一方的な戦い(2/2)
最後に残った吸血鬼、ダーラント弟は畏怖の目で襲撃者であるミナトを見つめていた。ケインの方にはもう見向きもしない。圧倒的な脅威を前に、鍛え上げた傭兵団は「無視できる些細なもの」に成り下がっていた。
「まだ誰も死んでいませんね。魔術師の方々は引き続き魔術の準備をお願いします。他の方々は応急処置を」
「……感謝する」
「ま、まだ終わっていないぞ!」
ダーラント弟は叫ぶ。が、ミナトの歩みは落ち着いている。まるで街の大通りを歩くかのように、警戒の素振りすらない。ミナトにとっては、既に戦闘が終わっているのだ。ここから負ける筋道が存在しないから。
傭兵たちがダーラント弟から距離を取る。一瞬ダーラント弟は彼らを人質に取る戦術を考えたのだろう、チラリとそちらを見るがすぐにミナトに視線を戻す。先ほどのスピードを見るに、背中を見せたが最後人質を取る前に殺されることは明らかであった。
「くっ、『氷矢』!」
ダーラント弟は傭兵たちの包囲から抜け出し、ミナトに向かって自身の最も得意とする魔術を放つ。氷の矢は風を裂き、ケインたちの矢などより遥かに早く飛翔する。吸血鬼の魔術は極めて強力だ。なぜなら寿命を対価に魔術を発動し、そして不死身で対価を無効化しているからだ。
だから。ケインや大半の傭兵は知らない事実であるが。
ミナトも同じく寿命を「対価」とする。
「蠢け、『唖狼頑剣ネガディール』」
ミナトがそう言った瞬間、手に持つ紫の魔剣が赤く輝く。蟲のような異様な形状をした魔力の塊がミナトの体に纏わりつき、消える。
この世にはマジックアイテムというものがある。「情報」を強化することで魔術の効率と効果を高める特殊なアイテム。そしてこのマジックアイテム『唖狼頑剣ネガディール』の効果は『肉体強化』。ただし対価は寿命。
元は亡国の騎士が振るっていたもので、体にいくら剣が突き刺さっても死ぬまで全力で戦い続けた、という言い伝えがある。そこから派生し、「力を得るが命を奪う」という強い「情報」を持つマジックアイテムとなったという経緯がある。魔術師たちの言葉で言う逆説的な情報強化だ。
ミナトの振るう剣の速度が著しい向上を遂げ、氷の弾丸を一息で迎撃する。飛び散った氷の破片は勢いよく洞窟に突き刺さり、一部は壁を貫通する。その威力を見て、傭兵たちは顔を青ざめる。仮に吸血鬼たちが初めからあの氷の矢を撃っていたらどうなっていたか、簡単に予想できたからだ。
「翔けて刻め、『紅の空絶』」
もうケインには、魔剣について知らないという前提を差し引いたとしても、目の前で何が起きているか分からなかった。それくらい、自分たちのいつも行っている戦闘とは速度も力も数も隔絶していた。
ミナトの腰より脇差のような、紅色の光を放つ刃が誰も触っていないのに一人でに飛翔しダーラント弟に襲い掛かる。速度は先ほどの氷の矢より遅いが、それでも弓よりは早い。そして何よりも。
「分裂に追尾だと!?」
刃が幾重にも重なったかと思うと一瞬で数十本に分離し、様々な方向から弧を描いてダーラント弟に射出される。ダーラント弟は全速力で飛び上がり、人間牧場の建物の屋上に逃れる。だがそれに対し『紅の空絶』と呼ばれた二本目の魔剣は分裂したままするりと向きを変えて吸血鬼に再び襲い掛かる。
ダーラント弟が使った『氷矢』よりも遥かに高度な魔術であった。
ありえない。シンプルな地力で人間が吸血鬼を圧倒していた。これが早さだけなら、力だけならダーラント弟でも対処のしようがあっただろう。
だが接近戦でも射撃戦でも、恐らくは長期戦でも。この人間は吸血鬼を圧倒する実力を持っている。
無論これにはタネと仕掛けがあるのだろう。だがそれを分析できる人物はこの場にはいなかった。
「な、なんだこの魔術は!? 何故こんなことが人間風情に!」
「努力の結果ですよ」
「ふざけるな、我らが真祖第九柱アウグストも北の夜のナングゥスも、人の身でありながら殺した大罪人、真祖殺し!」
ダーラント弟は焦りを隠さず、必死の形相でフランベルジュを振り回し『紅の空絶』を迎撃する。だが吹き飛ばされた空絶たちは再びダーラント弟に向けて飛翔し、意識をかき乱す。それこそが致命的な隙であった。
「爆ぜて舞え、『炎熱剛刀バルセルク』」
ミナトは静かにダーラント弟の意識の隙間をつき、背後に立つ。そして腰に三本目の魔剣を構え居合の姿勢を取る。
「っ……貴様ぁ!」
ダーラント弟がミナトに気づき、振り返るより早く。鞘より炎が漏れ出した。
鞘内で爆発を発生させることにより内部の圧力を増加、それを柄で受け止めることにより剣速を加速。これにより一切の反応を許さず一撃で叩き切る、最速の一撃。傭兵たちの間で動作そのものが技名として知られている、ミナトの奥義。
「『抜刀』」
「がぁっ……」
金の紋様が光る刀が、残像すら残さず駆け抜ける。破裂音と共に切り落とされたダーラント弟の頭が地面に落ちた。
一方的な戦いだった。




