傭兵ギルド
「ふーんふーんふふーん」
「一応再確認させて頂きますが、私はケインさんの師匠ではありません。仮に私のアドバイスで強くなったとしてもそれはケインさん自身の才能ですよ」
「いいじゃないっすか師匠! 師匠! 師匠!」
「どうして連呼を?」
「刷り込めるかと思ったんっすよ」
「私のことを鳥か何かだと思われてませんか?」
薄暗くなってきた街を機嫌の良さそうなケインと共に歩く。ここはトレイター伯爵家のおひざ元であるブルッグ城塞都市。大陸の中央から少し西側にあり、豊かな大地から得られる農作物が売りの都市である。
かつては南の国や北の国がこの豊かな土地を奪いに責め立ててきて、それをブルック城塞都市の壁は何度も阻んできた……という逸話もあるがそれはもう昔の話。今は吸血鬼との全面戦争の最前線の一つであり、そしてその空気は淀んでいた。
「南に逃げる馬車の便、どうして買えなかったの!」
「仕方ないだろ、値段が先週の二倍になってるんだから」
「仕方ないってあんた、子供たちが吸血鬼どもの血袋にされてからでも同じ事言えるの!?」
「東でバンドウ大将軍が吸血鬼に殺されたらしい……それも城ごとまとめてべしゃり、城内の生存者はいなかったらしい……」
「真祖の禁忌崩術って噂よね……今から投降したら、まだましな扱いを受けられるかしら……」
「やめとけ、北の孤児院の子供たちが『楽器』にされた事件を思い出せよ……」
「また南の国で魂の無い赤子が生まれたらしいわね、更なる不吉の予兆かしら……」
かつては栄えた大通りは既に影も形も無かった。大通りに並び立つ木材とレンガ、しっくいでできた色とりどりの建物の大半は扉が閉め切られている。地面にはごみが散らばり、脇道からは何が捨てられているのか知りたくなくなるような異臭が漂っている。恐らく誰かが自殺しているのだろう。道を行き交う人々の顔には余裕がなく、どこか怯えがある。
「ふーんふふーん」
そう、目の前のケインが異常なだけで、現在の都市の様子は最悪と言っていい。誰もが生きるために逃げ惑う。血気盛んな勇士たちはもう当の昔に大地のシミとなり果てた。勝ち筋の無い撤退戦。
「吸血鬼なんて師匠がいれば怖くないっす!」
「そんなことはありませんよ、血を吸って仲間を増やし、強大な魔術を行使する。永遠の命を餌に離反を促す。いずれも極めて恐ろしいものです」
吸血鬼。永遠の命を持つ、人の血を吸う怪物。俺の前世では蝙蝠になったり十字架に弱かったりと色々な逸話があるが、この世界では微妙に違う。
吸血鬼の強みは
・不老
・圧倒的な身体能力と強大な魔術
・真祖と呼ばれる一部個体の持つ特殊能力
・血を分け与えることで仲間を増やせる(制限有)
であり、逆に弱みは
・日光を浴びると大きなダメージを受ける
・人間の血を吸わないと死ぬし魔術を使えなくなる
くらいのものである。伝承の怪物、というよりは魔術的な素養を持った人間を餌とする種族、というのが正しいのであろう。因みに吸血鬼の起源はよく分かっていない。結構昔からいるにはいたらしいが、集団で国を落としにかかるようなことはせず一部で人類側と揉めたくらいだったそうだ。
しかし人間VS吸血鬼における戦争の問題点はそこではなかった。
「もう一つ吸血鬼が優れていたところがあります。戦術です」
「そうっすか?」
「……まあ最近は人類側も対策していますから、新人のケインさんはまだそこまで脅威に感じたこともないのでしょうね。戦争の序盤、吸血鬼のある戦術が多くの国家を粉砕したという過去があるのですよ」
Q 吸血鬼は人類より数が少なく増やすのも限界があります、でも血袋は欲しいです。どうすればいいですか?
A そうだ、ゲリラ戦をしよう!!!
俺が生まれる十年ほど前から始まった戦争の真の焦点は、技術的には中世から近世あたりの時代であるにも関わらずまさかのゲリラ戦が吸血鬼により広く採用されたことである。いや、厳密には前世でも中国とかで類似例はあるし魔術とかの性質上前世のゲリラ戦とは色々異なる部分はあるんだけれど。
このゲリラ戦(吸血鬼Ver)が採用されたことによる問題点は、少数で強大な力を持ち、しかし日光という制限があり一か所に留まっての籠城や攻城戦が不利な吸血鬼にとってはあまりにも最適な戦法であったということだった。特に補給を重点的に破壊しては日が昇る前には逃げ出し、反撃の余地を与えずじりじりと弱らせていく。軍隊同士の会戦を徹底的に避け、弱って城塞に引き籠った所を闇夜に紛れた奇襲で一夜にて落とす。
加えて「吸血鬼の仲間になれば、永遠の命を手に入れられる」という魔の誘い文句を使い権力者を的確に裏切らせるという策略も極めて効果的であった。まあ不老は古今東西、様々な人の悲願だからね、つい裏切るのも仕方がない。
そんなわけで人類同士の戦争に慣れ切った各国は戦術に対応できず瞬く間に瓦解し、短期間に大陸の半分を奪われた。
そして吸血鬼たちは一つに集まり建国し、自らの国を『吸血鬼連邦共和国』と呼称したのであった。(厳密には仮称らしい。頭の吸血鬼というのは人類側と区別するためのものであり、大陸から人類国家を根絶した暁には正式に国名を決定するのだとか)
「吸血鬼達の編み出した戦術は非常に優れています。私一人がいくら頑張った所で補給路を断たれ毎日のように建物に火を放つ嫌がらせに徹されたら、城塞都市を守り切ることは難しいです。ですから傭兵ギルドの皆様や兵士の方々との連携が大事なのですよ」
「流石っす師匠、戦闘技術だけじゃなくて戦術や歴史にも詳しいんっすね!」
「師匠ではないですよ」
そんな風に対吸血鬼戦術基礎講座(若い子は吸血鬼の直接戦闘能力に目を向けすぎて戦術面を甘く見る場合があるので、適度にSEKKYOUすることがある)をしていると、再び目的地付近から聞き覚えのある声が流れてくる。
『勇士ミナトは3本の剣を走らせ吸血鬼たちを片っ端から~』
「……吟遊詩人の方、ずっと私のこと歌ってますね……」
まあこんな絶望的な状態だからこそ、俺という高い戦果を挙げている存在は唯一と言っていいくらい明るいニュースなのだろうけど。あれだ、ブラック企業の超激務部署に滅茶苦茶デキる中途社員が配属されてバリバリやってくれてる的な状態というか。
「えへへへ、照れくさいっすね」
「ケインさんが照れる必要はないと思いますよ」
「むんっ!」
一方ケインは謎に俺のわき腹を突いて抗議活動を行ってくる。そうやって話していると、遂に目的地である傭兵ギルドにたどり着いた。




