第二十二話「忘れたくない日」アレクシス視点
だが、その幸せは、長くは続かなかった。
ルーカスの姉――
セレスティーヌが、不審な事故死を遂げてからだ。
それを境に、
私の周囲では、少しずつ歯車が狂い始めた。
ルーカスに会う日を楽しみにしすぎていたのか、
その直後に体調を崩し、
些細な怪我が重なっていく。
会うことも、
ゆっくり話すことさえ、
次第に難しくなっていった。
そして、あの日。
静かな声で、
まるで他人事のように。
私は、婚約破棄を告げられた。
理由は語られなかった。
問い返すことも、許されなかった。
――期待など、してはいけなかったのだ。
次の朝。
食卓に並ぶ料理を前にしても、
どうしても、喉を通らなかった。
パンを手に取っては戻し、
スープに口をつけては、視線を落とす。
「……無理をしなくていい」
そう声をかけたのは、アレクシスだった。
向かいの席から向けられる視線は、
叱責でも、同情でもない。
ただ、静かな案じる色を帯びている。
「ルーカスの件は、こちらで調べさせる。
君は、安心して過ごせばいい」
一拍置いて、彼は続けた。
「何かの悪戯かもしれない」
塞ぎ込むリリエルを前に、
どう接すればいいのか分からず、
時間だけが過ぎていった。
そんな折、
セバスチャンが控えめに進言してきた。
「領地の視察を兼ねて、
外に出られては、いかがでしょう」
当日。
自分が、この日を楽しみにしていると気づき、
アレクシスは内心で舌打ちした。
――馬鹿げている。
だが、扉が開き、
化粧を施したリリエルが現れた瞬間。
思考が、止まった。
セレスティーヌの件が解決するまで、
誰も後妻には迎えない。
それが義務なのか、
それとも想いによるものなのか。
自分でも、まだ区別がつかなかった。
――それなのに。
「……とても、綺麗だ」
掠れた声で、
それだけを告げるのが、精一杯だった。
視察と称した外出は、
いつの間にか、彼女のための時間になっていた。
観劇。
食事。
甘い菓子。
彼女が、少しずつ表情を取り戻していくのを、
つい目で追ってしまう。
そして、その笑顔を見ているうちに、
自分もまた、微笑んでいることに気づいた。
何年ぶりだろう。
こんなにも楽しいと感じたのは。
街中で、人混みに紛れた瞬間。
彼女が、よろけた。
知らない男の手が伸びるより早く、
身体が動いていた。
「離れろ」
抱き寄せ、
その手を、強く握る。
――他の男に、触れさせたくない。
衝動のまま、宝石店へ入った。
欲しいものがあるなら、
何でも買えばいい。
そう思った。
だが、彼女はなかなか選ばない。
意地悪かもしれないが、
「選ぶまで帰らないぞ」と告げると、
少し半泣きのような顔になった。
ようやく彼女が選んだのは、
ひどく控えめな、濃いダークブルーの石だった。
「もっと良い物もある。
これなんか、どうだ?」
そう言って別の宝石を示すと、
彼女は首を振る。
「アレクシス様の瞳と、同じ色です」
胸の奥が、強く締めつけられた。
思わず、彼女の方へ向き直る。
こんな風に、
誰かと買い物をするのは初めてだと、
彼女は、とても綺麗に微笑んだ。
この日を、忘れたくないとも。
――ならば。
その記憶に残る男は、
俺でいい。
宝石を、戻さなかった。
それが、
自分の選択だと、
はっきり分かっていた。
この日、
アレクシスはまだ知らなかった。
自分が、
「守る側」から
「奪う側」へと
踏み込んでいたことを。
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