第五十六話「亡霊の終焉、真実の誓い」
リリエルの言葉が、冷たい広間に深く刻まれる。
「私は物ではありません」
その余韻が消えぬうちに、
アレクシスが迷いのない、はっきりとした口調で応えた。
「その通りだ」
静かだが、鋼のような強さを持つ声。
「誰も、お前自身の未来を勝手に決める権利などない」
彼は一度だけマキシムを見据え、
すぐにリリエルへと視線を戻した。
その瞳には、もう先ほどまでの揺らぎはない。
「……だが、リリエル。俺の本心を聞いてほしい」
逃げないと決めた男の声だった。
「最初、俺は後妻を迎えるつもりはなかった」
空気がわずかに張り詰める。
セレスティーヌの名は出さない。
だが、その場にいた全員が、
死んだはずの彼女の影を思い浮かべていた。
「あの事故の真相が分からないまま、俺の中では何も終わっていなかった。守れなかったのか、あるいは裏切られていたのか……何が真実だったのかも分からぬまま、次へ進むことなど到底できなかったんだ」
アレクシスは拳を強く握りしめる。
「震えておどおどしているお前を見て、『契約結婚』を提案したのは、ただの同情だった。お前に相応しい嫁ぎ先を見つけ、送り出せば、俺の役目は終わりだと思っていた。一年という期限を切ったのも、互いに情を持たぬための防壁に過ぎなかった」
自嘲気味な、苦い笑みがこぼれる。
「お前を愛することなど、万に一つもない……そう、思い込んでいた」
天井から差し込む夜明けの光が、彼の横顔を白く照らす。
「だが、今回のことで全てが明らかになった。事故の真相も、裏切りも……俺が抱え続けてきた疑念も後悔も、ようやく終わったんだ。けじめは、ついた」
ゆっくりと、長く、溜め込んでいた息を吐き出す。
「そして、気づいたんだ。俺の心の中に――」
一拍。
「いつの間にか、お前がいることに」
広間が静寂に沈む。
「サンルームで過ごす時間も、紅茶を淹れる何気ない仕草も。領地のために共に悩み、共に笑ってくれた姿も。そのすべてが、もう俺の中から消えない」
声が、微かに震える。
「契約があるからと、気持ちに蓋をしてきた。一年が終われば、また元の日常に戻るだけだと言い聞かせてきた。だが……思ってしまったんだ。この日常を、お前のいる日々を、終わらせたくないと」
その言葉は、重く、切実だった。
もはや損得勘定も、公爵としての体裁もない。
「俺はもう、後妻をどうするかなどという次元で迷ってはいない」
視線が、真っ直ぐにリリエルの魂を射抜く。
「お前だから、隣にいてほしいんだ。リリエル」
静かに、しかし確信に満ちた宣言。
「これは契約ではない。……俺の、一人の男としての意志だ」
広間に朝の光が満ち、塵が黄金色に舞う。
マキシムは沈黙を守り、下を向いた。
リリエルの胸が、大きく波打つ。
「物」として扱われ、翻弄されてきた彼女の前に、
一人の男が初めて「心」を差し出した。
今度こそ。
本当に、彼女が自らの足で選ぶ番だった。
アレクシスの告白。
マキシムは親友の告白を聞いて
どう感じたのか、
リリエルの答えは?
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