第三十話「呪いのプレゼントを」
王都の石畳を叩く蹄の音が、三人の焦燥を刻んでいた。
冷え切った月明かりに照らされる旧市街。
その最奥に、朽ち果てた廃教会が亡霊のように佇んでいる。
「待て。正面から踏み込むのは得策じゃない」
マキシムが低く制止する。
だが、アレクシスもルーカスも止まらない。
「ビリーは、きっと俺たちが来るのを待っている。正攻法で行く」
今の二人にとって、理屈は何の防波堤にもならなかった。
重い扉が、重低音とともに開く。
砕けたステンドグラスが月光を弾き、荒れ果てた祭壇の前に、ひとつの影を浮かび上がらせた。
「……遅かったじゃないか。待ちくたびれたよ」
振り返った男――ビリー。
その姿に、三人は息を呑む。
かつての面影はない。
痩せこけた頬、血走った瞳、ひび割れた唇。
それは生きながら腐敗を始めた、愛の成れの果てだった。
「ビリーッ!」
アレクシスが剣を抜き、切っ先を突きつける。
「呪いを解け。今すぐだ!」
「解け? ハハ……無理を言うなよ、アレクシス」
ビリーは嗤う。
「これは“呪い”じゃない。俺とセレスからのプレゼントだ」
「ふざけるな!」
ルーカスが割って入る。
「お前みたいな狂人が、姉さんの名を軽々しく口にするな!!」
「久しぶりに会えて嬉しいよ、ルーカス。
プレゼントを受け取った気分はどうだい?」
ビリーは静かに尋ねた。
「この“呪い”は、お前に大切なことを気づかせたい――セレスと俺からの、愛ある贈り物なんだ」
「姉さんは、こんなこと望んでなかったはずだ!
それに姉さんは、あんたなんかにこんな呪いを託すはずがない!」
「ルーカス、お前が知ってる姉は善良なんだろう。
俺が知ってるセレスは、弱くて、醜くて、求めてばかりの――可哀想な人だったよ」
「……それでも、俺はセレスを丸ごと愛していたがな。」
その言葉は、異様なほど澄んでいた。
「俺がどれだけ人生を投げ出しても。
どれだけ小さな頃から、あいつだけを見ていても。
あいつが最後に選んだのは――俺を拒絶するための“二人の死”だったけどな」
這うようにして、アレクシスを指差す。
「お前が憎いよ、アレクシス。
何ひとつ苦労せず、ただそこにいるだけで、
あいつの心を独占していたお前が」
その瞳が歪む。
「お前がリリエルを愛する? 笑わせるな。
それはセレスへの裏切りだ」
「……セレスティーヌを利用するな」
アレクシスの声が震える。
「利用? 違う。教えてやるのさ」
ビリーは立ち上がる。
「愛する者を愛せない苦痛を。
想えば想うほど、相手が壊れていく絶望を」
狂気が廃教会に満ちる。
「リリエルが死ぬのは、お前たちが彼女を想った報いだ!」
静寂。
剣を握る手が、微かに震える。
「……お前を殺せば済む話だ」
マキシムが一歩、前へ出る。
ビリーは唇の端を吊り上げた。
「殺せよ」
その声はやけに穏やかだった。
「俺を殺しても呪いは解けない。
俺は、どのみちセレスの元に行くつもりだ!
早いか遅いかの違いだ!!」
月明かりが、剣の刃を白く照らす。
アレクシスとルーカスの動きが止まった。
――殺せない。
その事実が、二人の剣を凍らせる。
ビリーの笑いが、低く、ゆっくりと広がった。
「ほらな。お前たちは何も選べない。
愛していると言いながら、守ることも、断ち切ることもできない」
誰も動けない。
祭壇の影が、四人の足元を歪ませる。
そして。
沈黙だけが、廃教会を支配した。
――殺せない。
その現実が、すべてを凍らせていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
廃教会のシーンは、月明かりの冷たさと、言葉の熱さがぶつかるように意識しました。
「殺せない」という事実が、誰にとっての救いで、誰にとっての罰になるのか
——次回も見届けてもらえたら嬉しいです。




