第三十七話「最後の矜持」
ビリーは膝をついたまま、肩を震わせている。
嗚咽が、廃教会の石床に落ちる。
誰も動けなかった。
だが――
コツ、と靴音が響く。
ルーカスだった。
「……ルーカス、危険だ!」
アレクシスの制止。
だが、止まらない。
ビリーの前に立ち、見下ろさず、
同じ高さまでゆっくり膝を折る。
ビリーが顔を上げる。
「……触るな」
弱い拒絶。
それでもルーカスは、そっと手を伸ばした。
震える肩に触れる。
ほんのわずかな接触。
だが、剣よりも強い。
ビリーの痩せ細った身体が強張る。
「俺はリリエルを愛し続けたい」
静かな声。
「ただ、それだけだ」
沈黙。
「リリエルが、死ぬまで俺を愛さなくても構わない」
指先に、わずかに力がこもる。
「お前と僕のような一方通行の愛があったって良いじゃないか。」
ビリーの瞳が揺れる。
「……俺のセレスへの愛は、間違いじゃなかったのか?」
「あぁ」
即答。
「だが僕は、お前を許していない」
はっきりと言う。
「姉さんを死に追いやったことも、
呪いで人を縛ったことも」
空気が張る。
「でも」
声が、柔らぐ。
「お前が“愛してしまった”気持ちだけは、分かる」
ビリーの呼吸が止まる。
「だから――ここで終わらせよう」
夜明けの光が、差し込み始める。
「僕を呪いから解放してくれ」
願いだった。
「姉さんを支えた時間があったのなら……感謝する。
ありがとう?」
ビリーの目から、静かに涙が落ちる。
背後で、アレクシスが低く言う。
「ルーカス。それ以上は、背負いすぎだ」
振り向かない。
「背負わせてくれ」
震えながら言う。
「僕は、姉さんの弟だから」
長い沈黙。
やがて――
ビリーの肩から、力が抜ける。
「……呪いは」
掠れた声。
「赦せば解ける、なんて甘い話じゃない」
涙を拭う。
「セレスが一番好きだった花を知っているか?」
誰も、答えられない。
ビリーが笑う。
「ほらな」
「……あいつは、あの花が昔から好きだった」
視線が揺れる。
「誰よりもセレスを理解しているのは、
アレクシスお前じゃない。俺なんだよ。」
アレクシスの瞳が揺れる。
「呪いの花に、その花の香水をかければ浄化される」
ビリーが告げる。
「それが、あいつの最後の矜持だ」
沈黙。
「本当に自分を見ていた者だけが、終わらせられる」
アレクシスの呼吸が止まる。
ルーカスが、呟く。
「……姉さん」
ビリーは目を閉じる。
「あいつの好きな花も、香りも、嫌いな甘さも――
俺は知っていた」
誇りではない。
ただの事実。
アレクシスの胸が痛む。
(俺は……覚えているか?)
衣装も、宝石も、政治も覚えている。
だが――
彼女の“好きな花”を、即答できない。
朝日が差し込む。
呪いは、力では解けない。
愛でも、赦しでもない。
ただ――
覚えているかどうかだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
覚えていることは、
ときに赦しよりも重いのかもしれません。
物語は、もう少し続きます。




