第十三話 「秘密の花園と、陽光の騎士」
サンルームは、
数週間のうちに見違えるほどの姿に変わっていた。
ガラス越しの陽光を受けて、
淡い色の花々が咲き誇り、
ハーブの葉は瑞々しく、
空気には甘くやさしい香りが満ちている。
ここが、仮の居場所だなんて――
時々、忘れてしまいそうになる。
リリエルは小さなジョウロを手に、
花の根元へ静かに水を注いでいた。
(……咲いた)
昨日までは蕾だった花が、
今朝、ひっそりと花弁を開いている。
「……可愛い」
思わず、声が零れた。
「また新しい花が咲いたな」
不意に、背後から低い声。
驚いて振り返ると、
そこに立っていたのはアレクシス様だった。
「ア、アレクシス様……」
「邪魔をしたか」
「いえ……」
彼は軍装ではなく、執務用の簡素な上着姿だった。
公務の合間に、立ち寄ったのだろう。
アレクシス様は、花壇の前に歩み寄り、
無言で一輪の花を見下ろす。
「……これは?」
「カモミールです。
夜お茶にすると、よく眠れるんですよ」
そう答えると、彼はほんの一瞬だけ目を伏せた。
「……覚えておこう」
その声は、驚くほど穏やかだった。
不器用で、寡黙で、
けれど――ここでは、ほんの少しだけ柔らかい。
その静けさを、
乱暴な足音と共に切り裂く声が、廊下に響いた。
「マ、マキシム様……!
どうかお待ちください! アレクシス様はご執務中で――!」
執事セバスチャンの制止を意にも介さず、
軽快な足取りが続く。
「だから遠慮してたら一生会えねぇだろ。
この時間帯、書斎だと思ったんだが――」
廊下の突き当たり。
アレクシスの書斎へ続く扉の手前で、
マキシムの視線が、ふと横に逸れた。
書斎の奥へ続く回廊。
その途中にある、ガラス張りの扉が半分ほど開いている。
中から流れ出してくる、
花と土と、朝露の混じった柔らかな香り。
「……なんだ?」
「マキシム様、そちらはダメです!」
セバスチャンの慌てる声が
遠くから聞こえてきたもののーー
覗き込んだ先で、
花に囲まれたリリエルの姿を認めた瞬間。
「――――!」
言葉を失い、
次いで、ぽつりと零す。
「……天使か?」
その言葉に、リリエルは小さく肩を強張らせた。
「マキシム様っ!!」
ようやく追いついたセバスチャンが、青ざめた顔で叫ぶ。
だが、もう遅かった。
マキシムは、完全にサンルームへ足を踏み入れていた。
「おいアレクシス。」
「お前、書斎の奥で何を隠して――」
「――マキシム?」
低く、驚いた声。
それは、
彼が滅多に見せない、
完全に予想外を突きつけられた声だった。
「何故、ここに――
いや、何故そこに居る」
「偶然だ。いや、運命かもしれない。」
悪びれもせず言い切ると、
マキシムはリリエルの前へ進み出る。
「私はマキシム・ド・ラ・クロワ。
この不愛想な男の幼馴染で、王都近衛騎士だ」
そして、流れるように片膝をつき、
リリエルの手に口づけようとした――その瞬間。
「――やめろ」
横から伸びた手が、それを遮った。
アレクシスが、リリエルを背後に庇う。
背後に庇われながら、
なぜか胸の奥がざわついた。
「……マキシム。その汚い口を彼女から離せ」
低く、怒りを孕んだ声。
「リリエルは、私の婚約者候補だ。
二度と軽々しく触れるな」
一瞬の沈黙。
そして、マキシムが口角を吊り上げた。
「ほう。
そんな必死な顔、久しぶりに見たな」
鋭い視線でアレクシスを見据える。
「聞くが、その“婚約者候補”は、
いつ正式な“婚約者”になる?」
「……」
「お前、今まで誰一人として側に置かなかっただろう」
沈黙の後、
アレクシスは視線を逸らし、淡々と答えた。
「……確定などしない」
リリエルの胸が、僅かに軋む。
「彼女との約束は一年だ。
一年後には、私が彼女に相応しい相手を見つけ、送り出す」
「一年?」マキシムが眉を上げる。
アレクシスは淡々と返した。
「彼女が新たな道へ進むための、
一時的な滞在に過ぎない」
「なるほどな……」
マキシムは、しばし黙り込み――
やがて、太陽のような笑顔でリリエルを見た。
「つまり、一年後には自由ってことだね」
リリエルの心臓が、小さく跳ねる。
「なら、チャンスは平等だ」
「マキシム」
「安心して。
1年後には僕の所に来るといい」
彼は胸に手を当て、軽く頭を下げた。
「リリエル嬢。
アレクシスの親友として約束するよ!
あなたを大切にすること。」
次の瞬間。
アレクシスが、完全にリリエルを背後へ隠す。
「……ふざけるな」
冷え切った声。
「これ以上、彼女を困らせるなら――
今すぐ叩き出す」
サンルームに、火花を散らすような緊張が走った。
リリエルは二人の背中を見つめながら、
――一年後には送り出す。
その言葉が、
花の香りの中で、静かに沈んでいった。
花が咲くほど穏やかな場所でも、
感情は静かに揺れ始めます。
アレクシスの「一年」と、
リリエルの違和感。
そして、思いがけず現れたマキシム。
ここから、少しずつ関係が動いていきます。
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