改良型光学式機甲旋棍と『這霜の巨狼』
シオンは体勢を直し、ゆらり、と立つ。武器を失い窮地にあるはずのシオンだが、発している気は押されている者のそれではない。
「では……本気で行きましょうか」
だらりと下げた両腕。その外側に二本のトンファーが出現した。緩く広げられた両手の内に寸分違わず現れた柄を、華奢な白い手が握りこむ。鈍色の金属光沢を放つ二つのよく似たトンファーは明らかに機甲製だとわかる。
「さて、試作品などではなく、本気で作ってもらった改良型光学式機甲旋棍ルイシオTF-……。その力を見せてもらいましょう」
シオンの言葉の途中で、戦いの余波で崩壊寸前だった壁が倒壊した。鼠はそのせいでトンファーのランクを表す数字を聞きそびれた。
シオンがいまやトンファーをも覆っているマナを見下ろして呟く。
「改良型とはいえ、やはり使い慣れた武器はしっくりきますね。これなら……」
トンファーが握られた取っ手を中心に半回転する。腕に沿っていた長棒部分は下を向き、シオンの身体からはやや離れていたが――マナに覆われていた。
「……《魔纏》を応用した《魔装》もどきも可能、と。更に……」
トンファーの極々小さな開口部から光学エネルギーが放出され、取手以外の部分を覆い尽くす。トンファーは内側に光学エネルギー、その外側にマナ、と二種類のオーラに包まれた。
シオンが光り輝くトンファーの先端を持ち上げ、真っ直ぐに巨狼へと突きつける。
「あなたも奥の手があるならさっさと出しなさい……一瞬で終わりますよ?」
巨大な口を引き延ばして、巨狼は嗤う。己に勝てるわけがないと確信しているかのように。
這霜の装甲機工魔狼は僅かに頭を下げた。誇示するように。自身の本当の武器を。
対峙する両者が動きを止め、鼠は初めて装甲機工魔狼を注視する機会を得た。特に位置関係上、鼠には巨狼の背後がよく見えている。
だから、気がつくのは今だった。
「あの狼、尻尾がない――」
ずるり、と。
装甲機工魔狼の尾があるはずの位置から、黒くしなやかな人工筋肉繊維の束が生えてくる。その先端は宙に出ているわけではなく、背中側に繋がっていた。続けて背中から何かが引きずり出される。鼠の頭ほどの太さがある黒く強靱な筋肉繊維の束の先についていたもの。
三メートルもありそうな鋭く長大な片刃のブレード。三日月に近い形をした分厚い刃は、人間であれば容易く圧し斬れそうな存在感を放っていた。
「……どこに入ってたんだよ。次元収納か?」
鼠が呟いた直後、人工筋肉が振るわれる。音を置き去りにしたブレードは巨狼が身じろぎ一つしないままに、シオンの背後の壁を縦断した。
シオンは反応し、その一撃をかわしている。しかし慣性に逆らえないメイド服のスカートだけはかわしきれていなかった。長いスカートの一部が失われ、補助インナーを纏う肉感的な脚が露わになる。
鼠は一般的な感性で美脚と断言できるシオンの脚には特に反応を示さず、対峙する二人に視線を向けたまま、宙に浮かぶラスに念話を送る。
(なぁ、あれってどうやって反応したんだ?)
(《魔纏》は身体能力だけじゃなくて知覚能力も向上させられるからね。鼠にはまだ早いだろうけど)
(なるほどな)
鼠は理解はできても納得はできずに口を尖らせ、対峙する二人に意識を向ける。巨狼のブレードは当たり前のように《這霜》を纏っていた。切断されたメイド服の裾は氷のレースに縁取られており、遠くから見る分には美しい装飾のようだった。
新たな手札を得た巨狼と、本来の武器であるらしい旋棍を構えたシオンが、本格的な戦闘に入る。縦横無尽に振るわれるブレードの斬撃は壁や柱をまるで存在しないかのように切り裂き、天井や床にすら深い傷跡を残した。
シオンは現状、さきほど《魔纏》で守られているスカートがあっさりと切断されたことからも、斬撃を一度でもまともに受ければ死ぬ。
「姫守家に支給されている中では、ランクが低いメイド服だって言ってたっけ」
シオンの出自である姫守家が仕える姫宮家には、この防護メイド服やら執事服を着た、身の回りの世話役兼ボディガードとして姫守の人間が何人もいるらしい。姫宮の金と権力に物を言わせて通常の冒険者では入手困難な性能の装備を貸与されているとか。自分たちの生命を守る盾には、当然できるだけいいものを用意するだろう。
ただ、シオンが仕える主は不義の子、いわゆる庶子であり、あまり重んじられておらず――シオンにもあまりいい性能の装備は支給されていないんだとか。見栄えだけはいいらしいが。
その結果があれなんだろう。
「というか、シオンさん、プライベートで貸与品を損傷させて大丈夫なのか?」
(そんなことを気にするより戦いに集中して!)
シオンと装甲機工魔狼の戦いは鼠が目で追える限界ギリギリの速度で推移していた。振るわれる巨大なブレードをかわし続けていたシオンだったが、ついにその巨刃を受け止めることになった。
巨狼のブレードを受け止めたのは、姫守として支給されている防護メイド服よりもはるかに性能の高い武器、銀腕製の光学式機甲旋棍だった。左手に握られたトンファーが金属同士が擦り合わせられるような不快な音と供にブレードを停止させる。
金属音はブレードとトンファーが接触した音ではなく、それぞれが纏うマナが衝突し、摺り合わされたものだ。マナや光学エネルギーなどの衝突では金属音に似た音が響く。
「ハァっ!」
左手のトンファーでブレードを止めて勢いを殺した直後、シオンは身体を捻りながら右手のトンファーを上からブレードに叩きつけた。
重い金属同士を打ち合わせたような音が響き、巨刃がダンジョンの硬い床へと叩き落とされる。シオンはその隙に装甲機工魔狼に近づこうと床を蹴った。
が、人間だったら間に合うはずのないブレードの引き戻しを、強靱な人工繊維の筋肉が可能とする。
戻す動作の途中で一度、引き上げた刃を振り下ろす動きでもう一度、巨大な三日月形の刃がシオンの命を脅かす。
シオンは背後から迫るブレードを見もせずにしゃがんでかわす。続いて頭上から振るわれた刃をトンファーの外側で滑らせて受け流した。
「しっ」
鋭く息を吐いたシオンは一際マナを集中させた足で薄いひび割れを残しながら硬質な床を蹴る。刹那の跳躍を経て伸びた人工筋肉の上に着地したシオンは、魔狼が自分の尾でもある人工筋肉を振るう前に再び跳躍する。その速度はこれまでの巨狼の速度も、強靭な人工筋肉が振るう刃の速度も越えていた。
七メートルほどの高さの天井に足をつけたシオンは、息もつかせず天井を蹴り、上方から装甲機工魔狼を襲撃する。
身動きの取れない空中。
装甲機工魔狼が犬歯を見せて嗤う。
ブレードを今まで以上の速度で振り上げる。引き戻しは最高速ではなかった。ブラフ。生物系モンスターのみが持つ知恵。そして悪辣さ。
その速度は今のシオンと同等かやや優っていた。振り上げられた巨大な刃は最高の速度とマナを纏っており、回避を行えない空中のシオンへの必殺。
鼠が声を上げて銃を構えようとする、その一瞬の間に。
チラリ、とシオンが鼠の方に視線を走らせた気がした。
(ん?)
(……あのマナは)
ラスの呟きに耳を貸す暇もなく、疑問を抱きながらも、シオンを助けるために鼠の身体は銃口を魔狼に向けようとする。そしてその視線の先で。
シオンが必中のはずのブレードをかわす。
というよりもシオン自身は一切動かないままに、ブレードが勝手に外れたように見えた。シオンの正面を捉えていたはずのブレードは最大の威力と速度で轟音と共に深く天井にめり込む。
その直前に鼠の目には一瞬シオンの姿がブレて見えた。しかし鼠はそれをシオンが超高速で動いているからだろうと無意識に結論付け、それ以上深くは考えなかった。
ブレードをかわされ、伸びきった太い人工筋肉の束に、シオンはトンファーの短い部分の先端を叩きつける。
「光学拡散砲」
トンファーの先端部分から鼠の《爆破》にも似た莫大な光学エネルギーが放出される。その爆発的なエネルギーの発散は、頑丈で強靭な人工筋肉を魔狼側とブレード側で分断した。
膨大な光学エネルギーを放出した右手のトンファーは纏っていた光を薄れさせる。しかしシオンが再び鼠に視線を走らせた一瞬後、放出前と同じ輝きを取り戻した。
「グ、ラァァアッ!」
咆哮。同時に巨狼の口内から放たれた寒波がシオンを襲う。シオンは胸の前で両腕を交差させる。出力を上げて拡大したトンファーの光学エネルギーが、全てを凍り付かせるブレスからシオンを守る。
煌めく吐息を突き抜けて巨狼の前面に到達したシオンは、装甲に覆われた鼻面に左手のトンファーの先端を突きつけた。
「光学拡散砲」
再び放出された莫大な光学エネルギーが装甲機工魔狼の目の前で炸裂する。しかし鼠は見た。光学エネルギーが放たれる直前に巨狼の鼻の先でマナが力強く光り輝くのを。
シオンの表情が驚愕に染まる。装甲機工魔狼は多くの装甲を剥がされ、片目を潰されながらも、口の端を大きく吊り上げて嗤っていた。
「ガァアッ!」
巨狼の振り上げられた右脚がシオンを側面から叩く。光学エネルギーを使い果たした左手のトンファーで防御するのは困難だと判断したのか、身体を捻って右手のトンファーで攻撃を受ける。
弾かれたように飛ばされたシオンは無理な体勢で受けたこともあり、受け身も取れずに床に叩きつけられる。起き上がった直後に降ってきた続く連撃を右手のトンファーだけでさばく。
「ごっふ……」
しかし。
巨狼の身体の下を通って放たれた先の切断された人工筋肉の尾を、防ぎきれずに鳩尾に食らった。苦悶の声が漏れる。
が、防御が間に合わないながらも反応していたシオンは、同時に後方へと跳躍していた。シオンが空中でなにかをしたのか、左手のトンファーに光学エネルギーの輝きが戻る。
「巨大なブレードを失ったことで、逆に動きを邪魔せずに連撃に加われるようになりましたか。私は二手ですが相手は三手。これは普通に厄介ですね。……ならば」
空中で身体を猫のように回転させ、壁に着地したシオンは再び足にマナを集めて床へと跳躍。そのまま疾走する。装甲機工魔狼を避けて回り込むように向かった先は、天井に突き刺さったままの巨狼のブレード、その下に垂れ下がる人工筋肉繊維の束だった。
軽く跳躍したシオンの両手からトンファーが消える。人工筋肉繊維の束を両手で掴んだシオンはぐいと巨大なブレードを天井から引き抜いた。
「これで、私も三手ですッ!」
人工筋肉を鞭のように振るい、ブレードを巨狼の頭上から襲わせる。マナを纏わずとも頑丈で鋭い巨狼のブレードだったが《這霜》の前では数秒しかその形を保てなかった。
魔狼の人工繊維の尾が元は自身のものだった巨刃を防ぐ。同時に《這霜》が三日月形の刃を覆い始め、払いのけるような尾の仕草とともに一秒足らずで砕け散った。
その間に霜の生い茂る床を駆けたシオンは決定打を撃ち込むために巨狼に肉薄していた。
しかし魔狼の両の前脚がシオンの両側から同時に振るわれた。再び出現させていた両腕のトンファーで受けたものの、挟み込まれたせいで動きが停まる。
シオンの頭上で装甲機工魔狼の顎が開かれ、マナが凝集されていく。両腕のトンファーを左右の防御に使っている今、冷気のブレスを防げるものはない。
「ゴァ……」
巨狼がつまらなそうに呻いた。好敵手を失うことを惜しむかのように。
その呻きにシオンもまた応える。
「心配しなくても、死ぬのはあなたですよ」
巨狼の左右の前足を抑えたまま、巨狼の方を向いていたトンファーの先端が開き、内側から光り輝く。溢れ出た光が巨狼の顔を照らしたのは一瞬。そしてシオンが呟くのと同時だった。
「光学収縮砲・双」
圧縮された光学エネルギーが二筋の光となって這霜の巨狼の頭部へと走り抜ける。装甲を砕き肉を穿ち、後頭部から抜けた二本のレーザーは、巨狼の脳を致命的なまでに破壊した。
「ガ……ァ……」
自律能力を喪失した巨狼は力なくシオンを挟んでいた両前脚を地に落とす。直後に身体全体が地に沈み、遅れて虚ろな孔を空けた頭部が薄霜の上に降りた。
光学エネルギーを失っていたトンファーに、光が戻る。くるりと半回転させて長い部分を頭上に掲げたシオンは巨狼に微笑みかけた。
「なかなか楽しかったですよ」
その言葉に巨狼も大きく罅割れた口の端を引いて、笑い返す。
「ググ……」
シオンはもう一度微笑むと、トンファーを振り下ろして装甲機工魔狼レベル6、『這霜の巨狼』の頭部を粉々に砕いた。




