し、レオに向かって振り上げた。その動作がなぜかスローモーションのように見えた。トラックに轢かれたときと同じような感覚だった。

 俺はとっさにレオをかばった。背中に何かが突き刺さり、一瞬の静寂のあと、強い熱感と痛みが走った。立っていられないほどの痛みに、俺はその場に崩れ落ちてしまった。


「ヒイラギ!ヒイラギ!」


 今にも泣きそうなレオの声が聞こえる。必死に俺の名前を呼ぶ彼に返事をしてあげたいのに、口が上手く動かない。感覚が背中に集中し、それ以外の筋肉は固まってしまっていた。

 騒ぎを聞きつけた野次馬が集まっていた。男は自分の犯した罪の大きさに困惑したのか、ナイフを手から落として後退った。先ほどまで威勢はとっく消えていたのだった。


「くそ、そんな馬鹿犬くれてやるよ!どうせ捨てられるだろうけどな!」


 男は捨て台詞と共に逃げて行った。きっと捕まることを恐れたのだろう。走り去っていく男に対して、不思議と怒りは湧いてこなかった。

 今はただ、悲しみに顔を歪めて泣き始めたレオを見つめるので精一杯だった。意識が朦朧として呼吸が浅くなる。強烈な眠気が襲い、瞼を閉じかける。


「どうしよう、俺のせいだ」

「だ、大丈夫、ここはゲームの世界だし、そんな簡単に死ぬわけ……」


 瞼がだんだんと重くなり、眠気をこらえることもできなくなった。俺は素直に瞼を閉じて意識を手放した。最後まで聞こえていたのはレオの悲痛な泣き声だった。


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