第三十三話「崩壊の告白」
「……待て」
声を上げたのは、ルーカスだった。
震えている。だが、逃げない。
「姉さんは――強い人だ」
一歩、前へ。
「間違ったことを嫌う人だった。
そして義兄上を、心から愛していた」
ビリーを睨みつける。
「死人に口無しだからといって、死者を冒涜するな」
アレクシスへ振り向く。
「義兄上、これは姉さんを貶めるための戯言です。
姉さんと、こいつの間に子どもができたなど――あり得ない!」
声が割れる。
「姉さんを愛しているなら、信じてください!」
静寂。
その隙間に、ビリーが割り込む。
「……セレスは、いつも言ってたよ」
冷たい声だった。
「アレクシスは、自分を愛していないって」
アレクシスの瞳が揺れる。
「呪いの種を見つけてきたのは、俺じゃない。
あいつだ」
空気が凍る。
「“アレクシスが本当に私を愛しているなら、この実は発芽するはず”ってな」
月光が、ビリーの歪んだ笑みを照らす。
「危険な賭けだから、俺は止めた。だが半年経っても芽は出なかった」
沈黙。
「子どもを諦めることはできても、アレクシス――お前からの愛を諦めることはできなかった。
少しずつ、壊れていったよ。
誇り高くて、正しくて、完璧だったあいつがな」
ルーカスが叫ぶ。
「黙れ!」
「黙らない」
ビリーは笑う。
「俺の元に来たんだ。
あれだけ嫌悪していた俺のところへ」
低く、ゆっくりと言い切る。
「そこで、あいつは“愛される喜び”を知った」
アレクシスの指が白くなる。
「ルーカスの名を騙って種を送ったのは俺だ。
だが、あれは口約束に過ぎない」
声が、わずかに震える。
「“もし私が先に死ぬことがあったら、必ずアレクシスに送ってほしい”
“彼が本当に愛を知ったとき、愛されない私の苦しみを思い知ればいい”」
嗤う。
「“彼が死ぬまで、彼の妻は私一人でいい”」
ルーカスの顔色が変わる。
「いい感じに狂っていただろう?
お前の姉は」
「やめろ!」
剣が鳴る。
だが、ビリーは止まらない。
「俺は土下座した。
俺の――俺たちの子どもを産んでくれって」
一瞬だけ、目が潤む。
「アレクシスとはできなかった子どもだ。
初めてお前に勝てたと思った」
声がひび割れる。
「……幸せだった。
あいつにとっても、俺にとっても、諦めていた幸福が目の前に落ちてきたんだ。
当然、セレスも喜んでくれていると疑わなかった」
沈黙。
「だが、あいつは堕ろした」
空気が止まる。
「俺とのことは遊びで、アレクシスとの子ども以外は要らない、とほざいたんだ!」
空気が崩れる。
「わかるか?
この絶望を!」
拳が震える。
「わかるか、この惨めさを!」
ビリーの声が歪む。
「だから言ったんだ。
お前が心から愛するアレクシスと、弟に、
俺と同じ苦しみを味わわせてやるってな!」
祭壇の影が揺れる。
「あいつは鬼のような顔で馬車から身を乗り出し、俺を追った。
無理な道を、無理に進ませた」
目を閉じる。
「事故だよ」
静かに言う。
「俺が描いた未来が、あの一瞬で潰えた」
沈黙。
「ルーカス」
低く呼ぶ。
「お前が妬ましかった。
姉がいて、守る相手がいて」
視線がアレクシスへ向く。
「お前もだ」
歪んだ笑み。
「俺が欲しかったものは、いつもお前が先に手に入れる」
教会の空気が、重く沈む。
誰も、すぐには否定できなかった。
ルーカスの呼吸が荒い。
アレクシスは、動かない。
マキシムだけが、静かに全体を見ていた。
夜明けが、すぐそこまで迫っている。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
誰か一人が悪い物語ではありません。
それぞれが愛して、それぞれが間違えました。
正しさは、時に残酷で。
愛は、時に救いにならない。
それでも彼らは本気でした。
この物語が、少しでもあなたの心に何かを残せたなら嬉しいです。
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ひとつひとつ、大切に読ませていただきます。
最後まで見届けてくださり、ありがとうございました。




