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『婚約破棄の手紙から始まる、辺境伯との再婚生活』  作者: はる乃


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第十七話「黒い記憶、消えた参列者」ルーカス視点

王都の片隅。

マキシムと別れた後のルーカスは、

荒れ狂う感情を鎮めるように、独り酒を煽っていた。


喉を焼く、強い酒。


だが、その匂いがふいに、

半年前の「あの日」の記憶を呼び覚ます。


――あの日。


正午の鐘が鳴るよりも早い時間、予期せぬ訪問があった。

ノックの音に、ルーカスは書類から顔を上げる。


「……誰だ?」


「俺だよ。久しぶりだな、ルーカス」


扉の向こうから聞こえた声に、思考が止まった。

(え……?)


戸を開けると、

そこに立っていたのは、姉セレスティーヌの幼馴染――

ビリーだった。


人懐こい笑みを浮かべてはいるが、

ルーカスの胸に浮かんだのは、純粋な困惑だけだった。


ビリーは確かに姉の幼馴染だ。

だが、ルーカス個人との接点はほとんどない。


姉を囲む人々の中で、

自分から最も遠い場所にいる知人。

それが、ルーカスにとってのビリーだった。


(なぜ、接点のない俺のところへ……?)


そんな疑問を飲み込ませるように、

彼は一本の酒瓶を掲げた。


「たまたま美味い酒が手に入ってさ。お前と一杯やりたくて」


一度も差し向かいで飲んだことのない男からの、

あまりにも唐突な誘い。


だが、姉の親友を無碍にすることもできず、

ルーカスは無言で扉を引いた。


「……どうぞ」


応接室で、酒が注がれる。

ビリーはよく喋った。

姉のこと、昔話。


だが、ルーカスはどこかで、

冷めた自分を感じていた。


(この人は、なぜこんなに楽しそうに

『俺』と話しているんだ……?)


その思考さえ、

酒を喉に通すごとに霧散していった。


酒は確かに香りが良く、柔らかい。

けれど――。


(二杯目……?

いや、三杯目……か?)


記憶が、不自然なほど急激に曖昧になっていく。


ビリーが何度も、

呪文のように繰り返す。


「お前は、いい弟だな」


それは賞賛ではなく、

まるで「便利な器だ」と喜んでいるかのようで、

寒気が背筋を走った。


視界が歪み、立ち上がろうとしても、

足に力が入らない。


「おい……?」


ビリーの声が遠ざかり、

言葉は意味を結ばなくなる。


――次に意識が浮上した時。

ルーカスは、自室のベッドに横たわっていた。


「……っ」


頭が重い。

喉が焼けるように渇いている。


(……なんだ、この匂い)


部屋中に、

甘く、重たく、

そして吐き気を催すほど不快な花の香りが残っていた。


床を見ると、倒れた酒瓶と割れた杯。

そして――

自室の床を埋め尽くすほど、無造作に、

おびただしい数の「黒い薔薇」の花弁が散らばっていた。


「……何でこんな事に?」


自分の声だけが響き、返事はない。


なぜ、眠っていたはずの自分の部屋に、こんなものが。

ビリーは、どうやってここまで運んだのか。


気持ち悪さと、説明のつかない胸騒ぎ。


だが、その違和感を突き止める間もなく、

知らせが届いた。


「セレスティーヌ様が――事故で……」


その知らせの後、

ルーカスは、さらなる異変に気づく。


姉の葬儀。

アレクシスやマキシムが悲しみに沈む中、

ビリーの姿だけが、どこにもなかった。


「連絡がつかない。

旅にでも出たのかもしれんな」


アレクシスは、沈痛な面持ちでそう言った。


事故の直前に屋敷を訪れていたはずの男が、

最も重要な別れの場にだけ、

一度も顔を見せなかった。


すべてに追われる中で、

その異常さは、記憶の底へ沈んでいった。


――それを、今。

荒れた夜に、思い出したのだ。


喉が鳴る。


(姉の死の直前、

接点のないあの人が現れた。

そして、俺が眠っている間に部屋を黒い薔薇で満たし、

姉が死ぬと同時に姿を消した……)


確信だけが残った。


あの日、ビリーは酒と一緒に、

「呪い」を置いていったのだ。


自分を器にして、

姉を殺し、

俺からリリエルを奪うための――

悍ましい「何か」を。


そしてその呪いは今も、

ルーカスの内側で、

静かに、しかし確実に、彼を蝕み続けている。


最後までお付き合いいただきありがとうございました。

少しづつルーカスの婚約破棄の理由も見えてきました。

次のお話でお会いできるのを楽しみにしています。

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