第二十六話「偽りの筆跡と、残酷な検証」
医師たちがリリエルを寝室へと運び、緊迫した治療が続く中――
アレクシスとマキシムは隣室で向き合っていた。
リリエルのテーブルに置かれていた、あの小包。
その中に入っていた一枚の紙切れ。
「マキシム、これを見てくれ。ルーカスからの手紙だ」
マキシムは紙をひったくるように受け取り、月明かりの下で凝視する。
「……『まだ会えない。でも、待っていて欲しい』か。……確かに、ルーカスの独特な角ばった書き癖だ。だが……」
その目が鋭く光る。
「あいつの癖は極端だ。真似ようと思えば、いくらでも細工ができる。もしこれが、ルーカスを装ったビリーからのものだとしたら?」
「なんだと……?」
「ルーカスからだと思わせれば、疑問を抱いたリリエル嬢が種を植える可能性は高い。あいつは最初から、お前が彼女を愛することを予見して、この種が芽吹くのを待っていたんじゃないか?」
マキシムは紙を机に叩きつけた。
「……アレクシス、俺の推察を聞いてくれ。この呪いは、セレスティーヌに関わった『お前』と『ルーカス』の二人だけにかけられている気がする」
「私に……? いつ、あいつがそんなことを……」
「セレスティーヌがまだ生きていた頃だ。お前が不在の間、あいつは何度もこの屋敷に来ていただろう? 彼女を愛していたあいつは、お前が“次に誰かを愛した瞬間”に地獄を見せる仕掛けを、とうの昔に済ませていたんだとしたら……」
「……あの黒い花が、その仕掛けを完成させるためのものだったとしたら?」
アレクシスは言葉を失った。
親友を信じ、妻を案じていたあの穏やかな日々。
それさえも、呪いの準備期間だったというのか。
沈黙が落ちる。
やがて、マキシムが静かに、だが決然と言った。
「……少し時間をくれ。今から、リリエル嬢を想っている“俺”が彼女を抱きしめてくる」
「マキシム、貴様、何を……!」
「落ち着け。もし俺が彼女に触れても何も起きなければ……ビリーの標的は明確にお前とルーカスの二人だけだ。呪いの範囲を絞り込めれば、対策も立てられる。……もし俺が触れて彼女が血を吐くようなら、その時は俺を殴って止めてくれ」
マキシムは寝室の扉を開け、横たわるリリエルのもとへ歩み寄った。
扉が閉まる。
その音が、やけに重く響いた。
アレクシスは思わず一歩踏み出す。
だが、そこで止まった。
触れてはならない。
自分が想うほど、彼女は傷つく。
その事実が、足を縫い止める。
伸ばしかけた手を、扉へ向ける。
ぎり、と爪が木枠に食い込んだ。
白くなるほど力が入る。
――俺が触れれば、彼女は血を吐く。
奥歯を噛み締める。
室内は静まり返っている。
咳き込む音も、苦しむ声も聞こえない。
その沈黙が、かえって恐ろしい。
爪の先が軋む。
それでも、扉を開けることはできない。
やがて――
沈黙は破られなかった。
リリエルの呼吸は乱れず、新たな出血も起こらない。
扉が開く。
マキシムが静かに姿を現した。
その表情には、確信と、友への同情が入り混じっている。
「……決まりだ。ビリーが呪ったのは、お前とルーカスの二人だ。あいつにとって、セレスティーヌを独占したお前と、彼女の血を分けた弟であるルーカスだけが復讐の対象なんだ」
アレクシスの拳が、白くなるほど強く握り締められる。
自分が彼女を想うことが、彼女を殺す武器になる。
これほど残酷な事実があるだろうか。
「……まずはルーカスと合流するしかない。あいつが今、王都で何を知り、何と戦っているのか……」
「ああ。急ごう。真実を知るためにも、俺たちは答えを出さなきゃならない」
吹雪は、まだ止まない
物語の核心に走り始めました。
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