四十八話「マキシムの告白」
「……教えてください」
まだ本調子ではない体で、リリエルは上半身を起こした。
「今、何が起きているのか。どうして私はここにいるのか……知りたいのです」
マキシムは一瞬、目を伏せる。
そしてゆっくりと、彼女の肩を抱き寄せた。
驚くほど優しい腕だった。
「……少し長くなっても、大丈夫か?」
低い声。
迷いと覚悟が混ざっている。
「はい。聞かせてください」
リリエルは、まっすぐに彼を見つめた。
「その前に……俺の昔話からでもいいかな?」
「はい。
私は、あなたがどんな方なのか……まだ何も知りません」
その言葉に、マキシムはわずかに笑う。
「そうだな。まずは、そこからだ」
静かに語り始める。
⸻
「俺は伯爵家の次男だ。
兄のゾイドは、子どもの頃とても身体が弱かった。
今は元気に家督を継いでいるが、
当時は継げるかどうか分からないと言われていた位だ」
だから、と彼は続ける。
「兄と同じように学び、同じように育てられた」
幼い頃から、隣にはいつも婚約者がいた。
子爵家の次女――アイナ。
そして、兄の婚約者はアイナの姉、マーラ。
「……アレクシスとセレスティーヌのように、親同士が決めた縁だった」
マーラは滅多に人前へ出なかった。
身体が弱く、いつも奥で療養していた。
だが。
「……美しかった」
控えめで、静かで、優しくて。
妹に何でも譲ってしまうような、そんな少女だった。
一方のアイナは正反対だった。
野心家で物怖じせず、男勝り。
顔立ちは父親似で、お世辞にも華やかとは言えなかったが、
「あの笑顔は、不思議と人を惹きつけた」
マキシムは小さく息を吐く。
「だが俺は……アイナを女としては見ていなかった」
友として。
戦友のように。
尊敬はしていたが、恋ではなかった。
「俺の初恋は、マーラだった」
ぽつりと落ちる。
リリエルの胸が、かすかにざわつく。
「……兄上の婚約者だったのに。最低だろう?」
自嘲気味に笑う。
「だが、止められなかった」
やがて流行り病が広がった。
マーラは病を悪化させ、あっけなくこの世を去った。
その葬儀の後。
アイナは静かに告げた。
「私は、ゾイド様と婚約を結び直したい」
そこに愛はなかった。
「公爵家の女主人という立場が欲しい」
と、はっきり言った。
マキシムは何も言えなかった。
彼女にとって自分は、
通過点でしかなかったのだと知ったからだ。
「……簡単に割り切れる程度の存在だったのか、と」
拳を握る。
「尊敬していた。大切にしていた。そこに愛が無かったとしても……俺は、選ばれなかった事に深く傷付いた。」
やがてゾイドとアイナは結婚した。
兄は健康を取り戻し、家督も安泰。
すべては丸く収まった。
「俺だけを除いてな」
それから。
マキシムは、すべての縁談を断った。
結婚というものが分からなくなった。
信じることが、女と言う生き物が怖くなった。
「……だが」
彼はリリエルをまっすぐに見つめる。
「お前に出会った」
その視線は、どこか切実だった。
「初めて会った時、思った」
――マーラに似ている、と。
言葉はすぐには続かなかった。
リリエルは、黙って待つ。
「……重ねてしまった」
苦しげに吐き出す。
「最初は……マーラの亡霊を見つけたようで、嬉しかった」
その告白は、残酷なほど正直だった。
「だが」
息を吸い込む。
「会えない時間に、お前のことを調べた」
「過去も、境遇も、噂も……全部だ」
リリエルの指先が、わずかに強張る。
「知れば知るほど、違うと分かった」
「似ているのは外側だけだ」
声が、かすかに震える。
「お前は、全然違う」
震える手が、リリエルの手を包む。
「傷つきながらも懸命に生きる強さも」
「不平不満を言わない器の大きさも」
「……全部、リリエルのものだ」
顔が近い。
「気がついたら」
一拍。
「本当に恋をしていた」
「亡霊じゃない」
「お前自身に」
「……リリエル」
名を呼ぶ声が、低く震える。
「俺は、今度こそ選びたい」
「選ばれるのではなく」
「自分の意志で」
彼女を抱きしめる。
今度は、はっきりと。
「幸せにしたい。心から愛したい」
「この気持ちだけは、信じてほしい」
部屋は静まり返っている。
リリエルの胸の奥が、静かに揺れた。
彼は誠実だ。
嘘はついていない。
だが――
それでも。
「……私は」
その言葉は、まだ続かない。
過去と現在。
想いと現実。
すべてが、静かに絡まり始めていた。
マキシムの過去。
マキシムの告白。
狡賢い一面と、誠実な一面。
人にはそれぞれ、光と影があるのですよね。
マキシムの告白を聞いて
リリエルはどうするかでしょう?
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