第十八話「愛の呪い」ルーカス視点
姉セレスティーヌが亡くなった、あの日からだ。
世界に薄い歪みが入り込み、
俺の日常が、音を立てて狂い始めたのは。
葬儀の日。
黒に沈む人々の中で、リリエルは静かに涙を流していた。
声を上げて泣くこともなく、
ただ、姉のために祈るように。
そんな彼女は――美しかった。
――胸の奥が、理由もなく熱を帯びる。
彼女と目が合う。
吸い寄せられるように、近づき。
(早く結婚して、俺だけのものにしたい)
その場に相応しくない思想に襲われながら、
彼女の細い肩に、
そっと手を伸ばそうとした――その時だった。
執着に近い願いが胸をよぎった、次の瞬間。
ガタン、と乾いた音が響いた。
振り返る間もなく、
葬儀用の重い梯子が倒れ、
リリエルの足元を直撃した。
「……っ」
短い悲鳴。
一瞬で、血の気が引いた。
彼女は痛みを堪えながら、無理に笑った。
「大丈夫です。少し……運が悪かっただけで」
足には、はっきりとした怪我。
葬儀の空気を乱すまいとする、
その健気さが、逆に胸を抉った。
(……俺の、せいか?)
そんなはずがない、と心が先に叫ぶ。
だが、違和感は消えなかった。
葬儀が終わり、ようやく一息ついた頃。
顔が見たくて、無性に会いたくなって、
俺は彼女の屋敷を訪ねた。
扉を開け、
リリエルの姿を認めた瞬間。
(抱きしめたい。もう一時も離れたくない)
激しい渇望が胸を満たした、その刹那。
リリエルが、ふらりと揺れた。
次の瞬間、
崩れ落ちる彼女の体を、
俺は慌てて受け止めていた。
腕の中の体は、異様なほど熱かった。
原因不明の急な高熱。
目の前で命が抜けていくような錯覚に、
心臓が、嫌な音を立てた。
それからだった。
小さな怪我。
理由の分からない体調不良。
階段からの転落。
偶然と片付けられる程度の不幸が、
何度も、何度も彼女を襲った。
そして、そのすべてが――
俺が、心から彼女を求めた瞬間ばかりだった。
触れたい。
傍にいたい。
未来を思い描きたい。
俺が彼女を「愛おしい」と想うたびに、
リリエルは傷ついた。
「本当に、私って運が悪いんですよ」
そう言って笑う彼女の笑顔が、
何よりも怖かった。
王都一と名高い神官を訪ねたのは、
もはや祈りに近かった。
だが、告げられた言葉は、
あまりにも冷酷だった。
「呪いが、かかっています。しかも極めて悪質だ。
“愛した者にのみ”、災いが及ぶ呪いです」
視界が、白くなる。
「……解く方法は?」
「呪いをかけた本人にしか知りえません。
そして、この呪いの存在を“愛する者”に告げた場合――
さらなる厄災、最悪の場合は、死に至る可能性が高い」
告げるな、と。
守るためには、何も言うな。
そして――愛するな。
選択肢は、最初から一つしかなかった。
リリエルを、手放すこと。
愛するほど、傷つけるなら。
想うほど、彼女を殺してしまうなら。
(……俺が、嫌われるしかない)
あの日、ビリーが置いていった酒。
床に散らばっていた、黒い薔薇。
――あれは、呪いだ。
なぜ、俺に?
神はいないのか?
なぜ俺から、
大切なものをすべて奪っていくのだ。
父も、母も、姉も。
それだけでは足りず、
リリエルまでか?
愛している。
誰よりも、深く。
だから、俺は彼女に告げるしかなかった。
彼女を、こんなにも愛しているのに。
それでも、
さよならを告げなければならない。
胸の奥で、
何かが二度と戻らない音を立てた。
俺は、それを
聞かなかったことにした。
ルーカスは、正しい選択をしたのでしょうか?
愛することが罪になるなら、
愛さないことは救いになるのか。
書きながら、何度も考えました。
この先で、彼がどんな答えに辿り着くのか。
もし見届けていただけたら嬉しいです。




