第三十一話「 最善という名の独占 」
――殺せない。
凍りついた沈黙の中で、最初に動いたのはマキシムだった。
「……なら、答えは一つだ」
低く、静かな声。
アレクシスとルーカスが振り向く。
「この呪いは、お前たちが彼女を想うことで発動する」
誰も否定できない。
「ならば、想わなければいい。
近づかなければいい。
二度と彼女の前に現れなければいい」
「何を――」
ルーカスの声が震える。
「お前たちが彼女を愛する限り、彼女は死ぬ」
一歩、踏み出す。
「ならば、愛を断て」
廃教会の空気が張り詰める。
「代わりに」
わずかな間。
「呪われていない俺が、彼女を預かる」
アレクシスの瞳が見開かれた。
「俺だけが、彼女を傷つけずに触れられる」
「マキシム……本気で言っているのか」
「本気だ」
即答だった。
「ビリーを殺せば、お前たちは罪人だ。
公爵家の跡継ぎが殺人者になったら――婚約破棄の末に“殺人者が匿った公爵令嬢”として、リリエルはどんな汚名を着せられ、どんな立場に追い込まれる?」
アレクシスの喉が詰まる。
「ルーカス。姉を失い、さらに自分の手を血で染めれば、彼女は一生、自分を責め続ける」
言葉は静かだが、的確に急所を抉る。
「こんなやつでも、小さな頃から共に過ごした仲間だ。
俺は殺せない。殺してほしくない」
ビリーが祭壇にもたれ、血を吐きながら笑う。
「クハ……マキシム。お前が一番狡いな。
でも、俺は昔からお前が大好きだったよ。
何考えてるか分からないアレクシスよりも、
お前の方が人間味があって。」
ビリーを無視して、マキシムは続ける。
「お前たちは彼女を救いたいんだろう」
沈黙。
「なら、選べ」
月明かりが三人を照らす。
「彼女の命か。
お前たちの愛か」
アレクシスの剣先が、わずかに下がる。
「……それが、お前の“最善”か」
「俺なら、全部を壊さずに済む」
それは傲慢かもしれない。
だが、嘘ではなかった。
「友情も、立場も、彼女の命も。
俺が背負う」
ルーカスが睨みつける。
「その代わりに、お前は彼女を手に入れる」
マキシムは一瞬だけ、目を伏せた。
否定しない。
「……俺は、彼女を傷つけない」
それだけを言った。
その瞬間。
ビリーが嗤う。
「セレスが愛した男たちを、お前一人が踏みにじるのか」
空気が裂ける。
マキシムは静かにビリーを見据えた。
「踏みにじるのはお前だ」
そして再び、二人へ向き直る。
「時間がない」
夜明け前の蒼白な光が、ステンドグラスの破片に反射する。
「彼女を救うための“最善”を選べ」
剣は向けない。
だが言葉は刃より鋭い。
その言葉は、友情という鎖となって二人の動きを縛る。
沈黙。
長い、長い沈黙。
そして――
夜明けの光が、四人の影を残酷に引き裂いた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
「最善」という言葉が、救いにも独占にもなる夜でした。
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