第四十五話「青香花の約束」
ビリーの亡骸を前に、ギリアンは長く目を閉じていた。
「……よく持ち堪えたとしか言いようがない。酷い状態だった」
静かな声だった。
アレクシスは何も答えない。
ただ、深く一礼した。
その夜のうちに使いを走らせる。
ビリーは伯爵家の三男。
研究者として独自の立場を築いてはいたが、籍は実家にある。
やがて駆けつけたのは、家督を継いだ長兄ルシアンを筆頭とする親族だった。
屋敷の空気は張り詰めている。
ルシアンは寝台に横たわる弟を見て、ただ立ち尽くした。
そして――
アレクシスとも幼少より顔を合わせてきた間柄だけに、言葉のない時間がしばし続く。
「……アレク」
震える声で、アレクシスに向き直る。
「この度は……弟が……」
謝罪の言葉が続く前に、アレクシスは静かに首を振った。
「謝罪は不要だ。彼は約束を守っただけだ」
「だが……っ」
ルシアンは顔を歪める。
やがて、絞り出すように言った。
「弟と、セレスティーヌの件……すべて聞いた」
空気が凍る。
「弟が、なんと愚かなことを……。謝罪だけで済まされるものではない」
「もう済んだことだ」
アレクシスの声は低く、揺らがない。
「それ以上言うな」
ルシアンは、堪えきれずに膝を折った。
「どうか……許してくれ」
静まり返る室内。
アレクシスはしばらく黙っていた。
やがて。
「許すも何もない」
それだけを告げる。
「……愛は、罪ではない」
ルシアンは顔を上げられぬまま、涙を零した。
⸻
葬儀は内々で行われることになった。
ビリーの亡骸の状態を見れば、余計な憶測を生む。
それを望まなかったのは、アレクシスだった。
「静かに送ってやれ」
それが、彼の望みだった。
親族への説明。
研究仲間への報せ。
書類の整理。
アレクシスはすべて自ら引き受けた。
責任だった。
ビリーとセレスティーヌに裏切られていたと知り、傷ついていないと言えば嘘になる。
だが――
リリエルを愛することに、もはや引け目を感じずにいられる。
その事実が、彼をわずかに救っていた。
ならば。
最後まで、自分が背負うべきだと。
⸻
三日目の朝。
説明の途中だった。
視界が白く霞む。
声が遠のく。
「……アレクシス?」
誰かの声。
次の瞬間、膝が崩れ落ちた。
限界だった。
不眠不休。
張り詰め続けた神経。
そして、押し殺していた感情の反動。
アレクシスはそのまま倒れ込んだ。
⸻
その頃。
王都の別の場所。
マキシムの館では、一人の少女が診察を受けていた。
リリエルはまだ顔色が悪い。
医師は穏やかに告げる。
「呪いの後遺症による衰弱です。しばらく安静に。
ですが心配はいりません。いずれ日常生活に戻れるでしょう」
マキシムは腕を組み、安堵の息を吐いた。
「……リリエル、良かったな」
「はい。ご迷惑をおかけしました。先生、マキシム様、ありがとうございます」
彼はまだ知らない。
アレクシスが今、倒れたことも。
すれ違いは、まだ終わらない。
青香花の香りだけが、静かに王都を漂っていた。
この章は、喪失と赦しの物語でした。
誰も正しくなく、
誰も完全には間違っていない。
物語は、ここからアレクシス、マキシム、リリエルの
三角関係に突入していきます!
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