第六十話「夜明けに誓う、ただ一つの愛」
「あなたを愛しています」
その言葉が落ちた瞬間、
アレクシスの指先が、わずかに震えた。
強く握り返す。
まるで、失いかけた未来を掴み直すかのように。
「……俺もだ」
低く、深く。
胸の奥から溢れ出た、本音の声。
「愛している、リリエル」
その名を呼ぶ響きは、もう契約ではない。
ただ一人の女性を呼ぶ、男の声だった。
彼はゆっくりと歩み寄る。
距離が縮まる。
息が混じる。
互いの鼓動まで聞こえそうなほど近く。
けれど――触れない。
「嫌なら、退け」
最後まで、彼女に選ばせる。
リリエルは小さく微笑んだ。
「ずるい人……」
そう囁いて、彼の胸元を指先でつまむ。
そして、自分から一歩踏み出した。
胸に触れる。
体温が伝わる。
逃げない。
アレクシスの喉が小さく鳴る。
彼の手が、そっと彼女の頬を包む。
親指が、柔らかな頬をなぞる。
「本当に……俺でいいんだな」
その声は、辺境伯ではなく――ただの男だった。
リリエルは、少し背伸びをする。
「あなたが、いいんです」
もう迷いはない。
ゆっくりと、顔が近づく。
唇が触れる直前。
彼の視線が、彼女の瞳を最後まで確かめる。
――これは契約ではない。
誓いでもなく、義務でもなく。
“望んだキス”。
次の瞬間。
柔らかく、唇が重なった。
優しく、触れるだけの口づけ。
けれど、離れない。
名残を惜しむように、ほんの少しだけ深くなる。
リリエルの指が、彼の衣をぎゅっと掴む。
その仕草に、アレクシスが小さく笑う。
「そんな顔をするな……理性が危うい」
額を合わせたまま、甘く囁く。
リリエルの頬が赤く染まる。
「……知らないふりをしてください」
「無理だ」
今度は、額にキス。
こめかみにキス。
最後にもう一度、唇へ。
奪うのではなく、確かめるように。
ようやく唇が離れたとき、
彼の腕はしっかりと彼女を抱き寄せていた。
「もう逃がさない」
低く、甘く。
「逃げません」
彼の胸に顔を埋めて、リリエルは小さく答える。
外では夜が明け始めていた。
辺境伯と契約花嫁の物語は、ここで幕を閉じる。
そして――
夫と妻の物語が、今、始まる。
この物語を最後までお読みくださり、ありがとうございました。
契約から始まった関係が、本物の愛へと変わるまで。
リリエルが「私は物ではありません」と声を上げた瞬間が、この物語の本当の転機だったのだと思います。
守られるだけの花嫁ではなく、選び、伝え、踏み出した彼女。
そしてようやく“守る”から“愛する”へと辿り着いたアレクシス。
二人がようやく同じ場所に立てたことを、作者としてとても嬉しく思います。
マキシムもまた、不器用なまま誠実でした。
彼の幸せも、どこかで描けたらいいなと考えています。
契約は終わりました。
けれど、二人の甘い新婚生活はこれからです。
もしまたどこかで、彼らの続きにお付き合いいただけたなら幸いです。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
番外編が少しだけ続きますので、もう少しだけお付き合い下さい!




