第六十一話「契約花嫁は、辺境伯に永遠を誓う」
あれから、アレクシスはジークの元へ駆けつけた。
「私は、リリエルを正式に妻に迎えたい」
真っ直ぐな言葉だった。
ジークはしばらく黙っていたが、やがて低く笑う。
「……マキシムから事情はすべて聞いた。
娘が幸せになるのなら、俺に異論はない」
その目は厳しく、だがどこか誇らしげだった。
「マキシムが……?」
あれだけのことがあった手前、
あれ以来顔を合わせてはいなかった。
それでも、陰で動いてくれていたのだ。
自分たちのために。
その事実に、アレクシスの胸が熱くなる。
ジークは静かに続ける。
「リリエルには苦労をかけすぎた。
あいつは……ようやく自分で幸せを掴もうとしている」
そして、まっすぐにアレクシスを見据えた。
「娘を、よろしく頼む」
「必ず幸せにしてみせます」
即答だった。
迷いのないその声に、ジークは満足そうに頷く。
「ならば良い。娘を――託す」
その一言は、父としての正式な承認だった。
そして迎えた結婚式の日。
王城の礼拝堂は、白い花で満ちていた。
静寂の中、扉が開く。
ジークにエスコートされ、リリエルはゆっくりと歩き出す。
「緊張しているか?」
小さく問われ、彼女は微笑む。
「少しだけ」
ジークは歩調を合わせながら、低く告げた。
「お前は強い子だ。だが――これからは無理しなくていい」
その声は、父のものだった。
「愛ある結婚をする娘に、言うことは一つだ」
祭壇の前で足を止める。
ジークは娘をまっすぐに見つめる。
「幸せになれ。遠慮せず、思いきり笑って生きろ」
一瞬、リリエルの瞳が潤む。
「……はい、お父様」
その手を、ジークは静かにアレクシスへと渡した。
「娘を託す」
「必ず」
二人の視線が交わる。
そこにあったのは、男同士の誓いだった。
祝福の拍手の中、誓いは終わる。
振り向いたリリエルの視線が、一人の女性で止まった。
人混みの後ろに立つ、質素な装いの母。
久しぶりに見るその姿は、どこか小さく見えた。
式が終わり、人が引いた後。
母は、恐る恐る歩み寄る。
「……綺麗ね」
その一言が、震えていた。
リリエルは静かに微笑む。
「ありがとうございます」
母は、娘の頬に触れかけて、やめる。
「あなたが……あんな顔で笑うなんて、知らなかった」
そして、ぽつりと。
「私のようにならずに済んで……良かった」
それは呪いの言葉ではなかった。
自嘲でも、妬みでもない。
ようやく自分の人生を認めた者の、静かな敗北と祈り。
リリエルは、そっと母の手を取る。
「お母様の人生があったから、私は今ここにいます」
責めるでもなく、赦すでもなく。
ただ事実として。
その様子を、少し離れた場所で見守っていたアレクシスが、そっと歩み寄る。
「あなたの娘は、私が必ず幸せにします」
母は彼を見つめ、深く頭を下げた。
「……お願いします」
初めて、娘を“誰かに託す”母の顔だった。
リリエルはアレクシスの腕に手を絡める。
「帰りましょう、あなた」
柔らかく、自然に。
アレクシスは微笑み、彼女の指先にそっと口づける。
「これからは、ずっと一緒だ。
君が笑う未来を、俺が守る」
その言葉に、リリエルは小さく笑う。
「守られるだけでは、ありませんよ?」
「……ああ、共にだ」
もう誰の所有物でもない。
もう誰の影でもない。
ただ、選び合った二人として。
祝福の鐘が、空に高く響いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
契約から始まった二人の関係は、やがて本物の愛へと変わりました。
「選ばれる」のではなく、「選び合う」未来へ。
父の承認、母の祈り、そして支えてくれた人々の想いに見守られながら、二人は新しい人生を歩き始めます。
これは終わりではなく、始まりの物語。
二人のこれからが、どうか甘く幸せでありますように。
あと少しだけ新婚編を書いて終わりになります!




