第四十六話「青香花の約束 ― 揺れる馬車 ―」
揺れている。
規則正しく、けれどどこか不安定な振動。
遠くで、誰かの声がした気がした。
まぶたが重い。
体が宙に浮いているような、頼りない感覚。
「……大丈夫だ」
低い声が、耳元に落ちる。
聞き覚えのある響き。
ゆっくりと目を開ける。
視界に映ったのは、見慣れぬ天井ではなく、
黒い外套。
硬い胸元。
そして、自分を覗き込む横顔。
「……マキシム様……?」
かすれた声は、思っていた以上に弱々しかった。
マキシムはわずかに目を見開き、すぐに安堵の色を浮かべる。
「目が覚めたか。もう少しで着く。心配はいらない」
そこでようやく理解する。
馬車の中だ。
そして自分は、彼の腕に抱き上げられている。
なぜ?
問いは浮かぶ。
けれど、思考が霧のように散っていく。
「俺の屋敷に医師を待たせている。すぐに診てもらおう」
馬車が大きく揺れた。
衝撃に体が跳ね、意識が再び遠のく。
その瞬間。
胸の奥が、ひどく静かに疼いた。
――違う。
何が?
分からない。
けれど。
誰かの手は、もっと温かかった気がする。
誰かの声は、もっと静かで、深くて――
「あの……アレクシス様は……?」
自分でも気づかぬほど微かな呟き。
マキシムの瞳が、ほんの一瞬だけ揺れる。
だが彼は何も答えない。
ただ、抱く腕にわずかに力を込めた。
「今は休め。話は、落ち着いてからだ」
低く抑えた声。
それ以上の感情は滲ませない。
まぶたが閉じる。
意識が沈む直前。
青い花の香りが、かすかに鼻先をかすめた気がした。
誰かに、何かを託されたような。
それが約束だったのか。
願いだったのか。
思い出せないまま、リリエルは再び深い眠りへ落ちていく。
馬車は王都へ向かって走る。
久々のリリエル視点。
男達の視点ばかりになってしまって、
リリエルが何を感じているのか見えにくくなっていますが、
少しづつリリエル視点も増えていく予定なので
楽しみにしていて下さい!




