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『婚約破棄の手紙から始まる、辺境伯との再婚生活』  作者: はる乃


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第四十話「青香花 忘れないで」

アレクシスが屋敷に戻ったのは、翌日の早朝だった。


重い扉が閉まる。


執事のセバスチャンにリリエルの状況を確認させ、下がらせる。


ここまで、一睡もせず辺境伯まで駆けてきた徒労感を覚えながらも、

彼は真っ直ぐサンルームへ向かう。


扉を開けた瞬間、空気が変わった。


中央の卓上。


黒い花が、静かに咲いている。


闇を凝縮したような花弁。


音もなく脈打っている。


アレクシスは立ち止まらない。

ただ、じっと見つめる。


「……セレスティーヌ、最後の最後に俺を試すつもりか」


低く呟く。


懐から、小瓶を並べる。


甘い香り。重い香り。華やかな香り。


だが、手は伸びない。


(彼女は甘さを嫌った)

覚えている。


(百合は強すぎると言った)

(薔薇は“計算された匂い”だと笑った)


思い出せ。

彼女が、愛した花。


記憶を掘る。


政治の話をしていた昼下がり、ふと話をやめた。

花瓶の花を見つめるセレスティーヌ。


「……この花が好きなのか?」

「あなたは、この花を覚えてる?」


「俺は花には興味が無いんだ」


セレスティーヌの目は大きく見開き、

そして席を外したことに、何も感じなかったわけじゃない。

理由が見つからなかった。


俺は、花を愛でる趣味など持ち合わせていない。


遠ざかる彼女に聞いた。

「なんて名前の花だ? 今度、領地の視察に行く際に買ってくるよ。好きなんだろ?」


『忘れないで、って意味があるのよ』


胸が鳴る。


「……青香花」


はっきりと。


アレクシスの視線が、黒い花を射抜く。


「忘れるな、か」


皮肉のように笑う。


棚の奥。青い小瓶を取り出す。

ずっと、保管していた。


あの日、彼女が“これが好き”と言って選んだ香り。

捨てられなかった。

理由も分からず。


手は震えていない。


「俺は、お前を正しく見ていたのだろうか?」


花に近づく。


「こんな男を愛したばかりに不幸にさせて、ごめんな」


静かな声。


「それでも、一人の女として俺なりに愛していたんだ。許してくれ!」


香水を振る。

青い霧が、花を包む。


一拍。二拍。


黒い花弁が、ひび割れる。

光が走る。

闇が崩れる。

音もなく、消えていく。


静寂。


何も、抜け落ちない。


胸の奥は――痛いままだ。


だが、それは喪失ではない。

記憶が、ある。


彼女の笑い方。

怒った顔。

強がり。

最後に背を向けた夜。


全部、ある。


アレクシスは息を吐く。


「……そうか」


花は、完全に消えた。


机に手をつく。

膝がわずかに震える。


成功した。


だが。


胸の奥に、別の不安が生まれる。


(ルーカスは――)


同時刻。

何かが、失われた気配。


理由は分からない。


リリエルを巡るライバルに他ならないルーカスを気にする自分に、違和感を覚えながらも、

正々堂々と、リリエルを巡る戦いに勝ちたいと思う男の性もあるのだ。


嫌な予感が走る。


アレクシスは踵を返す。


「馬の準備をしろ」


低く命じる。


「先程、帰宅したばかりではありませんか!

先ずは少しでもお休みになるか、

リリエル様の様子を見に行かれては?」


セバスチャンを一瞥して、廊下を早足に進む。


(間に合え)

何に、とは言わない。

ただ、急がなければならない気がした。


窓の外。

朝日は、すでに高い。


どこかで、静かに。

誰かが、理由もなく涙を流していることなど――

まだ、知らない。


ルーカス好きの皆さんには、ちょっともやもやする展開かもしれません。

でも、アレクシス視点で見た愛の形も感じてもらえたら嬉しいです。

ルーカスの心の行方、気になりますよね…?

続きや感想はブクマやコメントでぜひ教えてください。

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