助けてミナト君!
ケインは思わず目の前の光景に目を覆う。仮にこの場にミナトがいれば即座に抱き着き惨状から目を逸らそうとするだろう。だがここには彼はおらず、地獄がケインを直視する。
無数に並ぶ「血袋」には目が無かった。ケインたちには見えないが、舌も、鼓膜も。すべて切られ抉られ、血を生み出すだけの肉塊となっている。
腹には大きな針が差し込まれていてそこから少しずつ赤い液体がチューブを通じて外に流れ出していく。
それが何十人も、何百人も。吸血鬼の餌になるためだけに「血袋」にされている。
これが人間牧場。吸血鬼が血を得ることのみを目的に作った最悪の施設。敗北した人類がたどり着く悲惨な末路。
人間牧場の建設目的はシンプル、安全に吸血できて休める場所である。吸血鬼は強いが日光に弱いし血が吸えないと死ぬ。かといって血を吸うためだけに毎回人間を襲撃するのは待ち伏せのリスクがあり、戦力が大きく減る恐れもある。そこでこのような人間牧場を前線基地として、戦争の足がかりとするのだ。
だから人類は人間牧場を見つけ次第、これらを破壊する必要がある。
「吸血鬼の姿がないな、会議中か何かかしらんが都合がいい。魔術師と弓担当は焼き払う準備をしろ。他は護衛を行え、何があっても魔術師たちに吸血鬼を近づけさせるな」
傭兵の一人が冷静を装いながらそう静かに言う。だがケインの心は既にその指示から離れていた。
「え、ラーナ君……?」
そしてケインは「血袋」の中の一人が、知り合いの少年であることに気が付く。かつて鍛冶屋見習いとしてハンマーを振るっていた明るい少年は、ある日を境に行方不明になっていた。てっきり仕事が嫌で逃げ出したのではないか、などと勝手に思っていた。
血袋はもう言葉を発することはできない。時たま身震いをするだけだ。かつてハンマーを持っていた逞しい腕は切り落とされ、もう彼を思い出させるのは目元にある特徴的な複数のほくろだけであった。
「血袋」にされた人間は常時貧血状態であり、生死の境目を彷徨っている。仮に救出されたとしても、後遺症により真っ当な生活を送れず、場合によっては廃棄されるということを、ケインは情報としては知っていた。だが、現実としては。
「うぅっっっ……」
「吐くな、そしてあいつらはもう無理だ、見捨てろ」
ケインが蹲っている横で魔術師たちは詠唱を始め、弓兵たちは腰に下げた容器から油を取り出し、導火線を引いていく。ケインは数十秒ほどして胸を叩き、張りぼての笑顔を浮かべ、他の者と同じく腰に下げた容器から油を取り出し震える手で導火線を引き始める。
数分が経過し、手元の油が切れる頃に洞窟の反対側、恐らく第一分隊がいると思われる方向から剣が打ち合う音が聞こえ始める。
同時に周囲を探知していた魔術師が顔色を変えて叫んだ。
「こちらも見つかりました、敵影二!」
その声と共に、傭兵たちの前に二人の男が降り立つ。ありえない動きであった。数十メートル先から一息で跳躍し、障害物を飛び越え着地する。
その男たちは、戦場にあるまじき貴族のような恰好をしていた。いや、それ自体は貴族の服なのだろう。金の装飾が施された儀礼用の軍服の上に美しい光沢のある生地で編まれた赤いマントを羽織っているが、これらは全て侵略した人類国家から略奪したものであった。
彼らの肌にはシミ一つなく、二人揃って美形であった。そして何より、彼らの口には牙が生えていた。
この惨状を生み出した張本人にして人類国家を滅ぼすもの。侵略者。人の生き血を啜る、正真正銘の怪物がここにいた。
「餌が自ら飛び込んでくるとは、実に都合がいい。初めまして劣等種族の諸君。我らは吸血鬼ダーラント兄弟。共に伯爵級だ。短い間だがよろしく頼む」
そう言いながら二人の吸血鬼は嗜虐心に顔を歪ませ、鞘からフランベルジュを引き抜いた。




