第二十七話「夜明けの決断と、歪な愛の告白」
翌朝、一番。
嵐が去った後の冷徹な静寂の中、二人の男は馬を並べていた。
「アレクシス、悪いが先に行っていてくれ。王都の協力者に、俺たちが向かっていることを伝えておく。緊急の早馬を出す手配があるんだ」
マキシムは懐から通信用の書状を取り出し、軽く振ってみせた。
王都で独自調査を進めてきた彼らしい言い分に、アレクシスは疑うことなく頷く。
「わかった。王都の入り口にある例の宿場で落ち合おう。……リリエルのことは、セバスチャンに厳重に頼んである」
アレクシスは、愛するリリエルに最後の一目さえ会うことを、自らに禁じていた。
今の自分が彼女を見れば、その溢れ出す情愛が、また彼女の命を鋭く削る。
苦渋に満ちた表情のまま、一度も振り返ることなく、凍てつく道を駆け去っていった。
蹄の音が遠ざかる。
それを確認すると、マキシムは静かに馬の手綱を解き、屋敷へと戻った。
リリエルの寝室は、重苦しい沈黙に包まれている。
ベッドの上で横たわる彼女は、死の淵から辛うじて踏みとどまったものの、その顔色は紙のように白い。
マキシムは足音を殺して傍らに跪き、そっとその頬に触れた。
アレクシスが触れれば激痛と鮮血をもたらすはずのその肌も、マキシムの手には、ただ柔らかく、そして冷たい。
「……リリエル嬢」
低い声が、静寂に落ちる。
彼は彼女の頬をなぞる指に、わずかに力を込めた。
「アレクシスは、あなたを愛している。だからこそ、彼は二度とあなたを抱くことはできない。……あいつがあなたを愛おしいと想うたび、あなたはこの呪いに焼かれる」
その時。
閉じられた瞼の奥で、睫毛が微かに震えた。
そして――
彼女の目尻から、一筋の涙が静かに零れ落ちる。
マキシムの指が止まった。
「……聞こえているのか?」
問いかける声は、どこか甘く、どこか確かめるようだった。
リリエルは目を開けない。
だが涙は、もう一滴、枕を濡らす。
それを見たマキシムの唇に、歪んだ笑みが浮かぶ。
「この呪いが解けなくてもいい。……むしろ、解けないままの方が都合がいいとさえ思っている」
その告白は、親友への裏切りであり、同時に彼なりの狂おしい執着だった。
「呪いが解けなければ、あいつはあなたに触れることすら一生叶わない。……でも、俺なら。呪われていない俺なら、あなたを傷つけることなく、誰よりも大切に抱きしめてあげられる」
アレクシスへの同情は、もはやマキシムの中にはなかった。
呪いという名の“物理的な断絶”が、彼に付け入る隙を与えてしまったのだ。
「俺の元に来ればいい。そうすれば、あなたは二度と血を吐くことも、死を恐れることもない。……俺だけが、あなたを救い、愛せる男なんだ」
マキシムは眠る彼女の額に、そっと唇を寄せた。
それは救済の接吻か、あるいは新たな檻への招待か。
「……王都で、全てを片付けてくる。待っていてくれ」
冷徹な眼差しを取り戻し、立ち上がる。
そして部屋を後にした。
馬に飛び乗り、アレクシスを追って駆け出したその胸中には、
リリエルを救うという使命感と、
彼女を親友から奪い去るという暗い野望が、
激しく渦巻いていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
愛が救いになるとは限らない。
今回はそんな回になりました。
マキシムの選択が何を生むのか、
そしてリリエルの涙の意味とは。
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