第四十七話「青香花の約束 」
気がつくと、
ベッドに横たわっている自分にアレクシスは驚いた。
「……今日は何日だ?」
辺境伯邸にリリエルを残してから、何日経った?
リリエルは無事なのか。
きっと、不安で心細い思いをしているはずだ。
早く、彼女を安心させてあげたい。
そして、この思いを伝えたい。
まだふらつく体に鞭を打ち、着替え始めたところへ、
ギリアンとルシアンが慌てて駆け込んできた。
「アレクシス、何をしている!
倒れたばかりだ、まだ安静に――」
制止の声を振り切り、アレクシスは立ち上がる。
「大事な人を待たせているんだ。
頼む、行かせてくれ。……残っていることもあるが、後のことは任せられるか?」
引き留めようと伸ばしかけた手を、ルシアンはゆっくりと下ろした。
「アレク……後のことはすべて任せてくれ。
困った時は必ず駆けつける。引き留めたいのは本心だが、事情があるのだろう。
せめて馬車を手配させてくれ。中で少しでも体を休めろ。俺の御者なら誰より早く辿り着ける」
一瞬、言葉を詰まらせる。
「……弟のせいでお前の人生を狂わせてしまった。本当に、すまなかった」
「ありがとう。恩に着る。馬車を頼みます。」
短く告げる。
ギリアンが一歩前に出た。
「せめて薬だけは持っていけ。……昔から知っている子ども達を、これ以上見送りたくない」
その言葉に、アレクシスの表情が一瞬だけ揺らぐ。
そっとギリアンを抱き寄せた。
「……ありがとうございます。落ち着いたら、必ず」
低く告げ、背を向ける。
目覚めた瞬間から、胸の奥が騒いでいる。
理由はない。
だが、嫌な予感だけが消えない。
――行かなければならない。
それだけが、確信だった。
辺境伯邸の門が馬車の窓から見えた瞬間、
わずかな安堵がよぎる。
リリエルにやっと会える!
そう思ったのも束の間だった。
門前の空気が、妙にざわついている。
何かが違う。
「何があった」
馬車から降りざま問いただす。
使用人たちが、はっと顔を上げた。
「アレクシス様……! お体は――」
「リリエルは無事か?」
被せるように問う。
沈黙。
嫌な沈黙。
ひとりが、恐る恐る口を開いた。
「リリエル様は……アレクシス様のご指示通り、マキシム様のもとで治療を受けておられるはずですが……」
その名を聞いた瞬間、空気が凍りつく。
「……セバスチャンはどこだ」
耳鳴りがした。
「俺の指示、だと?」
低い声が落ちる。だが、わずかに震えている。
「王都の医師に診せるためと、急ぎ迎えの馬車が参りまして……。私どもでは判断がつかず、セバスチャンに――」
足元が揺らぐ。
違う。
違う。
胸の奥が、激しく否定する。
「アレクシス様のご指示では、なかったのですか?」
背後から、セバスチャンの声。
振り向くと、彼は青ざめた顔で立っていた。
「なぜ俺に確認しなかった?なぜマキシムの言葉を信じた!」
「……申し訳ございません!」
セバスチャンはその場に跪く。
「長年のご友人であるマキシム様を疑えず
……リリエル様に何かあってはと、判断を誤りました。
どうか、この私に罰を――」
震える声。
額が床に擦れんばかりに下がる。
アレクシスは目を閉じた。
違う。
責めるべきは、他人ではない。
リリエルのことを後回しにしたのは、自分だ。
マキシムが彼女を狙っていると分かっていながら。
――マキシムの言葉が脳裏をよぎる。
『友情も、立場も、彼女の命も。俺が背負う』
拳を強く握る。
爪が食い込み、血が滲む。
――ふざけるな。
ゆっくりと顔を上げる。
その瞳に、迷いはない。
「馬を」
低く、静かに告げる。
「マキシムのもとへ向かう」
ただならぬ様子に誰も止められない。
体はまだ万全ではない。
それでも。
今、行かなければ。
二度と届かない気がした。
強い風が吹き抜ける。
青い花の香りが、ほんの一瞬だけ香った気がする。
遅れたのか。
それとも、まだ間に合うのか。
答えは、王都にある。
やっと今の現状を、理解したアレクシス。
そして、マキシムの過去を含めた
リリエルとマキシムの場面が始まります。
気になる方は、ブクマ、アクションして貰えると嬉しいです!




