第1話 『一人左遷物語』
僕が北方要塞に送り込まれたのは、今から半年ほど前のこと。
当時の僕は、まだグランデ王国の王都に居て、王国最高戦力のひとりとしてブイブイ言わせていた。
南から攻めてくる魔族や、東に座する竜、西の帝国なんかとバチバチに睨み合い、たまに戦場へ出ては暴れる日々。
王国で最も強い戦士集団である〈王国八偉将〉にも末席ながら名を連ね、それはもう大層な待遇を受けていた。
……が。
「えっ。北方要塞に異動……ですか?」
「あぁ。君の功績が認められてね。特別に、この国で最も重要な拠点を任されることになった」
そう言いながら笑うのは、〈王国八偉将〉の第二席であるエルカだ。
話には聞いていた。
王国の北、国境線上に存在するメゾーネ山脈からは時折、蛮族や奇怪な種族、あるいは敵国の兵士などがやってくる。
そして、それらをせき止めるのが北方要塞の役割なのだと。
しかしそこには、既に別の八偉将が居るはずだ。僕より序列が上の者が。
「レカさんは?」
「死んだよ。戦死したそうだ」
〈獣裂き〉のレカ。
それは、八偉将の第五席を務める英傑の名だ。
数十年前より北方要塞を守り続けた、偉大な英雄。そんな彼が、エルカ曰く死んだらしい。
「そんな」
「実の所、上もなかなか焦っているようでね。最近は、南の魔族が開発した新技術や東の竜の異変など、気になることも多い。そんな中での、国境を守る八偉将の死亡だ。大至急、穴を埋める必要があるのさ」
言いながら、彼は一枚の書類を差し出す。
そこには長い契約の文と、最後に署名欄が用意されていた。
音を立ててペンが置かれる。
「レカの私室から遺書が見つかってね。その中でレカは、君を推薦していた。彼も老兵だったからね、引退した後の後継者として君に目を付けていたらしい。……さて、受けてくれるね?」
矢継ぎ早に言葉を叩き付けてくるエルカに、僕は頷くほかなかった。
そもそも、最初から異動は決定事項であり、そこに僕の意見を挟む余地など存在しないのだ。
サインを書くと、彼は嬉しそうに、
「あぁ、そうそう。兵士も全滅したそうだから、当面の間は一人で防衛に当たってくれたまえ。なに、君ならできるさ」
などと、最後にとんでもない爆弾を持ち出してきた。
☆☆☆
というわけで、僕は晴れてこの素晴らしい北方要塞に、たった一人で左遷されてしまったわけである。
半年間、それはもう大変だった。
設備の修繕と整備は全て自力、食料は月に一度やってくる補給隊から受け取るものだけ、嗜好品はごく僅かなチョコと珈琲のみ。
それに加えて、二日に一度は山脈の方から招かれざる客がやってくる。
娯楽もなければ安寧もない、最高最善な環境だ。あまりに良い場所なので、毎日珈琲が美味くてたまらない。
「さて、それで君らはどこの誰で、何しにきたのかなー?」
「ぐぁっ!」
日頃の鬱憤を込め、倒れ伏す兵の手首を踏み付けた。砕いたり、折ったりはいけない。捕虜の処置をするのは結局僕しかいないのだから、殺すつもりがないなら怪我は残さない方がいいのだ。
前に一度、半殺しの状態で補給隊に捕虜を引き渡した時は、上層部から怒りの長文が届いてしまったことだしね。
「お、俺達はメゾーネ神国の兵だっ、ここには反逆者を捕らえに来たっ」
なんだ、戦争しに来たんじゃないのか。
随分と物々しい雰囲気だから、うちに喧嘩を売りに来たのかと思った。
手首を抑えて呻く彼を見下ろし、僕は笑う。
「なーんだ、それじゃあ最初から言ってくれれば良かったのに」
「……っ! 言うも何も、最初に攻撃してきたのはそちらだろう……!」
正論だ。正論なのでまぁ、特に反論もない。
だから僕は、無視して会話を続ける。
「えーと、その反逆者ってのはどんな人? 最近、抜けようとするやつが多くてさぁ。首は保存してあるんだけど、よければ直で確かめてくれない?」
「……分かった。しかし、もしもその首の中に反逆者のものがなければ、捜索のためにこの先へ──」
「だめです」
パキリ。氷が割れるような音が響く。
肩の骨にヒビを入れられた兵は、目を見開いてのたうち回った。
「自国の者以外、通すなというのが僕に下された命令だからさ。悪いけど、首が無かったら諦めてよ。ま、僕が見逃してるとは思えないけど」
「わ、分かったっ、分かったから足を退けてくれ……っ!」
肩を踏みつけていた足を退け、地面に転がる兵士たちを尻目に要塞へと踏み入る。
ここ二週間程で狩った奴の首は、全て野外スペースに保存していた。
北方は睫毛が凍るほどに寒いので、外に置いておけば死体も滅多に腐らないのだ。
「よいしょっ、と」
首を詰めた袋を背負い、再び兵士の元へ戻る。
肩を抑えて座り込む兵の前に、僕はそれを投げた。
「はい、これ。どれが君の言う反逆者かは、君らで確かめてね」
「……感謝する」
周囲の動ける兵士らと共に、彼は袋の中の首を確かめ始めた。
雪の上に指で落書きをしながらしばらく待っていると、彼らがざわつき始める。
「これだっ」
死んだ魚の目で首を確かめていた若い兵が、髭の濃い中年の首を掲げて叫ぶ。
あぁ、あれは確か、三日前に大勢引き連れてやってきた奴らのリーダーだ。
なるほど、やけに偉そうなおっさんがいると思ったら、国賊のおっさんだったのか。
「おめでとう」
僕は拍手をしてやった。
さて、それじゃあ目的は達成したのだから、帰ってもらうとしよう。
笑みを浮かべて、交渉役の兵に片手の平を差し出す。
「? なにを……」
「お礼。反逆者を事前に狩っておいてあげたお礼をおくれよ」
僕の言葉に、彼は眉を顰めた。
しかしこちらも譲れない。先程も言った通り、ここはとにかく娯楽も嗜好品も少ない。
山脈の向こうからわざわざそれらを担いで歩いてくる彼らを、みすみす逃す気など最初から無いのだ。
「分かった。後日、上に掛け合ってコイツに掛かっていた懸賞金を……」
「いや、いやいや。お金はいいよ、どうせ使えないし。それより、さ。君ら兵隊だろう? だったらご飯とか、嗜好品とか、何か持ってるんじゃないの?」
驚いたように目を見開く彼は、少し考え込んだあと、「少し待ってくれ」と言って駆け回り始めた。
言われた通りに待っていると、彼は息を切らして沢山の背嚢を運んでくる。
「こんなものしかないが、これで良ければ受け取ってくれ」
「ほう。ほうほうほう。話が分かるじゃないか、君ぃ。良いだろう、君たちは見逃してやる。その首も持っていくといい。欲しかったら他のも持ってっていいよ!」
「……いや、これだけでいい。協力感謝する」
呻きながら立ち上がる兵士達と共に、彼はトボトボと元来た道を帰って行った。
汚いおっさんの首一つでこれだけの物資を得れるとは、今日はなかなかツイている。
「おっ、チョコにベーコンに……なんだ、煙草かぁ」
背嚢の中には、たくさんの嗜好品や食料が詰まっていた。しかし煙草はいらないので、後で倉庫に放り込むことにする。
僕には必要ないが、補給隊の人と交換すれば、たまに良いものが貰えるのだ。
さて。
「戻るかぁ」
一体、何時になったら帰れるのやら。




