第二十八話「偽りの共闘と、忍び寄る不協和音」
王都へと続く街道を、二頭の馬が激しく駆けていた。
先行するアレクシスの表情は、硬く、暗い。
離れていても、胸の奥でリリエルを想うたびに、
彼女が苦しんでいるのではないかという恐怖が彼を支配していた。
自分は彼女を救うために戦いに行くのだと、
必死に情愛を「義務」という氷で塗りつぶそうとしている。
一方、後から合流したマキシムの様子は、どこか違っていた。
「……マキシム、連絡は済んだのか」
アレクシスが馬を並べ、前を見据えたまま問う。
「ああ。完璧にな。早馬を出し、王都の屋敷の連中に“特別な賓客”を迎える準備をさせておいた」
その声は、心なしか弾んでいるようにも聞こえた。
「賓客? ルーカスの保護か?」
その瞬間、わずかな違和感が胸をかすめる。
ルーカスの保護程度で、緊急の早馬を使う必要があるのか。
屋敷への通達にしても、そこまで急を要するだろうか。
思考が、一瞬だけ立ち止まる。
だが――
脳裏に浮かんだのは、蒼白なリリエルの顔だった。
血に染まった唇。
か細い呼吸。
(今は疑っている場合ではない)
呪いを解くことが最優先だ。
その一念が、芽生えかけた疑念を強引に押し流した。
「……まあ、そんなところだ。万全を期しておくに越したことはないだろう?」
マキシムは不敵に笑い、手綱をさばく。
だが彼が王都に出した指示は、ルーカスのためではない。
瀕死のリリエルを、アレクシスの屋敷から自らの屋敷へと運び入れるための、最高の医療スタッフと私兵の配置。
そして、アレクシスの介入を一切許さないための“物理的な障壁”の準備だった。
(……気付いたか?)
横目でアレクシスを窺う。
だが次の瞬間、彼の視線が前へ戻るのを見て、マキシムは内心でほくそ笑んだ。
(いや。お前は今、彼女のことで頭がいっぱいだ)
「マキシム」
不意に、アレクシスが呼び止める。
「なんだ?」
「……なぜ、そんなに清々しい顔をしている。我々はこれから、親友の裏切りを暴き、リリエルの命を懸けた賭けに挑むのだぞ」
鋭い眼光がマキシムを射抜く。
長年の付き合いだ。
アレクシスは、マキシムが本気で危難に立ち向かう時の“研ぎ澄まされた冷徹さ”を知っている。
だが今のマキシムから感じるのは、それとは違う。
何かを奪い取ろうとする、狩人の昂ぶり。
マキシムは一瞬だけ目を細めたが、
すぐにいつもの不遜な笑みで受け流した。
「……わかるか? ようやく、この数週間の苛立ちが解消されると思えば、多少は顔に出るさ」
「そうか。お前の執念には感謝している」
アレクシスは再び前を向いた。
疑念を抱く余裕すら、今の彼にはない。
ただ一刻も早くルーカスに会い、呪いの源を断つこと。
それだけが、リリエルを救う道だと信じている。
(悪いな、アレクシス。……お前が愛ゆえに“離れる”ことを選んだあの瞬間、お前は彼女を俺に譲ったんだ)
マキシムは背後で微笑みを深め、馬の腹を蹴った。
二人の友情という名の薄氷が、目に見えない速さで、
音もなく割れ始めていた。
その亀裂の音に、気付いているのはマキシムだけだった。
偽りの共闘と、忍び寄る不協和音




