第2話 『蛮族はボーナスステージらしい』
北方要塞の朝は早い。
まずは、日が昇るよりも早く目を覚まし、クソ寒い雪の中で鍛錬を始める。
みっちり全身運動を行うことで代謝を上げ、少しでも体温を高めるのだ。
「ふっ、ふっ」
多対一での戦闘において、最も重要なのはスタミナだ。一人で全員倒さないといけないのだから、途中で息切れすれば当然ながら負けてしまう。
だから僕は毎朝、背中にアホみたいに重い岩を背負って走っている。それも、ジョギングではなく全力ダッシュだ。瞬発力、筋力、持久力の全てを鍛えられる、万能(当社比)の鍛錬法である。
それが終わったら、次は技を磨く。
現時点でも、僕と正面からやり合って勝てる人間など片手の指の数に収まってしまうが、やはり暴力以外に頼るものが無い身なので、強さはあればあるほどいい。
普段から愛用する巨大な斧を振り回し、だだっ広い空間を縦横無尽に駆け回る。
お行儀のいい戦い方では、集団を蹂躙することなど出来ないと、この半年で知った。
「おりゃっ!」
メゾーネ山脈はとてつもない急勾配を誇る山々で構成されており、毎日のように雪崩が起きたり、馬鹿みたいにデカイ岩が転がってきたりする。
そういうのが迫ってきた時、対処するのはもちろん僕だ。放っておけば要塞が壊されてしまうので、基本的には斧を振るってどうにかする。
魔法を使ってもいいが、二次被害が怖いので今のところはまだ使っていない。
僕は今日の雪崩を消し飛ばし、ついでに雲が晴れたことで日の出が見えるようになったので鍛錬を切り上げ、それを見ながら朝食を摂る。
「うまい」
今日は先日、兵士から貰った誠意のベーコンとパン、野菜のスープに珈琲だ。
いつもはカチカチのパンと珈琲に、せいぜいたまにカチカチの干し肉が付く程度なので、今朝は随分とご馳走である。
さて、それが終われば次は薪の準備だ。
外にいても寒さに体力を奪われるだけなので、来訪者が現れるまでは基本、要塞の中に籠って暖を取る。
そのため、ストーブに入れる用の薪を事前に用意しておかなければ、わざわざ寒い中取りに行く必要が出てきてしまう。
最初の方は何度かやらかしたが、今となっては立派なルーティンと化しているため忘れる心配はない。
ちなみに、薪は補給隊から貰ったものもあるが、山脈の向こうからやってくることもある。樹人と呼ばれる全身が木で出来た種族が、月に一度くらいの頻度で歩いてくるのだ。
彼らは普通の薪よりも軽いし長持ちするので、重宝している。だから僕は、彼らが好きだ。樹人、愛してるぜベイベー。
「ふぅ。疲れた疲れた」
薪を運び終え、僕は自室としている広間に閉じ篭る。この要塞、なんと暖房設備がここにしか無いのだ。前任のレカやその配下は、一体どうやって過ごしていたのだろうか。
「今日はどれにしようかな」
ここに籠っている間は、当然ながら特にすることなどない。たまにストーブへ薪をやりながら、ジッとしているだけだからだ。
しかし、暇だからと言って流石に昼寝などは出来ないので、僕はいつも、少ない娯楽をどうにかやりくりしている。
今日は温存していた小説を読む日だ。
これは上に頼んで、僕の私費で補給隊に運んでもらっているもので、毎月大体十冊ほど受け取っていた。
「…………」
パチパチという薪の焼ける音だけが、この広い部屋を満たしている。
この要塞はあまり好きではないが、この時間はそれほど悪いものでもない。
かつて、王都の方に居た時は、四六時中誰かと行動を共にしていたし、しがらみや面倒な仕事も多かった。
それに比べれば、毎日一人で適当に来訪者を転がす日々の、なんと気楽なことか。
──そんなふうに思っていたのがいけなかったのだろうか。
「……はぁ」
僕の魔力感知に、大量の魔力反応が引っ掛かる。どうやら招かれざる客のお出ましらしい。
☆☆☆
「はっはっは、悪名高いメゾーネ山脈も、存外大したことはなかったなッ! それとも、我ら岩の氏族が頑健すぎるだけかッ!?」
「知らねェよ……平気なのはアンタだけだろ、ガドゥのおっさん。ミガイの奴なんか、足の指取れてんだぞ」
数は五十を越えるだろうか。
額に岩を埋め込み、全身に分厚い毛皮を纏ったその集団は、今しがた山道を渡り切ったばかりである。
その足取りは豪雪の中にあっても軽く、勇ましさを宿した眼は眼前に聳える要塞を睨んでいる。
「アレが噂の北方要塞とやらかッ! ふむ、実に巨大で堅牢そうだッ! ……が、どうやら人の気配はほとんどしない様子ッ! まさか我らに臆してしっぽを巻いたかッ!」
「んなわけねェだろ……と、言いたいとこだが、確かに妙だな。《《オレの岩も一人しか感知してねェ》》」
彼ら岩の氏族は、メゾーネ山脈とメゾーネ神国の間に存在する空白地帯に根差す少数民族のひとつだ。
額に埋め込まれた拳大の岩は、後天的な魔力器官であり、魔力の感知と操作を担う。
その岩が、眼前の要塞に存在するひとつの魔力反応を感じ取っていた。
力の程は分からないが、動く様子も無いので、捨て置かれた負傷兵か何かだろうか。
岩の氏族イチの戦士、カトラがそう考えていた時だった。
「ぬッ!?」
「なっ──」
傍に居たガドゥとカトラがそれに気付いたのは、同時である。
いつの間にかそれは、彼らの懐に踏み込んでいた。雪と同化する真っ白な長髪に、殺気を湛えた怪物の瞳。
両足を折り曲げ、《《まるで今しがた着地したかのような》》低い姿勢をとる少女は、ギロリと二人に視線を向ける。
「ッ! ガドゥア・パンクゥッ!」
咄嗟に反応出来たのは奇跡に近い。
長年積み重ねた戦闘経験が、ガドゥに最大最強の技を放たせるに至った。
が、届かない。
その行動には、まるで意味など無い。
岩から送り込まれた魔力により、二回りも膨れ上がった巨大なガドゥの前腕は、確かに少女へと向けて振り下ろされた。
音の壁を破り、衝撃波と共に放たれる一撃は、彼の腕に多大なダメージを負わせる奥の手だ。
当たれば、山脈から落ちてくる巨大な岩石すら粉々にしてしまうだろう。
しかし、少女に向けてその威力が発揮されることはない。
なぜなら既にガドゥの腕は血煙と化しているからだ。
「~ッ! ガドゥア──」
「うるさいんだよ、おっさん」
肩に担いだ斧を握る、少女の手がブレた。
かと思えば、既に彼女の姿は消えている。
「なッ! どこだッ、どこに逃げたッ! おいッ、カトラ! あの小娘を探せッ! おい、聞いているのかッ!」
ガドゥは最期まで、自らの状態に気付くことなく、怒声をあげながら息絶えた。
ドサリ、と。雪の上に、大きな頭が転がる。
カトラは震えて動けなかった。
倒れゆくガドゥの身体、その背後に立つ少女が、まるで死神に見えたからだ。
「うし、蛮族の頭討ち取ったり。あ、でもまだこっちが生きてるか」
口をパクパクと動かすガドゥの頭を持った少女が、カトラに視線を向ける。
数々の戦士を打ち倒した氏族最強の戦士は、たったのそれだけで、微かに残った戦意を打ち砕かれてしまった。
「あ、あぁ……ゆ、許してく」
「蛮族には人権ないからなぁ。バイ菌とかついてたらやだし、ごめんね」
斧を一振。
ニヘラと笑う少女を最期に、カトラの意識は途絶えた。
「さて、面倒なのは片付けたし、あとはボーナスステージかな」
「ひっ」
「ぞ、族長っ! 戦士長っ!」
「そんな……」
「に、逃げろ! 化け物だ! どこでもいいからはやっ」
獰猛に笑いながら、少女は踊る。
優雅に、そして猛々しく振るわれる巨大な斧は、老若男女を問わず等しく血煙へと変えていく。
ほんの数十秒で、その舞はラストを迎えた。
あとに遺るは、多量の赤雪と、持ち主を失った物資、彼らが故郷の地より連れ出した家畜のみ。




