花の如く、鳥の如く
「さて積もる話もあるが俺は依頼を受けてんだ、先にそれを終わらしてくる。直ぐに終わるからギルドで待っててくれ」
「それなら付いて行っていいか?デジちゃんに実力を見せるいい機会だし」
「そうね、依頼主としては見ておきたいわ」
「いいぜ、この近くの畑を荒らすグレートボアを狩りに行くだけだから付いてきな」
そういうわけで街の外に三人で出る事になった。
ムラマサは一人で先行してズンズン歩いていく。その後ろをアテムとデイジーは付いていく。おかしな二人が歩くと自然と人が避けていき非常に歩きやすい。
デイジーはアテムの耳元で小さな声で話しかけた。
「ねえ、疑う訳じゃないけど本当にフライパンで戦えると思う?」
ムラマサが腰に下げているフライパンは何処からどう見ても普通のフライパンであり、何か特別な素材で作っている様子もなく、強大な魔力が秘められている感じもしなかった。
「確かに呪われる前と比べたら弱くなってる筈だけど、それでもムラマサの強さは別格だ」
「それならいいけど……」
アテムの実力はしっかりと見てきたデイジーなので、その本人が別格と言うならそうなのだろうと受け入れた様子を見せたデイジーだが、その顔はまだ納得していなかった。
「大丈夫だって!それを確かめる為に依頼に付いて行くんだろ?」
「そうね、しっかりと見定めなきゃ」
デイジーは改めて先頭を歩くイカれた格好のムラマサを見つめた。フライパンに目を瞑れば実力者の風格である。
街を出てしばらく歩くと広大な畑が広がっており、あちらこちらの柵が壊されているのが目に付いた。
壊された柵の内側の畑は地面が乱雑に掘り返されて、歯形の付いた作物が見るも無惨に転がっていた。
土には足跡がくっきりと残されており、その大きさからグレートボアの体格はかなりのものと推測できる。
ムラマサがしゃがみ大きな足跡を触った。まだ柔らかくできたばかりのものである。
「まだ近くにいるな」
ムラマサが周囲を警戒していると奥の方の畑で高い背の作物がゴソゴソと風がないのに揺れるの目撃した。あの作物の向こうに何かいる。
作物が揺れザクザクと倒されると葉の間から大きな猪が我が物顔で現れた。立派な牙を持ったそいつはムラマサを見ると警戒態勢に入り片方の足で土をガツガツ掘って威嚇した。
「おっし!下がってな!ここは俺一人でやるから」
「お手並み拝見だね。グレートボアはC級クラスだけど一人で狩るのは難しい魔物だ」
「そうなのね、じゃあ実力を見るのに丁度いいわね」
デイジーとアテムは柵を超えて少し離れた位置からムラマサの狩りを観察する事にした。
ムラマサは腰から二つのフライパンを抜き構えた。その構えはフライパンを持っている事を除けばやはり歴戦の猛者の風格があった。
「来い!デカ猪!」
「プブオオオオオオォォォー!!」
ムラマサの声に呼応する様にグレートボアは叫び声を上げてムラマサに向かって突進してきた。土を撒き散らして突進するグレートボアは明らかにムラマサを仕留めにかかっていた。
それでもムラマサはジッと動かず全く動じない。
グレートボアの牙がムラマサに当たるか当たらないかの寸前のところだった。
「花鳥流……桜雲雀!!」
無様な悲鳴を上げたのは突進していたグレートボアの方であった。ムラマサは間一髪のとこほで躱しグレートボアの横っ腹にフライパンを叩き込んでいた。
だがグレートボアは倒れない。しかしそれから何度もグレートボアは牙を振り回すが一向に当たる気配がない。
その光景をデイジーは息を呑んで見守っていた。
——凄い!あの乱暴な口調からは想像できない様な美しい足運びにキレのある動き……まるで舞踏の様!そんな綺麗な動きでグレートボアを……
「フライパンでボコボコに殴ってる!」
デイジーの心の声が叫びとなって出てきてしまった。
激しく抵抗するグレートボアを美しい足運びで見事に躱して、洗練された太刀筋でフライパンの打撃を叩き込む。これが刀で戦っていたら最初の一撃で終わっていたであろう。それほどの実力がムラマサにあった。
「花が舞い、鳥が遊んでいる様な美しい剣技だねぇ」
「ええ、まあ……そう見えなくもないと言うか何と言うか……」
アテムはそう言っているがデイジーには花が舞っている様にも鳥が遊んでいる様にも全く見えなかった。野蛮な男が乱心している様にしか見えない。
「すげー!いけいけー!」
アテムは盛り上がっているがデイジーは応援する気になれない。
その後もムラマサの一方的な攻撃は続き、遂にグレートボアは力付きにその場に倒れた。
「これで終わりか……呆気なかったな」
あれだけ動いていたのにムラマサは汗一つ流れておらず息も落ち着いたままであった。
「お見事!流石ムラマサ!」
「へへ!どうだい?俺の実力は!」
「色々凄かったわ……」
思ったことをわりと直ぐに口に出すデイジーであるがこの時ばかりは曖昧な返答をしてしまった。
「そうだろ!じゃあ依頼も済んだし依頼主に終了のサインを貰いに行くか!その後は街に戻って報酬でぱーっとやろう!」
「いいね!いいね!飲もう!デジちゃんも飲むでしょ?」
「えぇ……まぁ少しなら」
三人がギルドに戻るとムラマサは意気揚々と受付に向かった。
「あ、ムラマサさん。お帰りなさい」
「ちゃんと依頼主からサインもらって来たぜ!」
ムラマサは依頼者のサインが書かれた依頼書を受付嬢に渡した。
「はい、こちらでも確認をとれてます。お疲れ様でした。こちらが報酬です」
「あいよ!」
報酬を受け取り上機嫌で立ち去ろうとする「ちょっと待って下さい、少しお話ししたいことが」と受付嬢が申し訳なそうに引き留めた。
「なに?まだグレートボアがいたのか?」
「いえ、依頼の方は問題無く、その言いづらいのですが。魔物をフライパンで殴っている不審者とそれを見て笑っている派手な不審者が出たと通報が……」
「……不審者?」
「おそらくムラマサさん達の事だと思うのですが……その……少し周りに目を配って頂ければなと……すいません!」
受付嬢は本当に申し訳なそうに苦情を伝えた。ムラマサもなんとも言えない表情で苦笑いをしており、それを聞いていたアテムはゲラゲラ笑っている。
「はっは!僕達不審者だって!」
全く笑い事ではないがアテムは楽しそうである。
——よかった……私の感性は間違ってなかったんだ
あの光景を見た者が自分と同じ感想になった事をデイジーは喜んでいるが、その不審者の集まりの中に自身が入っている事をデイジーはこの時気付いていなかった。




