レスバは大体何も生まない
ケインの棘のある言葉を受けて、中年の男は怒りに顔を染める。
「うるせえなクソガキ! あと俺はおっさんじゃねえ、ホボリだ!」
ホボリと名乗った中年の男はケインの「小作人」という部分を否定しないあたり、そこは当たっていたようだ。因みにこの時代の小作人の扱いは相当酷い。労働基準法がない社会の、土地と道具を持たない農民の稼ぎは推して知るべきだろう。まあ稼ぎはさておきとして俺たちの毎日の食卓を支える偉大な存在ではあるわけだけど。こういう人が正しい対価を得られるように頑張らないとね。
だがそんな風に余裕を持っているのは俺だけのようで、ホボリさんの俺への嫌味を聞いた周囲の傭兵は、ケインほどではないにせよ殺気立っている。ケインに至ってはもはや殺意すらあるのではないかと疑ってしまうほどの鋭い目つきになっている。あ、腰のナイフの柄に手をかけたから殺意あるやつだ。こっわ。
ケインは足音を立てて酒場の中を歩き、ホボリさんに詰め寄る。そしてわざとらしい、嫌な笑みを浮かべた。
「何っすかおっさん、嫉妬っすか。まあ仕方ないですよね、モテなさそうですし」
うわー初手から禁止カードきりやがったケインのやつ。モテなさそう(笑)は男女ともに絶妙に嫌な空気になるワードだからあんまり使っちゃダメだって教わらなかったのだろうか。特に嫌味で言うのは普通にセクハラだぞ。当然ホボリさんは自分より一回り二回り若い少女に馬鹿にされて顔を怒りで紅潮させる。
「なんだお前、そいつのアレか?貧相な体をしてる癖に物好きもいるもんだ」「な……!」
そしてセクハラにセクハラが返ってきてケインの顔が羞恥と怒りの両方で赤く染まる。これでハラスメントカウンターは互いに一、果たしてどちらのハラスメント力が高いのか楽しみになってきた。最強のハラスメントマスターは誰だ! なんて謎の煽り文句が脳内をよぎる。
「今から成長するんっすよ! それよりとっとと師匠に謝るっす、さっきも言ったっすけど誰のお陰で生きてられると思ってるんっすか!」
「そりゃ騎士と兵士の皆様だろ、そこのミナトとかいうガキ一人がそんな重要なわけないだろ!」
ホボリさんが余りにも(一般的には)正しい突っ込みをしてくる。うん、戦争で普通傭兵が騎士や兵士を差し置いてそんな活躍をするわけがないよね。国から支援を受けている彼らとは数も質も違うわけだし。ましてや傭兵部隊なら兎も角、ただの一個人でしかないのだから。
が、それはあくまで一般的な話であり今回は違うのだが。ただホボリさんはあまり戦況を詳しく知らないようであった。というかこの辺りは仕方がない部分もあり、インターネットがないこの世界で正しい情報を少ない金で得るのは困難だ。無論、騎士や兵士の知り合いがいればそれなりの確度の情報は得られるのだろうが、ホボリさんはそうではなかったらしい。
「吟遊詩人のやつが歌ってた内容ありえないだろ! 吸血鬼と一対一でやりあえるわけがない! 素手で人間を引きちぎるんだぞあいつらは!」
「やりあえるっす、見てもない癖に決めつけるなんて視野が狭いっすね! いやーさすが小作人、仕事もできないし戦えないし資産も知恵も視野もないジジイの僻みはきついっすね!」
「……うっせえ、黙れや傭兵風情が!」
おっとハラスメントバトルで終わるかと思ったら職業差別も参戦、どんどん話がヒートアップしてきた。
因みにであるが職業差別はこの世界では普通にある。魔術があり個々人の能力が大きく異なるこの世界では『何の職についているか』が『何の能力を持つか』に直結するからだ。小作人であることを馬鹿にされた男の顔は更に真っ赤になったし、傭兵風情と言われたケインも更に顔を赤くして怒り始める。
小作人は土地がなく立場が弱い、傭兵は(吸血鬼狩りと呼ばれるようになってからは違うが)金で人を殺すから立派に職業差別の対象ではあるんだよな。でも傭兵ギルドで傭兵をけなす小作人のおっちゃん、あんた勇気あるよ。
「盛り上がってきましたね……」
「なんで他人事みたいに言ってるんだよお前……」
二人が酒場の中心で大声で罵りあっているのを呑気に見ている俺に対して、先ほど声をかけてきた傭兵が突っ込みを入れてくる。が、まあ俺としてはそこまで怒る気もない。酒が入った上司の嫌味に比べれば一億倍マシだし、あれだけ酔った状態のホボリさんにまともな理屈が通るとも思っていない。それに。
「あの方も吸血鬼に家族や土地を奪われた側でしょう。戦況が厳しいこの状況で傭兵に反感を持つこと自体を否定することはできません」
「しかし」
「言い返すのは傭兵の仕事ではありません。戦って結果で示すことこそが求められています」
俺がそう返した時だった。傭兵ギルドの扉が勢いよく開かれる。そこにいたのは汗だらけの皮鎧を着た男だった。男はケインとホボリさんの言い争いが霞むほどの大きな声で叫んだ。
「北に設営中の吸血鬼の人間牧場が見つかった! 即座に奇襲をしかけるぞ!」




