第二十九話「愛という呪い」
王都、ルーカスの館。
かつての華やかさは微塵もなく、殺気立った側近たちが慌ただしく出入りするその様は、もはや戦場と変わらない。
「ビリーの足取りはどうだ!」
ルーカスの声が荒れる。
「目撃情報は北の旧市街に集中しています! ですが、あいつはまるで影のように……!」
側近たちもまた、主君を蝕む呪いとセレスティーヌの死に疑念を抱いていた。
ビリーを追い詰めることに躍起になっている。的は絞られ始めている。だが、決定打が足りない。
そのとき――
背後の扉が轟音とともに蹴破られた。
「――ルーカス!!」
現れたのは、復讐鬼のような形相のアレクシスと、冷徹な光を宿したマキシムだった。
「義兄上……マキシム様……!? なぜ、ここに……」
立ち上がる間もなく、アレクシスが胸ぐらを掴み、壁へ叩きつける。
「貴様……! リリエルに、何を送った!」
「何を……? 何の話ですか、僕はあの日以来、彼女には一度も――」
「白々しい! お前の名で届いた『種』のせいで、リリエルは今、死の淵を彷徨っているんだぞ!」
その咆哮に、ルーカスの思考が真っ白に染まる。
「種……? リリエルが……倒れた……?」
掴まれたまま、必死に問い返す。
「……今は? 命は助かるんですか!? 医師は何と!」
アレクシスの目が揺れた。
「……分からない。意識は戻っていない」
その瞬間、ルーカスの膝から力が抜けた。
「そんな……」
壁に崩れ落ち、震える両手を見つめる。
守るために遠ざけた。
自分が傍にいなければ、彼女は生きられると思った。
この問題を解決して、いつか胸を張って抱きしめるはずだった。
その彼女が、今、死の淵を彷徨っている。
――その原因は、僕なのか?
「僕は……彼女を守るために、あんな非道な別れ方をしてまで遠ざけたんだ……! なのに、僕のせいで……」
「……気づけ、ルーカス」
マキシムが低く告げる。
「あいつはお前の筆跡を真似、お前の“待っていてほしい”という未練を餌に、彼女に死の種を植えさせた。お前が彼女を想えば想うほど、その種は彼女の命を吸って育つよう仕組まれていた」
自分の愛が、武器になった。
「あああああ……っ!!」
絶叫が館に響く。
そのとき、アレクシスが静かに口を開いた。
「……お前だけじゃない」
ルーカスが顔を上げる。
「俺も、同じ呪いを受けている」
沈黙が落ちる。
「触れれば奪う。想えば傷つける。それでも――俺は、リリエルを愛し始めてしまった」
懺悔のような声音だった。
ルーカスの目が険しくなる。
「……早いですね、義兄上」
乾いた笑み。
「姉さんが死んで、どれだけ経ったとお思いです? あなたは姉さんを愛していたはずだ。なのに、もう別の女を……?」
その言葉は刃だった。
アレクシスは一瞬、目を伏せる。
(……俺は裏切られた)
(あいつはビリーの子を宿していた)
(それでも、俺が薄情なのか?)
拳が震える。
だが、それを飲み込む。
「忘れたわけじゃない」
低く、絞り出す。
「今でも夢に見る。救えなかったことも、後悔も消えない」
一拍。
「だが……それでも、生きている限り、誰かを想ってしまう」
静かな告白だった。
ルーカスはしばらく黙り込む。
怒りは消えない。
だが、それが嘘ではないことも分かる。
そのとき――
「……ビリーの居場所が分かりました!」
部下の怒声が響いた。
「旧市街の廃教会に潜伏しているという情報です!」
ルーカスはゆっくりと立ち上がる。
充血した目に宿るのは、絶望ではなく、怒り。
「あいつを止めない限り、この呪いは終わらない」
三人の視線が、初めて同じ方向へ向いた。
「行くぞ。今度こそ、全てを終わらせる」
アレクシスの言葉とともに、三人は嵐のように館を飛び出した。
だが――
その背後で。
マキシムだけが、誰にも気づかれぬまま、冷たい光を宿していた。
(……愛は、やはり毒だ)
それでも最後に隣に立つのは、自分だと。
確信しながら。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
それぞれの“愛”が少しずつ歪み始めました。
次章はいよいよ廃教会です。
どうか最後まで見届けていただけたら嬉しいです。




