東の帝国から2名様ご来場
テントを出て数十秒ほどすると、向かいから二人の男女が歩いてくる。それを制止しようと騎士が前に立ちはだかろうとするが、手で制されてあっさりと二人は俺たちの元まで辿り着いた。先頭の高貴な身分らしい小太りの男が慇懃無礼に礼をすると、アンリエッタ様は不機嫌そうに言った。
「お部屋でお待ちするよう父からご連絡あったと思うのですが」
「いえ、そう思っておりましたが偶然素晴らしい建物を見つけまして、すると足がいうことを聞かず」
「それはそれは、東の帝国の宮廷魔導士殿のフットワークの軽さには驚かされます」
「……」
凄く隣のアンリエッタ様の怒りが伝わってきて俺は内心ビビる。いや、家の中を見知らぬ胡散臭いおっさんが勝手に歩き回っていたらそりゃ嫌悪感も出るだろうけど。さっきまでの空気はどこに行ったよ。流石組長(比喩)の娘。
「申し遅れました、小生は東アルニティコス帝国第一級宮廷魔導士、シグノーミと申します。以後お見知り置きを」
五十歳前後の小太りの男はそう名乗った。シグノーミさんは向こうの制服らしい金の装飾があしらわれたローブを纏っており、手には高等なマジックアイテムと思われる赤い杖が握られている。そして特徴的なのがこの世界では珍しい車輪のついた旅行用鞄、大きな赤いスーツケースである。確か前世ではこれが出来たのは相当後の時代ではなかっただろうか。というか荒れた道も多いからそこまで便利なものではないはずなのだが、珍しいものである。
下世話な笑みと俺たちを値踏みする目線で高貴な印象を台無しにしているシグノーミさんに、アンリエッタ様は引き続き不機嫌を隠さない。どうしたの、いつもはもっと上手くやれるのに。睡眠不足とかなのだろうか。
「東アルニティコス帝国はバンドウ大将軍がお亡くなりになられたと聞きました。生前ご縁があり一度ご挨拶させて頂いたことがございます。ご冥福をお祈り申し上げます」
「ええ、かの魂に女神の導きがあらんことを祈るばかりです。そちらの方も大変吸血鬼に苦戦されているようですが、王都からの援軍が見当たらず不思議に思っております。もしや、特殊任務に当たっているのでしょうか」
「……っ」
俺が静かにしている目の前で、地獄の嫌味合戦が始まっていた。先手を取ったアンリエッタ様は「お前らここにきてる余裕あるんか今自分の国大変やろ」、シグノーミさんは「お前ら自分の国からすら見捨てられてるんすか笑」と言い合っている訳である。
ちなみにこれでも全然マシ、何故なら俺でも意味が分かるから。真にヤバい嫌味合戦が始まると教養溢れるチクチク言葉が空を飛び交い穏やかな口調とそれに反する緊張感で冷や汗が止まらなくなる。幸い若いアンリエッタ様と宮廷魔術師という立ち位置上、若干そういう政治闘争とはズレたところにいたシグノーミさんだからこの程度で治っている訳だけど。
「東アルニティコス帝国は貴国と比較的近い位置にあります。貴国が落ちるとそのまま我が国が側面から攻められるため、それだけは避けたいという我が国の意向により今回の取引が成立した形です」
この世界の地理を凄くおおざっぱに説明すると、南北に少し長い長方形のような形状をした大陸にいくつもの国家がひしめき合っている。俺たちの所属するヴァサノ王国が大陸中央部にあり、その東隣に小国幾つかを挟んだ上で東アルニティコス帝国がある、という形だ。
東アルニティコス帝国は海が近く資源が豊富で、魔術に長けた軍事大国である。またロングソードより刀が主流だったりと少し親近感が湧く国だ。
一方ヴァサノ王国は農作物が豊富で、山や川などの天然の防壁があるおかげで防衛に優れている。(とはいっても対人間の軍隊相手の話だが)そのため歴史が長く伝統を重んじ、それ故に吸血鬼の戦術に対応できず被害が拡大したという経緯もある。
まあそんなこの二国は戦争で敵同士になったこともあり仲が良いとは言い難いものの、対吸血鬼という観点からすれば仲間である……はずなのだが、凄く空気は悪い。まあその理由は大体お察しなのだが。
「『劫火』ミナト殿との逢瀬をお邪魔して申し訳ないのですが、吸血鬼との戦いは一刻を争います。できるだけ早くご紹介しておこうと思いまして」
その言葉と共に、シグノーミさんの後ろに立っていた二十歳前後の女性が前に出る。燃えるような赤いポニーテールに、整った顔立ち、俺と似たような革鎧と一部金属の防具をつけただけの軽装。金属製の小盾に何らかのマジックアイテムらしいロングソードを下げたその女性は俺たちを見てニコリと笑い、一礼した。
「初めまして、『人工勇者』のマールと言います!」
おお勇者らしい元気で良い子(肉体的には年上だけど)だ、と俺はアンリエッタ様の背後で頷く。アンリエッタ様はこの『人工勇者』と挨拶すればすぐにテントに戻れると思ったのだろう、少し不機嫌さが和らぐ。
が、すぐに彼女の顔は不機嫌が一周回って圧のある笑みに染まることになる。そう。あろうことか『人工勇者』マールさんはアンリエッタ様ではなく俺の方に視線を移して言ったのだった。
「是非噂の『劫火』くんと一度お手合わせさせて欲しいんです!」
その背後で、シグノーミさんが嫌な笑みを浮かべているのに俺は気がつく。どうやら単なる手合わせではなく、これまた裏があるらしい。何で対吸血鬼の共同戦線を貼るのに人間同士で腹の探り合いをしなければならないのか、と俺は内心でため息をつくのであった。




