二 泥棒猫
「ずいぶん賑わってるな」
「そりゃあ国一番の市場ですから!わたくしにナッツを買ってくれてもいいのですよ!」
「お前にナッツ食わせたら当分喋れないだろ」
「頬にナッツを詰めるのは紳士のたしなみですぞ!」
俺は肩に電気鼠を乗せるように、うるさいリスを乗せて歩いていた。多くの人が行き交う市場で店を見て回る。冒険に必要な道具を揃えるつもりだったが、如何せんこの世界のことを知らないため、何を買えばいいのかもわからなかった。
「なあ、俺のステータスを見せてくれよ」
「ええ、こちらです」
どのような仕組みになっているのか知らないが、空中に一冊の本が現れた。この本に俺のステータスが書かれているらしい。現世ではありえない怪奇現象が目の前で起きている。いちいち気にしていてはきりがない。もうこの世界の仕様だと思って受け入れよう。
「金は一応持ってるんだな。体力、攻撃力、防御力……」
俺はステータスの項目を一つ一つ確認していった。多くは見るだけで意味を理解できるものばかりだ。中身の魅力、外見の魅力なんてステータスまである。
様々なステータスの中で、群を抜いて数値が高いものがあった。それは攻めというステータスだった。意味はもちろんわかる。わからないのは、なぜこのステータスだけがカンストしているのかだ。
「なんでこのステータスだけとびぬけてるんだ」
「そちらは勇者様の回答をもとに出された数値ですよ!」
「え?」
「勇者になる際、面接がありましたよね?」
「そんなバイトみたいな感じなのか?」
「様々な質問に答えたではありませんか。その答えを聞いた試験官が、その数値を出したというわけです」
どうやらプレイヤーがいくつかの質問に答え、その回答によって攻めか受けか決まる仕様らしい。ずいぶん自由度の高いゲームだなと、俺は他人事のように思った。
「今から受けのステータスを高めるよりは、このまま攻めとして進めたほうがいいか」
「なにをぶつぶつ言っているのですか?」
不思議そうな顔をするリトを無視して、俺は攻めとして生きる覚悟を決めた。そもそも、現世でまともな恋愛経験がないため、自分はどちらに適性があるのかまったく知らない。攻めとして生きることに抵抗はなかった。
とにかく金があるなら買い物はできる。ここで必要そうなものを買って、まずは冒険に出てみよう。俺は現世ではありえなかった大胆な考え方をした。
近くの武器屋に並んでいる商品を見る。いかにも勇者が持っていそうな剣から、いかにもアメリカの漫画に出てきそうなハンマーまで、多種多様な武器が置かれていた。
「どれがいいんだろ」
「勇者様はどれが気になりますか?」
「まあ、無難にこの剣とか」
俺は剣を手に取った。男心をくすぐる形状に心が躍る。この剣を持って冒険をするなんて男の夢だ。自由に生きられて、憧れの剣を振るうことができる、こんな理想的な世界があっていいのか。
剣を持ってしばらく感動していたが、想像よりも桁一つ多い値札を見てしまった。俺はそっと剣をもとの位置に戻し、ため息をついた。
「泥棒!待ちやがれ!」
俺とリトは声のしたほうを見た。目に入ったのは、真っ赤な顔で店主がほうきを振り上げている光景だった。こんなにあるのだから武器を使えばいいのにと思った。
店主が追っていたのは、薄汚れた布をかぶった謎の生物だった。顔は見えないが明らかに人型である。誰かが店の商品を盗み出したらしい。泥棒は俊敏な動きで店を去っていき、店主が悔しそうに地団太を踏んだ。
「誰か捕まえてくれ!金なら出す!」
店主は必死な様相で声をあげた。俺はその言葉を聞き逃さなかった。もしここで恩を売っておけば、剣を言い値で譲ってくれるかもしれない。それが難しくても金が手に入るなら悪い話じゃないだろう。
「リト、行くぞ」
「泥棒を捕まえるですね!お供しますとも!」
俺は泥棒の後を追って走り出した。人混みの中から泥棒を見つけるのは苦労すると思ったが、この晴れた日に布をかぶって歩いている人などほとんどいなかったため、すぐに見つけ出すことができた。
「あそこだ」
人波をかき分けて泥棒を追いかける。なかなか距離が縮まらないが、見失うことはなかった。
徐々に行き交う人間の数が減っていき、市場から路地へと入り込んでいく。まるでアリの巣のように張り巡らせた路地は薄暗く、市場とは違った雰囲気である。鬱々としているのは環境だけではないらしく、路地では薄着で眠っている浮浪人や、頭を下げて物乞いをする男がいた。
活気あふれる市場のすぐそばに、こんな世界が広がっているとは思わなかった。
「勇者様、あれを見てください!」
リトの声に反応してまっすぐ前を見る。泥棒がマンホールを開けて地下に入っていくのを目撃した。俺は彼と行動を真似るように、マンホールから地下へと降りて行った。
「……ひどいにおいだな」
地下は酷い悪臭だった。明らかに生物がすむような環境ではない。なぜあの泥棒が地下におりたのか不思議に思いながら、あたりを見渡した。
「こんなところまで追いかけてきたの?」
背後から声が聞こえて振り返った。立っていたのは布をかぶったあの泥棒だった。俺はすぐに捕まえようとしたが、一歩近づくたびに相手が一歩退き、一向に距離が縮まらなかった。一度諦めた俺は、歩みを止めて声をかけた。
「お前を捕まえにきたんだ」
「だろうね。そんなにお金が欲しいんだ。俺を捕まえれば店のおじさんからお金がもらえるんでしょ。聞こえてたよ」
「そうだ。俺は金がほしい。おとなしく捕まってくれ」
俺は泥棒に手を伸ばし、顔を覆い隠す布をはぎ取った。
現れたのは猫の耳としっぽをはやした獣人だった。黒猫の血が入っているのか、髪や尻尾は黒々としている。丸々と大きな目がこちらを見上げていて、俺はつい息をのんだ。吸い込まれそうな美しい瞳だったからだ。どこか幼く見えるのは、細い体のせいか、それとも顔つきのせいか、わからなかった。
「なに、じろじろ見て」
泥棒は怪訝な顔をして後退った。可愛らしい顔立ちとは対照的に、蔑むような視線を向けてくる。そのギャップにときめいてしまったが、一度咳払いをして自分を律した。
「なんで盗みなんてしたんだ」
「あんたには関係ないよ」
「関係あるだろ。こうやってお前を捕まえようとしてるんだから」
「……捕まえて正義のヒーローにでもなるつもり?そういうの偽善者っていうんだよ」
男はどこか怒りに満ちた声で言った。怒りの矛先を向けられた俺は、彼の言っていることも一理あると思い、少し考えを改めた。
「たしかにお前の事情をなにも知らないで捕まえるのはよくないか。少し話を聞かせてくれよ」
「……は?」
「なにか事情があって盗みをしたんだろ。なにか力になれるかもしれない。ほら、なんでもいいから話してくれ」
俺は近くにあった鉄くずの山にもたれかかった。話を聞く体勢になったのだ。男は目を丸くして固まっていた。まるで知らないにおいを嗅いだときの猫のようだった。
「ば、ばかじゃないの。事情なんてないよ。俺は金が欲しくて武器を盗んだ。それだけ。もしかしてなんか勘違いしてる?俺が家族を食わせるために盗んだとか思ってるんでしょ。ずいぶんお人好しだね。残念だけど違うよ。俺は天涯孤独の身だし、猫は群れて暮らさないんだ。俺は俺のために生きてるの」
男は立ったまま俺を鼻で笑った。どうやらおめでたい頭を持ったやつだと思われてしまったらしい。家族がいるのかもしれないだとか、貧しい思いをしているのかもしれないだとか、そんな想像力を膨らませて勝手に同情などしていない。
そもそも、なんの確証もなく話を聞いてやろうとは思わない。俺はそんなお人好しではないからだ。
ただ、見てしまったのだ。男の腕や足、首にまで、いたるところに痣や傷痕がある。どれも真新しい怪我だ。彼は何かに苦しめられていて、盗みもきっと関係している。だから話を聞いて解決してやろうと思ったのだ。
あわよくば、可愛らしいこの男を自分のものにできたらいいと思った。あくまで自分の欲望のために、俺は彼と向かい合っている。
「その怪我はどうした?」
男は焦った様子で首元を隠した。二本の腕じゃ全身の怪我を隠しきれない。彼の指先は微かに震えており、明らかに緊張した様子だった。何かを隠そうとしているのは見え見えである。
「……なんでもない」
「じゃあ近くで見せてくれ」
「い、いやだ、こっちに来るな」
後ろに下がっていく男を壁際まで追い詰める。尻尾は大きく膨らみ、わかりやすく恐怖を表していた。ただ近づいているだけだというのに、何をそんなに恐れているのだろうか。
俺は男に顔を近づけた。怪我の状態を近くで確認したかったのだ。酷い怪我なら引きずってでも病院に連れて行くべきだと思った。
しかし、弱々しい力で頬をぶたれてしまった。驚きよりも純粋な疑問が浮かんだ。なぜ強く打たなかったのか。尻尾が膨らむほど怖いなら、激しく抵抗すればいい。渇いた音がなるほど打てばいいのに、なぜこんなにも弱々しく頬を叩いたのだろうか。
不思議に思った俺は男をまっすぐ見つめた。そこにあったのは、怒った表情でも睨みつける鋭い眼差しでもなく、しおらしく濡れた瞳だった。
「お、お願い、触らないで」
消え入るような声で男は言った。ぽたりと涙が一粒落ちる。身体を震わせながら涙を流す男は酷く小さな存在のように思えた。俺は彼が秘密を抱えていることを悟り、その心の奥を覗きたいと、心から願った。




