攫われた妖精
「まさか捕まるなんて……ここ何処よー」
デイジーが囚われているのは街から離れた小さな寂れた小屋。おそらく人が離れて何年も経つのだろう、あちこちの壁に隙間があり夜風が吹き込んでくる。
デイジーはその小屋の奥に部屋があり、そこで小さな檻の中に閉じ込められていた。
デイジーはアテムと話していたが、アテムが眼鏡を外した瞬間に目の前が真っ暗になった。おそらく何かの袋に突然入れられてたのだろう。
それからは袋の中で暴れたが袋は破けず、長い事揺られているうちにこの小屋で袋が開けられて檻の中にぶち込まれたのだ。
「どうしよう……こんなに可愛い妖精のアタシはこれからどうなっちゃうの……」
妖精は精霊の森にいるだけで人間が見かける事はほとんどない。その為、妖精を攫い何処かへ高値で売り捌く悪党とそれを買い取る悪党が人間たちの中にはいた。
そして殺される事はないが一生檻の中に閉じ込めれて観賞用として生かされる運命である。
そんな最悪の未来をデイジーは想像しながら体を震わせていると「ワフン!」と窓の外から犬の鳴き声が聞こえた。
「犬?こんなとこに?」
窓に目をやると犬の耳らしきものが窓の外でピコピコ揺れている。前足を窓枠にかけて飛び跳ねているのかハァハァ鳴きながら犬の顔が出てたり消えたりしている。
そしてデイジーと目が合うと犬はまた嬉しそうに「ワフン」と鳴いた。
そして立つのをやめたのか耳がスッと見えなくなると外で淡い光が見えた。
「ゲコッ」
「ゲコ?」
今度はカエルの声が窓の外から聞こえた。デイジーが窓を見るがカエルはいない。辺りを見回すと天井の隙間から一匹のそこそこ大きいカエルが小屋の中にそそくさ入ってくるのが見えた。
そしてカエルは壁をペタペタと這いながら降りて来て、ある程度低いとこまで来たらピョンと跳ねて床に着地した。
「カエルだ……」
デイジーが謎の挙動をするカエルを不思議そうに眺めているとカエルは突然口を大きく開けて「グウェ!」と指輪を吐き出した。コロンと指輪が床に転がるとカエルはその指輪を自身の細い腕に通した。
するとカエルが突然淡く光出しその姿を大きく変えていった。やがて人型になった淡い光の塊から徐々に輝きが失われると見覚えのある人物が現れた。
「どもーデジちゃん、ごめんねーあっちこっち探してたら夜まで待たせちゃって。でも大丈夫!君の王子様が助けに来たからさ」
アテムである。カエルがアテムに変身した。いや正しくはアテムがカエルに変身していたのだ。
「え!アンタ変身魔法を使えるの!?」
「違う違う、カエルになる呪いさ。無効化の指輪外してカエルになったの。君を探すのも犬になって匂いを追って来たのさ」
「そんな呪いの使い方初めて見た」
「すごいでしょー?」
「ええ、すごいと言うか怖いと言うか」
アテムは軽く言っているがここまで呪いを使いこなしている人間をデイジーは知らなかった。呪いを無効化しているのにそれをわざわざ解いてあえて呪われるなんて発想はデイジーには思い付かない。思い付いたとしても決して実行しないと確信できた。
この世で好き好んで呪いによってカエルになりたい奴などいるわけがない。それでもアテムはカエルになってこの小屋に入って来た。
「まあ、そんな事よりこんなカビ臭いとこからさっさと逃げよ」
アテムが檻を開けようとしていると突然部屋の扉が開かれた。
「おい、さっきから何ぶつぶつ言ってやがる……っておい!お前何処から入った!」
部屋に入って来たガラの悪そうな男がアテムを怒鳴りつけたがアテムは全く緊張感が無い。
「あちゃー、でもバレちゃったらこそこそ出る必要はないね」
そう言うとアテムは剣で窓ガラスを叩き割った。バリンッと大きな音を立てて窓ガラスは粉々になり壁にポッカリと窓枠だけになった大きな穴が空いた。そこからアテムはデイジーを優しく手で包み込みながら飛び出していった。
「妖精が逃げた!男もいる!」
部屋の中の男が大声を出して仲間を呼びながら窓枠を乗り越えて外に出て来た。
男の声を聞いた仲間が直ぐに外に飛び出してきてアテムの行手を阻んでしまった。
窓から一人、そして外には二人の悪党が剣を抜いてアテムを取り囲んでいる。
その内の明らかに雰囲気が違うリーダー格の大男がアテムを見て怪訝そうな表情をした。
「おい、なんでアテムの野郎がここにいるんだ?」
「囚われのお姫様を助けに来たのさ。でもこの状況だと君らを倒さないといけないようだね。どうだい?ここは大人しく引き下がってくれないか?痛いのは嫌だろ?」
「へっ、馬鹿言うんじゃねえ、知ってるんだぜ?お前呪いを受けて弱くなってるってな。そんなお前ならガキでも倒せるぜ?」
「できるかなー?」
こんな危機的状況でも軽薄な態度を崩さないアテムにデイジーはヒヤヒヤして何か自分にできる事はないかと考えるが現状できる事など何もない。ただ行末を見守ることしか出来なかった。
「やってやれ!」
大男の命令に二人の男が反応してアテムに切り掛かった。
しかし結果は呆気なく、二人の悪党は簡単にアテムに切り伏せられた。デイジーから見ても悪党二人の動きは雑で隙だらけであり。アテムはその風貌からかけ離れた洗練された動きによって二人を切り捨てた。
「確かに呪いのせいで弱体化してるけど、それでも元々はB級冒険者だから君達なんて敵じゃないよ」
「ならオレはどうかな!」
大男は一気に間合いを詰めてアテムに斬りかかった。それ威力は恐ろしくアテムも剣で受けずに回避するしかなかった。
回避しても次々と繰り出される斬撃にアテムも反撃の隙を見つける事が出来なかった。明らかにこの大男だけレベルが違った。
「君強いね」
「オレは元はB級冒険者だ!そいつらとは訳が違う!」
「それなのに今はコソ泥かい?」
「こっちの方が楽して稼げるからな!冒険者なんかよりよっぽどいいぜ!」
「心が折れたんだろ?B級になったはいいけどその依頼の難易度に」
その発言にこれまで笑っていた大男の表情が一気に険しくなった。
「冒険者は腕っぷし以外誇れるものがないからね。依頼ができないなんてプライドが許さなかったから悪党になってその貧相な虚栄を取り繕っているんだろ?」
「殺してやる!」
大男はさらに力を込めてアテムに切り掛かった。空振った剣からは空気を切る轟音が鳴り響く。
「そんな冒険者崩れには僕からとっておきの技を見せてあげよう」
そう言うとアテムは指輪を一つ外した。その瞬間アテムの身体が発光しだした。
「アテムフラッシュ!」
「ぐっ!眩しっ……!」
大男は一瞬目が眩んでしまった。明かりのない夜に突然光を当てられたのだ、目が明るさに慣れず何も見えない。
アテムは指輪はめて発光を止めると暗闇に溶け込んだ。大男は剣を闇雲に振り回してアテムを斬ろうとしているが剣は空振るばかりである。もはや何処にいるのか分からない。
「何処だ!出てこい!」
「ここだよ」
アテムは大男の背後に立っていた。
大男は振り返ろうとしたが遅かった。アテムの振り下ろした剣は大男の背中を斬りつけた。
「グハッ!……」
大男は力無くその場に倒れて動かなくなった。戦闘の結末はあまりにも呆気なかった。終わってみればアテムは傷一つ無く三人の悪党を倒してしまった。
大男が動かなくなったのを確認したデイジーは恐る恐るアテムに近寄ってきた。それに気付いたアテムはにっこりと笑顔を向けた。
「終わったよ、デジちゃん」
「それも呪いなの?」
「呪い?ああ、そう発光の呪い。光って魔物が寄ってくるの。魔物がいなければただ明るいだけー。暗いとこなら一瞬眩ませる事くらいなら出来るよ」
当然のようにアテムは語っているが呪いを完全に使いこなす常識はずれな戦法である。
「カエルといい、呪いを好き勝手に使ってるのね」
「こんな状況だからね、出来る事は何でも利用しないと」
そんな風に笑っているアテムだがそれは眼鏡の副作用で明るくなっているだけで、本当のところどう思っているのかはデイジーには分からなかった。




