肥満体型盗賊アッシュ
アッシュが加入して和やかなムードになると思いきやアッシュが突然真剣な表情に変わった。
「と、その前に……」
アッシュはミネルバの後ろの立ちあがろうとする二人組の客に向かって食事に使っていたナイフを突如投げつけた。一直線に鋭く飛んでいったナイフは後ろのテーブルに突き刺さり客は驚き身を硬直させた。
「後ろのてめー、今盗んだ物出しな」
その言葉を聞き二人組の客はギョッと顔を引き攣らせた。そのうちの一人が懐にある謎の膨らみを手で押さえた。
「ミネルバ、オメーやられてんぞ」
アッシュの言葉を聞きミネルバが自身の鞄を漁ってみると確かに財布が無くなっていた。
「本当ですね。財布がありません」
後ろで食事をしていた男二人はミネルバの隙を付いて鞄から財布を抜いて堂々と立ち去ろうとしていたのだ。
「くそ!」
二人組は人を掻き分けて逃げ出した。その動きはただの一般人にしては身軽で瞬く間に店の外に出た。勿論金を払う余裕は無く窃盗かつ食い逃げである。
「うわ!早っ!」
「ありゃ同業者だな」
驚くデイジーとは対照的にアッシュは落ち着いて食事を口に運んだ。まるで立ちあがろうとしないアッシュにとは対照的に「片方は俺が追う!」そう言いながらムラマサは既に動き出して店の外に出ていた。
デイジーはアテムを見た。残ったメンバーで唯一追いつけそうなのはアテムしかいないからだ。
「アテムも行って!」
「いやー昔なら行けたけど今の僕には無理だねー」
「もう!」
アテムは役に立たず、残るは運動が出来なさそうなミネルバと太っており動きが鈍そうなアッシュしかいない。
その時アッシュが財布を盗まれたのにやけに落ち着いているミネルバに声をかけた。
「おい、ミネルバ」
「何ですか?」
「財布取り戻したらここの飯代奢ってくれるか?」
「いいですよ」
即答であった。
「交渉成立だな」
アッシュは「よっこらせ」の掛け声と共に椅子から立ち上がった。
「おら、どけ!」
野次馬を恫喝しながら退かせアッシュは表に出た。まだ遠くに逃げている男が見える。
アッシュは腰に下げている小さなポーチから真っ黒なガントレットを取り出した。それは禍々しいオーラを放つ明らかに危なそうな代物であった。
「うわ、何その不気味なガントレットは……気持ちわる!」
素直な酷い感想を漏らすデイジーを無視してアッシュがガントレットを装備した。
するとアッシュの体から湯気の様なオーラが吹き出した。そのオーラも決して良い雰囲気ではなく、ガントレット同様に禍々しい色をしていた。
「行くぞ、おら!」
アッシュは足に力を込めて大地を蹴った。
「うわ!」
あまりの勢いに近くにいたデイジーは少しだけ吹き飛ばされた。そしてアッシュは既に遥か向こうにおり男を追いかけている。あの太った体から出てはいけない速さで走っていき、禍々しいオーラが一筋の線となり街を突っ切っていく。
「見えなくなっちゃった……」
「ほら!僕らも追うよ」
アッシュの後を三人はチンタラ追いかけると往来に何やら人混みができている。そして何やら男の叫び声が人混みの奥から聞こえてきた。
飯屋の時と同様に人混み掻き分けて行くと中心には押さえつけられて地面に突っ伏している男がいた。
「おい、こっちだ!」
そしてその上に乗っていたのアッシュであったが先程見た目が随分と変わっていた。
「え!誰!痩せてる!」
声や目付き、服装で辛うじてアッシュだとデイジーは分かったがまるで別人である。
服も先程まではパツパツではち切れそうであったが今は緩くダルダルでベルトで縛っていないとずれ落ちそうである。
「あれ?元のアッシュちゃんじゃん!」
アテムは元の姿を知っているのでデイジーほど驚いておらず、ミネルバも冷静であった。
「え?なんで?なんであんた達そんな冷静なの?知ってたの?」
「おそらくファストフィストの副作用でしょう」
状況が理解できないデイジーにミネルバが解説してくれた。
「ファストフィストってあのガントレット?」
「そうです。使うと強力な力を授ける代わりに使用者のエネルギーを根こそぎ吸う恐ろしい呪物です」
「それでアッシュの脂肪をエネルギーとして吸ったのね!」
「そん通りだ。本来は強烈な呪いだが今のアタシにしてみればこの上なく相性のいい代物だ。太ればこいつで痩せればいい。痩せれば呪いで太るだけ。完璧な相性だ」
そしてアッシュはニヤリと口角を上げた。
「それに呪いの装備って事で格安で譲ってもらったしな。儲けもんよ」
話していると向こうからムラマサが走りながらやってきた。
「おーいこっちは捕まえたけど外れだった……って痩せてる!なんで!すげー」
アッシュの姿を見て驚くムラマサだがアッシュは同じ説明を二度するのは面倒臭かった。
「その話はもう終わった」
「いや説明しろよ」
騒ぐムラマサを無視してアッシュが男から取り返した財布をミネルバに投げて渡した。
「ほらよ、この財布だろ?」
「ありがとうございます」
「へ、これで飯代が浮いて……金が……」
そう言い切る前にアッシュの体から力が抜けて地面に倒れ込んだ。
アッシュの体がみるみるうちに痩せ細っていき、頬もこけ顔が真っ青になった。
「ガリガリになっちゃった!どうしたの!」
「どうやら使用時間に気を付けないと危ない代物のようだね」
「やはり呪物の副作用を利用するのも難しいみたいですね」
「うわ!ガリガリになってる!何で!」
「うるせぇ……何か食わせろ……飯屋に連れてけ……」
周りで騒ぐ一行にアッシュはなけなしの力を振り絞り命令した。
先程まで食べていた飯屋にまた戻りアッシュはまたガツガツと食事を開始した。次々出される料理を口に放り込み空の皿が積み上がっていく。
「どうだ?あれがアタシの実力だ」
自信満々にアッシュの見た目は先程のスリムな体型、そしてガリガリな体型から一変、最初に見た太った状態に戻っていた。
アッシュの呪いは食べると直ぐに太ってしまうらしい。その様子を見て改めて呪いとは恐ろしいものだとデイジーは認識した。
アテムはパーティーは今後の方針を話し始めた。
「これだけの戦力があればA級に向けて依頼を受けれるかもね!いやーようやくパーティーらしくなってきた!」
「あといないのはリリーさんだけですか」
「あいつはギルドに顔を出さないから連絡があったのも知らないかもな」
「どうするの?私としてはそろそろ動き始めて欲しいのだけど。森の様子も心配だし」
リリーというパーティーメンバーを諦めたかけたその時、料理を口にしてかき込みながらアッシュが初めて口を挟んだ。
「あーそれなら多分何処にいるか分かる」
「え?連絡とってんの?」
あまりにもあっさり場所が分かり驚くアテムにアッシュは食べながら答えた。
「いや、噂だよ。噂が本当ならアイツは近場のダンジョンにいる」




