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自己犠牲英雄ロールプレイを満喫してたら何故か仲間たちが次々とヤンデレ化する件について  作者: 西沢東@『HAO』コミカライズ連載開始!


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アンリエッタの憂鬱

 傭兵ギルドにて打ち合わせを行ったその日の夜。アンリエッタ=トレイターは明日のデートのために意気揚々と服を選ぶ……などということはできなかった。


「では続きまして、南方諸国との連携につきまして――」


 会議室では、アンリエッタ=トレイター、そしてその父であるトレイター伯爵、そしてその部下である書記や騎士などが座っていた。彼らの誰一人として明るい表情をしているものはいない。トレイター伯爵は年齢に反する深い皺を額に刻み、若干不揃いな顎鬚を何度もさする。書記に至っては、議事録を取りながら歯ぎしりをしているほどだった。


「南方諸国はやはり軍は派遣せず武器と食料のみの支援とのことです。向こうは我々が一年以内に敗北することを前提に、自国の強化を第一にしているようです」

「支援は自分たちの時間稼ぎのため、なのに書面では貸与として戦後の返済を要求してくる。厚かましいにもほどがある!」

「向こうとしてはここで決戦をするより、南方に戦線を引き延ばした方が吸血鬼達の本拠地から遠くなり、その分攻勢が落ちるという見込みのようですね」

「頭が悪いな、人間牧場を作られたらそれで終わりなのに」

「それとやはり王都への支援要請は通りませんでした。むしろ我々は自らの領地と民を破棄、兵力だけを連れ帰り王都の防衛に努めた方がよいとの指示です」

「領民を見捨てろというのか! 貴族の、王としての誇りはどこにいった!」

「いえ、領民を《《見捨てる》》のではなく《《破棄》》、血袋にされないよう全て処分せよとのことです」

「……っ!」


 アンリエッタの父であるトレイター伯爵の表情は怒りに満ちていた。人類と吸血鬼との種族間戦争であるのに、人類側が一枚岩ではない。今、各国がトレイター領に求めているのは「時間稼ぎ」でしかなく、このままではトレイター領の破滅は確定していた。


「領地に残る残兵数は?」

「戦闘可能な騎士と兵士は五百、傭兵は百を切ります。あとミナト殿が一名です」

「……都市の防衛戦力を考えるとほとんど余裕がないな、仕方がない。しばらく人間牧場潰しは東からの客人とあの男に任せよう」


 ミナトが一名、という一見意味の分からないくくり方をしているが、これは当然のことである。兵士十人がかりで吸血鬼一体と互角、の戦場でミナト一人で二十体は余裕で狩ってくるのだ。


 無論、過去には優秀な騎士たちがいた。魔術と剣術を扱い、総合力ではミナトに近しい者すらこのトレイター領にはいた。


 ただしそれは過去の話。何度も言うが、長きに渡る戦争、吸血鬼の未知の戦術により彼らは悉く死んだ。あるいはそうなりうる才能のある若者は、才を開花させる前に戦地で死んだ。


「お父様、ミナト様も人間です、例えば吸血鬼に囲まれたり、最上位の吸血鬼である真祖が出てきたり、あるいは味方を庇いながら戦えば死んでしまうかもしれません。そういった事態がないように、負担を減らすようお願い致します」

「何を言う、無敵の人間がいないなど当たり前だ。その条件だとそもそも誰だって死ぬだろう。……まああの男は今までそれを潜り抜けてきたわけだが」

「しかしミナト様は体が……」


 アンリエッタは縋りつくように父に言う。そもそも一人の傭兵に頼る、しかも単なる本人の正義感とでも呼ぶものに依存した戦略など下の下にもほどがある。本来であれば、少なくとも主戦力は傭兵であるべきではない。


「アンリエッタ、お前が入れ込んでいるのは知っている。が、それをすれば代わりにこの都市を守る騎士たちが死ぬ。貴族としての面子が持たなくなろうとも、個人への異常な依存になろうとも、今はこれが最適解だ。あの傭兵には寿命が尽きるまで吸血鬼と戦ってもらう」

「ミナト様は都合の良い道具ではないのですよ!」

「同じく騎士や兵士、他の傭兵も都合の良い道具ではない! 心を殺せ、でなければ即座に身一つで王都に落ち延びよ! この期に及んでも性欲に目の眩んだ間抜けな貴族なら愛人として受け入れてくれるだろうよ!」


 会話はヒートアップして止まる気配を見せない。これは最近特にこの父娘の間でよく起きる出来事であった。これについては、明確にアンリエッタが幼い思考であると周囲の部下たちは捉えていた。というのも、父であるトレイター伯爵は親しい人を既に数多失っている。父を、師匠を、忠実な騎士団を。その上でなお滅亡に抗うために心を磨り潰しながら走り続けている。


「もういいです!」


 遂に限界に達したアンリエッタは会議室から飛び出す。その後ろで、トレイター伯爵たちはため息をつく。


「……最近は特に精神が不安定だな」

「いずれ落ち着きます。それにそのための、ですよ。『人工勇者』、噂に聞くと吸血鬼三人を相手にして勝ったとか」

「ふん、その『人工勇者』がいようが東の帝国はバンドウ大将軍が城ごと魔術で圧殺されたと聞いたぞ。そもそも東の帝国が簡単に手放している時点で大した戦力ではあるまい」

「あるいは、戦力は本物でも何か『ワケあり』の可能性ですね」


 背後で聞こえる会話を無視し、アンリエッタは城の中を足早に歩く。窓の外から見える夜の明かりは、物心ついた頃の記憶と比べ驚くほど少ない。十分な金を持つ者たちはとうの昔に南方から逃げ出している。


 陰鬱な気持ちで自分の部屋に入る。扉を閉めた瞬間、待ち構えていたかのように部屋の中心に幻影が現れる。その幻影には見覚えがあった。



「やあ、アンリエッタ殿」

「来ましたね、吸血鬼」

「おっとそんなつれない呼び方やめてよ、ボクたちの仲じゃないか」


 あの日、アンリエッタを吸血鬼側に誘った男装の吸血鬼。その名をポルネアと言う。


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