第六十二話「祝福の鐘が鳴る夜に」
二次会の会場へ移ると、空気はぐっと柔らいだ。
燭台の灯りが揺れ、楽団は軽やかな曲へと調べを変える。
笑い声と甘い香りが混ざり合い、祝宴はいっそう華やいでいた。
その一角。
柱の影に立つ男がいる。
マキシムだった。
杯を傾けながらも、その視線は自然と一人を追う。
白いドレス。
迷いのない笑顔。
アレクシスの隣で、堂々と立つリリエル。
(……本当に、綺麗になったな)
胸の奥に浮かぶのは、悔しさでも未練でもない。
ただ――少し、遅かったのだという静かな納得。
そのとき。
「マキシム様!!」
鈴のような声が広間に響く。
振り返ると、金糸の髪を揺らしながら駆けてくる少女。
アレクシスの遠縁の令嬢――ミューザ。
若いが、その存在感は花のように鮮やかだ。
彼女は勢いのままマキシムの前で立ち止まり、真っ直ぐに見上げる。
「リリエル、アレクシスに飽きたら、いつでも俺の所に来い!」
つい先ほど、酒の勢いもあって軽口で放ったあの言葉。
どうやら聞かれていたらしい。
ミューザは頬を紅潮させたまま、はっきりと言い放つ。
「私、貴方に一目惚れしました!」
広間が静まり返る。
「私とお付き合いしてください!」
空気が凍る。
マキシムが固まった。
「……は?」
珍しく、間の抜けた声が漏れる。
だがミューザは退かない。
「強がっているのに、ちゃんと悔しそうな顔をしているところ。
それでも、きちんと祝福しているところ。
素敵だと思いました」
追い打ち。
「……独身ですよね?」
即答だった。
遠くでアレクシスが吹き出し、リリエルも思わず肩を震わせる。
マキシムは額に手を当て、深く息を吐いた。
「……今日は祝いの席だぞ」
「だからです。幸せのお裾分け、頂きに来ました」
堂々たる笑顔。
やがてマキシムは、小さく笑った。
「……面白いな、君」
その声に、先ほどまでの影はない。
「返事は?」
「……考えてやる」
「前向きに?」
わずかな間。
「――前向きに」
ぱっと、ミューザの顔が花のように綻ぶ。
その様子を見て、リリエルが小さく呟いた。
「人生って、本当に分からないものですね」
アレクシスは彼女の腰を引き寄せ、耳元で囁く。
「分からないからこそ、隣にいるんだろう?」
リリエルはくすりと笑い、そっと彼の胸に寄り添う。
もう、誰も過去には立っていない。
それぞれが、それぞれの未来へ。
祝福と甘い余韻に包まれながら、
夜はまだ、優しく続いていく。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
契約から始まった関係は、やがて本物の愛へと変わり――
二人は「所有」ではなく、「選び合う」未来を手にしました。
そして、過去に区切りをつけた者にもまた、新しい物語の兆しが。
人生は思い通りには進まないけれど、
だからこそ思いがけない幸せが待っているのかもしれません。
この物語が、
少しでも甘く温かな余韻を残せたなら嬉しいです。




