第五十一話「眠れぬ夜」
扉が閉まったあとも、しばらく動けなかった。
部屋は静まり返っている。
けれど、胸の奥だけが騒がしい。
「……どうして」
小さな声が零れた。
そっと額に触れる。
まだ、ぬくもりが残っている気がする。
マキシムの言葉が、何度も頭の中で反響する。
――俺の気持ちは変わらない。
変わらない。
それは、こんなにも重い言葉だっただろうか。
ベッドの端に腰を下ろす。
窓の外は夜。
月は出ていない。
ふと、首元のネックレスに触れた。
青い石。
アレクシスに買ってもらった、
彼の瞳のような色の石。
「……アレクシス様」
会いたい。
マキシムの気持ちは、嬉しい。
あれほど真っ直ぐに求められたことなど、
ルーカスと時でさえなかった。
それでも、胸が痛む。
どうして側にいられないのか、理由を知りたい。
契約は一年。
残りは、もう五か月あまり。
一緒に庭いじりをしたこと。
お茶とクッキーを囲んだ穏やかな午後。
初めての買い物。
帳簿をつけた時、静かに褒めてくれたこと。
何かあると、すぐに頭を撫でてくれたこと。
言葉は少なかったけれど、
いつも優しく見守ってくれて、
いつも、私の歩幅に合わせてくれていた。
仲良くなれたと思っていたのは――
私だけだったのだろうか。
本当は、迷惑だったのかもしれない。
マキシムが「アレクシスは来る」と言ったのも、
私を安心させるための優しさで、
実は厄介払いされた私に手を差し伸べてくれただけなのだとしたら――
目を閉じる。
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
「契約、だったはずなのに……」
一年だけの関係。
その先は、別の未来。
そう分かっていたはずなのに。
どうして、こんなにも苦しいのだろう。
マキシム様は優しい。
待つと言ってくれた。
私の居場所を用意しようとしてくれてる。
それは、とても誠実な愛だ。
けれど。
「……どうして、あの人のことばかり」
枕に顔を埋める。
涙は出ない。
ただ、息が苦しい。
甘い香りが、微かに残っている気がした。
呪いの花の残り香か。
もし。
アレクシスが、本当に来るのなら。
その時、私は――
考えようとするだけで、胸が痛む。
答えを出せないまま、夜だけが更けていく。
遠くで、風が窓を鳴らした。
まるで、誰かが呼んでいるように。
リリエルは、そっと目を閉じた。
眠りは、なかなか訪れなかった。
リリエルにとって、
この感情が恋だとは、まだ自覚していなくて
何とももどかしい会となりました。
アレクシスの登場によって、
どんな展開が始まるのか楽しみにしていて下さい!




