一方的な戦い(1/2)
吸血鬼。人外の怪物にして絶対的な強者。しかし傭兵たちは恐れない。いや、正確には恐れて体を縮こまらせてはならないと、自らを奮い立たせている。
「陣形!」
「「「「「「「「「おう!」」」」」」」」」
フルプレートアーマーを装備した傭兵たちが掛け声とともに武器を構え、吸血鬼に一斉に飛び掛かる。傭兵たちは皆同じように腰からロングソードを抜き放ち、熟達した動きで剣を振りかぶる。
「「「「「「「「「『身体強化』『爆破』!」」」」」」」」」
「ほう」
魔術の発動と共に一斉に傭兵たちは加速する。フルプレートアーマーは防御力に優れるが、反面機動力は極めて低い。故に彼らは敢えて自らの背中に小規模な爆破を発生させ、その衝撃で自身の体を吹き飛ばす。背中に痛みが走るが、衝撃を自らの体で受け止める代償にその加速は通常の移動補助魔術より遥かに素早い。
筋骨隆々の傭兵たちが普通の人間ではありえない速度で襲い掛かり、吸血鬼の首を刈り取ろうとする。
「らぁぁぁ!」
「血袋希望者の諸君、ご苦労である」
が、数十年は鍛錬したはずの一刀はあっさり回避され、代わりに吸血鬼の持つフランベルジュがフルプレートアーマーを力づくで引き裂く。地面に血が滴り落ち、傭兵がふらつく。
互いに『身体強化』を使用しているが、違うのは「対価」。
吸血鬼は寿命を「対価」とし圧倒的な力を得るが、吸血鬼は不死身であることでその「対価」を踏み倒している。故に単に魔力を消費しているだけの人間とはけた違いの性能を誇っている。
囲まれているにも関わらず彼らは斬撃を容易に避け、カウンターを行い、フランベルジュを振るう。
傭兵たちが培ってきた技が通用しない。その段階に存在しない。
技の起こり?
間合い?
そんなものは戦闘能力が近しいレベルだから成立する技術であり、圧倒的性能差の前には通用するものではない。
「うぐっ」
「勝負にならないんだって、わかるかな、人間」
一人の傭兵が鍔迫り合いに持ち込むことに成功するもそれは一瞬。体格は圧倒的に傭兵の方が上にも関わらず、まるで大人が子供をもてあそぶかのように傭兵の体が押し込まれて、ロングソードごと装甲を両断される。
そしてその背後で、もう片方の吸血鬼が素手でフルプレートアーマーの装甲をメキメキと破壊し始めていた。が、その瞬間、目の前の敵に集中した二人の吸血鬼の足が止まる。その隙を弓兵たちは見逃さなかった。
「ふっ!」
「ケイン、打ち続けなさい! 隊長、魔術師の破壊魔術詠唱終了まであと数分です!」
「っす!」
吸血鬼たちの足が止まった所に無数の矢が叩き込まれる。吸血鬼の肩に矢が幾本も刺さるが、逆再生の如く肉が蠢き矢が追い出される。
絶望的な状況。ダメージをようやく与えたにも関わらず、一瞬で回復されてしまう。吸血鬼を倒すには、その再生能力を上回らなければならない。
「ぐっ……面倒な」
しかし吸血鬼の表情は苦々しい物であった。何故なら突き刺さった矢先には南の国で採れる特殊な毒草のエキスが染み込んでいる。単純な再生ではダメージが抜けきらない。完全に再生するには、解毒魔術の使用か、毒に冒された肉体を切除し一から再生しなおす必要がある。
吸血鬼は速やかに毒矢が刺さった部分を自らのフランベルジュで切り取ろうとする。だがそれを血まみれの傭兵が複数人がかりで無理やり押さえ込む。その間にも、毒矢は降り注いでいる。
「やらせねえよ……!」
「貴様っ!」
これが傭兵たちの基本戦術。フルプレートアーマーの傭兵が吸血鬼達を抑え込み、その隙に毒矢を叩きこむ。味方はフルプレートアーマーを着ているため矢が通らず、一方的に毒矢で追い込むことができるのだ。そして弱ったところを囲んで斬撃し、再生限界に追い込む。
もっとも、その程度で本当に優位に立てるのであれば、人類は負けてなどいない。
「仕方ない、もう少し本気を出すか」
「なっ……!」
突如吸血鬼の体から魔力が立ち上った。次の瞬間、ぐい、と吸血鬼の一人がフルプレートアーマーの傭兵をまるで子どもかのように持ち上げ、他の前衛に向かって投げつける。100㎏近い重量を投げつけられ、幾人も巻き込まれ破砕音と共に戦線が崩れる。鎧の中で肉が衝撃によりひしゃげ、倒れ伏した傭兵たちの鎧の隙間から血が流れ出る。
その隙を吸血鬼は見逃さなかった。吸血鬼の片方は包囲を抜け、後衛の弓兵と魔術師たちの方に向かって勢いよく前進する。
「まずい、抜かれた!」
「逃げろケイン!」
怒号と悲鳴が響く中、ケインは目の前に近づく吸血鬼に動揺し足が動かない。
こんなあっさりと負けるのか。しっかり準備して、不意打ちを防いで、数の有利を取って、陣形を固めて。それはそれとしてシンプルな種族としての力で押しつぶされて負ける。不条理にも程がある。
十メートル以上あった距離を吸血鬼は一息で詰めてくる。ケインはぼんやりと、スローになる視界の中で、せめてもの抵抗にと矢を構えようとする。が、足と同じく自身の意思に反してそれらは動かない。
こんなところであっさり死ぬのか。あの血袋と同じようになってしまうのか。まあ仕方ないか、私はどうせつまらない人間。他の大勢と同じく、当然のように負けて当然の如く血袋になるのだろう。何故なら彼のような人間ではないから。
血の匂いと、嗜虐の喜びに笑みを浮かべる吸血鬼の顔。ケインの目の前にフランベルジュが迫る。
が、それより早い影が人間牧場の奥より飛び出してきた。
黒い影はケインに迫る吸血鬼よりさらに一段早い速度で駆け抜け、吸血鬼の首に向かって紫の魔剣を振るう。ギリギリで襲撃者に気が付き、ケインをターゲットにしていた吸血鬼は振り返り、防御のためにフランベルジュを横に構えた。次の瞬間、鈍い金属音が響き渡る。二本の剣が交錯した。
「ふん、力比べなら人間程度に……!?」
そして鍔迫り合いは、先ほどとは真逆の結果を迎える。襲撃者の体が濃い魔力に包まれ、《《人間であるにも関わらず吸血鬼を純粋な筋力で押し込んでいく》》。吸血鬼はムキになってフランベルジュに力を込めて追い払おうとするが、瞬間、襲撃者は力をふっと抜く。
思わぬ行動に吸血鬼の体勢が崩れ、フランベルジュは宙を切る。襲撃者はその隙に手慣れた動きで魔剣を右肩付近で小さく円を描くようにして上段に構え直した。吸血鬼がフランベルジュを構え直す暇もなく、襲撃者は静かに踏み込み魔剣を振り下ろす。
「がぁ……!」
一才の抵抗を許さず吸血鬼の両腕が切り落とされ、断面からは人と同じ赤い血が流れ落ちる。悲鳴を上げて地面に倒れ込むが、それすら襲撃者は許さない。
吸血鬼の頭蓋は、続く一太刀で切って捨てられた。それでも吸血鬼は再生しようと肉体を蠢かせるが、脳や心臓を戦闘中に瞬時に再生できる吸血鬼は一握りである。そしてこの吸血鬼は、その一握りではなかった。吸血鬼の体は力を失い、止めどなく血が溢れる。
並の吸血鬼を凌駕する『身体強化』の出力と異常な量のな鍛錬に裏付けされた剣術の腕だけではない。明らかに襲撃者は馴れていた。遥か格上のはずの吸血鬼を、一瞬で仕留めることに。
辺りはしんとし、残された吸血鬼も呆然として襲撃者を見る。僅か一瞬で、あれだけ猛威を振るった吸血鬼はただの肉塊に成り果てた。気づけば人間牧場で鳴り響いていた戦闘音は消えている。いや、それは正確には違うと言える。何故なら襲撃者のマントにはこの吸血鬼以外のものである血が幾重にも重なっていた。消したのだ。たった一人で。ただの人間の身で。この人間牧場を守っていた他の二十七人の吸血鬼を。
「あなたがどうやら最後のようですね」
こんな時でも目の前の人間《化け物》は穏やかな口調を崩さない。残された吸血鬼は知っている。ここ数年吸血鬼の間で噂になっているそれを。明確な異常、あり得るはずのない存在、架空だと信じたくなるような異常な実績。それが、目の前に立っていた。
残された吸血鬼は叫ぶ。
「き、貴様、真祖殺しの、『劫火』のミナトか!!!」




