貴族は実質ヤクザ説
貴族とのデート、それすなわち俺にとってはド級の厄介ごとに他ならない。騎士物語とかで夢を見ている各位にはきわめて申し訳ないのだが、そもそも貴族は(自称)高貴なる一族。
王より平民の管理を請け負った地域の守護者であり、そして騎士団という地域最大の暴力団を統べるキングオブヤクザである。
この認識はおかしい……と思う人は21世紀の国家を思い出して欲しい。勿論良識を元に動く国々も多かったが、一方で本当に国民の利益になるなら武力行使も恫喝も問わない国家も少なくなかったはずだ。
現代社会では貿易の発展及び武器の進化による侵略の難しさが重なり、そういった面が強く顔を見せることは少なくなったけれど。一方この世界においては明確にヤクザ。騎士が賄賂を要求してくることも意図的に野盗を討伐せず街路を使えなくすることも大いにある。
とはいっても英雄ロールプレイという観点からすると、人工勇者なるなんかカッコいい人との共同作戦というイベントを逃すわけにはいかない。あと、優秀な傭兵団『大鷹』の皆さんがこの前の人間牧場の一件でかなり負傷しちゃったから戦力的に不安すぎるというのもある。あと、貴族からの『依頼』を平民が断るとどうなるかは概ねお察し。
というわけで今俺は実質組長の娘とデートを行っていた。
「ミナト様、何か酷く見当違いのことを考えておられませんか?」
「イイエ、ナンデモゴザイマセン、アンリエッタサマ」
だがそんな彼女が指定したのは金持ちの集う高級料理店や宝石店……などではなく、まさかの彼女の屋敷であった。とはいっても当然といえば当然、吸血鬼との戦線が近いこの町で高値の物を扱うのはリスクが高すぎる。
「戦費が足りない」という理由で徴収されたり、シンプルに貧しい人に強奪されたり、とにかくハイリスク。故に概ね、貴族たちの休日の遊びは城の中かベッドの上などと相場が決まっているが、今日は相当様子が違った。
「わたくし、ペットを飼うのが好きでして」
時刻は昼過ぎ。屋敷の庭に案内された俺の目の前にあったのは大きなテントだった。テントの門の前にはメイドが立っており、こちらをみると深く礼をして木製の扉を開く。アンリエッタ様に連れられて中に入ると、そこは別世界だった。
「たくさん飼ってらっしゃるのですね」
中にいたのは数十匹の犬と猫だった。大型から小型まで様々な犬種がいて、いずれもアンリエッタ様を見て嬉しそうに近づこうとするが、背後にいる異物の俺を見て一瞬立ち止まる。
だが噛みつこうとする物がいないあたり、十分にしつけはされているようであった。
「特に犬が好きですの。人間と違ってきちんと世話をすれば噛んだり逃げたりしない。癒しなのですよね」
「確かにアンリエッタ様の日頃の気苦労は相当なものでしょうから、こういった癒しも大事ですね」
「ええ。このテントの中は大事な大事な、わたくしの王国です。貴族の責務を忘れて、ずっとこの中から出ずに、ペットと楽しく過ごしたいくらいです。勿論冗談ですよ」
人間は逃げはするけど噛まねえだろ! と突っ込もうとしてよく考えると定期的に吸血鬼側に裏切る奴が出るので何も間違っていないことに気づく。何なら噛むどころか放火殺人までワンセットでやってくるからな。特にお貴族様はその辺りめちゃくちゃ悩まされるだろうしな。
前足を持ち上げてアピールしている犬猫たちをアンリエッタ様は順々に撫でていく。ひとしきり撫で終わったあと、アンリエッタ様はこちらに振り向いた。
「これでもお父様に言われてだいぶ減らしたのですけれどね。……っと、あまり驚かれないのですね、初めて見た平民の方は大体腰を抜かすのですが」
「あー、まあ、似たようなものをその、遠目に見たことがありまして」
二十一世紀には動物園がありまして、などと言えるわけもなく俺は適当にごまかしながら改めて周囲を見渡す。現代日本基準でいえばこのテントは動物愛好家の多頭飼い、という程度でしかない。
しかしそれは二十一世紀人間の基準であり、この時代の人間が猟犬でもない趣味の動物を大量に飼う、というのは確かに比較的稀と言えるのかもしれない。
……でも平民の方が動物多頭飼いしてることもあるし、義務的ビックリ(造語)の可能性も否めないけど。俺も今から腰を抜かしたほうがいいのかもしれない。どひゃーオラおでれえた! ……やっぱわざとらしいからやめておこう。
「おーし大丈夫だぞ」
犬たちが俺を警戒しているので、手を差出してじっと待ち、向こうからこちらに近づいてくるのを待つ。数十秒ほどするとじりじりと興味を示した一匹の大型犬が近づいてきて、俺の手の匂いを嗅ぐ。
「うわちょっと傷つく……」
そして盛大に吠えられた。嘘やろここは仲良くなる所やん。嫌われる覚えなんて全くないぞ、あるとすれば寿命を代償にした魔術を行使し続けているので実質人間魔剣みたいな状態になってるくらいで。俺がショックを受ける横で、アンリエッタ様はクスクスと笑った。
「もう、今後は同じテントで生活するのですから、仲よくしてください」
「……?」
意味が分からず、俺は適当に聞き流す。だがその声色は冗談などでは無かったように思えた。




