第三十四話「愛していなかったのか」
長い沈黙。
ルーカスの荒い呼吸だけが響く。
だが、アレクシスは動かない。
剣を握ったまま、ただ立っている。
「……発芽しなかった」
ぽつり、と落ちた声。
誰に向けたものでもない。
「半年経っても……芽は出なかった」
喉がひくりと鳴る。
「リリエルの時には――」
その先は、声にならない。
リリエルが植えた種は、数日のうちに芽吹いた。
その事実が、胸を抉る。
視線が床へ落ちる。
「俺は……彼女を愛していなかったのか?」
ルーカスが振り向く。
「義兄上、違います!」
だが、アレクシスは続ける。
「いや……違う。愛していると、思っていた」
それは誰よりも、自分への告白だった。
「守ることが愛だと。
立場を整え、未来を確かなものにすることが愛だと」
ゆっくりと息を吐く。
「だが……」
拳が震える。
「彼女が俺に求めていたものは……」
ビリーが嗤う。
「やっと気づいたか」
「黙れ!」
ルーカスが叫ぶが、アレクシスは静かに制する。
「いい」
不思議なほど穏やかな声だった。
「聞くべきだ」
月光が、横顔を白く照らす。
「俺は、常に正しかった」
かすかに笑う。
「だが、正しいだけだった」
空気が張り詰める。
「彼女が欲しかったのは……寄り添う気持ちや、愛されている実感だったのかもしれない」
静かに続ける。
「俺は、いつも冷静だった。
感情を挟まず、最善を選んでいるつもりでいた」
視線が揺れる。
「だがリリエルの時は違った」
一瞬、呼吸が乱れる。
「正しいかどうかも分からないまま、ただ心のままに動いていた。
触れたいと思った。
守るだけでは足りないと、初めて思った」
ルーカスの瞳が揺れる。
「義兄上、それでも姉さんは――」
「……それでも」
アレクシスは目を閉じる。
「俺は、彼女を追い詰めたのかもしれない」
静かな崩壊。
剣先が、わずかに下がる。
「子どもができないことに、俺は無関心だった」
声が低く落ちる。
「あの日を境に、セレスティーヌを抱くこともなかった」
ビリーの目が細まる。
アレクシスは首を振る。
「彼女が孤独だったのなら――
その孤独を作ったのは、俺だ」
廃教会が重く沈む。
ルーカスが歯を食いしばる。
「違う……姉さんはそんな弱い人じゃない……」
「強い人ほど、弱さを見せない」
アレクシスの声は震えている。
「俺は……見ようとしなかった」
そして、ゆっくりとビリーを見る。
「だが」
その瞳に、再び光が宿る。
「それでも、それが俺たちの長年積み上げてきたものを壊す理由にはならない」
一歩、踏み出す。
「孤独だから裏切っていいなど、都合が良すぎる」
声が低くなる。
「俺の言葉が足りなかったのなら、セレスティーヌも俺を責めればよかった。
夫婦だったのだから」
空気が変わる。
マキシムが、わずかに目を細める。
アレクシスはさらに踏み出す。
「だからお前は間違っている」
静かだが、揺るがない。
「苦しんだことを免罪符にするな」
剣先が、再び上がる。
「絶望を理由に、他人の未来を奪うな」
ビリーの笑みが消える。
「俺が彼女を愛していなかった可能性は、受け入れる」
その言葉は重い。
「だが今、リリエルを愛していることまで否定させはしない」
教会の空気が震える。
「俺は、もう逃げない」
静かな宣言だった
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
正しさと、愛は、必ずしも同じではないのかもしれません。
守ることと、寄り添うこと。
似ているようで、決して同じではないもの。
誰かを責める物語ではなく、
それぞれが選び、間違え、そして向き合う物語として
書いています。
もしこの揺れが、少しでも心に残ったなら嬉しいです。
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最後まで見届けていただけたら幸いです。




