第十二話 「一年という名の檻」(アレクシス視点)
サンルームを出たあと、
アレクシスは執務棟へ向かう回廊を歩いていた。
磨かれた床に反射する朝の光が、やけに眩しい。
――暖かくなったら、水仕事を。
口にしたのは、彼女への忠告だった。
本当は、違う話をしたかった。
だが、それが彼の口から出ることはなかった。
立ち止まる。
拳を、わずかに握り締める。
守ると決めた。
だがそれは、傍に置いて縛るという意味ではない。
彼女は、壊れやすい。
それは弱いからではなく、
「壊されることに慣れすぎている」からだ。
与えられた役割を果たし、
価値を示し、
それでも切り捨てられてきた。
そんな人間が、無条件で守られる場所を与えられたとき、
何を差し出し何を削ろうとするか――
アレクシスには、想像がついた。
(だから、期限が要る)
一年。
短すぎず、長すぎない時間。
彼女が「ここは仮の場所だ」と言い聞かせながら、
それでも息を整え、
再び外へ出る力を蓄えるための猶予。
もし、期限を設けなければ。
もし、「好きなだけ居ていい」と言ってしまえば。
彼女は、根を張る。
そして根を張った場所を、
世界は正当性の顔をして容赦なく奪いに来る。
アレクシスは、その現実を知っていた。
王都ではすでに、
「追い返さなかった女がいる」
「公爵が囲っている」
そんな噂が、尾ひれを付けて囁かれ始めている。
彼女を守るということは、
彼女を“欲しがる者”と対峙するということだ。
だからこそ、
自分は彼女の未来になってはならない。
庇護者であること。
一時的な盾であること。
そして――通り過ぎる存在であること。
それが、彼女を生かす最善だと、
理性は理解していた。
だが。
サンルームで見た、
花に触れる彼女の表情が、脳裏を離れない。
怯えながらも、安堵していた眼差し。
そして花に向ける優しい笑顔。
(……あれを、奪う権利はない)
同時に、
あれを誰かに奪わせるつもりも、なかった。
一年後。
彼女が自分の元を去るとしても。
それは「選んで去る」未来でなければならない。
利用されるためでも、
売られるためでもない。
その時まで、
彼女に向けられるあらゆる視線を、
自分が引き受ける。
――それが、守るということだ。
アレクシスは、ゆっくりと息を吐いた。
甘さを見せるな。
希望を与えるな。
触れるな。
それでも。
彼女が震えたとき、
支えずにいられるほど、
自分は冷酷ではなかった。
(……だからこそ、一年だ)
彼女が立ち上がるための猶予。
それでいて――
自分が耐えられる限界。
その境界を越えぬよう、
彼は今日もまた、無表情の仮面を被る。
守ると決めたものを、
決して壊さず手放さぬために。
守ることと、手放すことは、時に同じ形をしています。
アレクシスが選んだ「一年」は、
彼女のためであり、彼自身を縛る檻でもありました。
この先、彼の選択が正しかったのかどうかは、
一年という時間の中で、少しずつ明らかになっていきます。
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