《這霜》と光学式伸縮機甲双節棍
(結局三体とも《爆破》で倒したな)
東京中央ダンジョンの中をクロエとシオンの元へ走る鼠。その前をふよふよと漂いながらラスはご機嫌に言う。
(そうだね! マナ弾を曲げることもできたし、咄嗟に防御も出来たし、訓練が実を結んだ感じ! でも《爆破》を乗せたマナ弾で盾士の姿を隠しちゃったのは悪手だったなぁ。あれで一気に危なくなったでしょ)
(そうだな。でもあれどうすればよかったんだ? 通常のマナ弾じゃ突進を止められないだろ?)
(ヒント。足は見えてました)
(あー、足を撃って転ばすのか)
鼠はラスと戦いの反省点を話しながらダンジョン内を駆け抜けていく。情収集機器に映ったものはモンスターも冒険者もなるべく避けて進んでいたが、合流地点までのある距離からモンスターが一切出現しなくなった。シオンが使っているモンスター寄せ機に引き付けられているのだろう。そこからは最短距離でクロエとシオンの元へ向かう。
「だいぶ近づいて来たけど……」
鼠が呟いた時、合流地点の方から車を巨大な鉄球で潰したような金属がひしゃげる音が轟いてきた。速度を上げ、音の元へとたどり着く。
通路を曲がったその先の光景を見て鼠は絶句した。
大量の死骸が通路一面どころか周囲の部屋の中にまで散乱していた。機械系のモンスターであっただろうなにかが、組み立てる前のプラモデルのように散らばっている。生物系モンスターが腹で真っ二つになって横たわり、濁ったような暗く赤い血液がその半身を浸している。鼠の知らない、恐らくはランク3のモンスターも多く混ざっていた。
シオンは棘が沢山生えているアルマジロのような機械系モンスターの傍に立ち、通路の奥を見つめていた。アルマジロの背中には大きな穴が開いており、機能を停止していることは明らかだった。
(おぉ……無駄な傷がついてない。スパイクアルマジロを一撃で倒すなんてすごいね)
ラスがシオンの傍の死骸を見て呟く。鼠は返事も出来ずにシオンの後姿を息を呑んで見つめていた。
シオンが長い濡羽色の髪を揺らして振り返る。端正な横顔を見せながら続けた。
「あぁ、来ましたね。クロエを引き渡したいのですが、少々待っていただけますか? 最後のモンスターは鼠さんが近づくには少々危険だと思いますので」
瞬間、通路や吹き抜けの室内を霜が走った。奥から荒れ果てた世界を塗り替えるように冷白な世界が迫ってくる。
「《魔纏》――」
シオンの姿が立ち上る魔力によって覆われる。上品な立ち姿に反して荒々しい魔力が、吹き抜ける冷気からシオンの身体を守る。
(速く逃げて。ここも覆われる)
ラスがいつになく真面目な声音で鼠に促す。通路の奥を注視している横顔が険しい。
鼠はシオンに背を向け、冷や汗と共に来た通路を駆け戻る。角を直角に折れて十メートルも離れると、曲がり角の部分で冷気の浸食は止まった。
(結構やばいヤツなのか? ここまでの魔法は初めて見たけど。……魔法だよな?)
(うん。そろそろ索敵範囲に入るよ)
鼠の視界に映し出されている簡易マップ。鼠自身を中央に据えてシオンの光点も映っている。細かい部分はかなり省略されて平面図的に描かれている簡単なマップの先、上層奥部に近づいたせいで広くなりつつある通路の奥からゆったりと歩みを進めるそのモンスターは。
「装甲機工魔狼……レベル6?」
(元々はレベル5で中層浅部のモンスターだったはず。レベルアップして階層を上がってきたんだろうね)
生物にのみ許されたレベルアップ。その特権は人類だけのものではない。冒険者の命を奪い、モンスター同士での争いに勝利をし、時に生物系モンスターもレベルアップをする。
(装甲機工魔狼のレベル5までのレベルアップボーナスはこれ。レベル6になった時にもう一つなにか増えてるはずだけど……あの魔法の威力を見る限り魔法出力増加、かな? 機工武器はなにを装着したんだろうね?)
鼠は視界に送られてきた文字列に素早く目を通した。
装甲機工魔狼
レベル1:各種魔法(この個体は《這霜》)
レベル2:魔爪
レベル3:身体能力強化
レベル4:機工武器装着
レベル5:機工武器習熟
レベル6:魔法出力増加(?)
(まぁ、人間と違ってレベル1から順番に成長してるわけじゃないから、あくまで目安だけどね。レベル2の装甲魔狼が二回レベルアップしたからといって、身体から機工武器が生えてくるわけじゃないから)
(いきなりレベル5で出現するっていうのも意味がわからないけどな)
モンスターとはどういう存在なのか。鼠にはわからない。おそらくこの地球上で知っている人間はいない。
しかしラスは確実に知っている。参照できる知識が制限されていると言っていた。鈍い鼠でもわかる。ラスは向こう側から来た。おそらくはこのダンジョンに存在していた未来遺物が、日常に使われていた時代の存在だ。
鼠でもわかる程度に仄めかせているのは、おそらくはラスに対する信頼度を高めるためだ。あちら側の存在。だから有用だ。手の内を見せている。だから信用しろ。
鼠も馬鹿ではない。他の人間が同じことをしてきたらまずは疑うだろう。
相手がラスであるがゆえに、鼠は口を噤み、余計な疑念を思考からはじき出す。ラスのおかげで手に入れた人としての尊厳、生活、屋根と扉があって人に襲われることを心配しなくてもいい寝床。一生かかっても返せるかわからない恩だ。なにしろその一生自体もラスから与えられたものなのだ。
そんな鼠でも、ラスに何かを返せるとしたら、それはこのダンジョンを踏破してラスの願いを叶えたときだ。それまではゼロ、というより時間を費やしている分、ラスにとってはマイナスといっていい。失敗したときにはその時間が無駄になるからだ。金は少しずつ返していけばそれは返済になるが、ダンジョンの踏破を求めるラスには過程はどうでもいいはずだ。少しずつ返す、ということは不可能なのだ。
踏破したときに一括で借りを返す。そして借りは必ず返す。少なくともそれを求められている限り。
◆
鼠とラスが雑談をした数秒で、装甲機工魔狼とシオンの二つの反応の距離は十メートルほどにまで近づいていた。
逃げ切れた《這霜》の速度から考えれば覗き込んでも問題ないと考えた鼠は、細やかな霜を踏みつけながら進み、角から顔を出した。ラスも特に反対はしなかった。
装甲機工魔狼はかなり長身なほうのシオンを見下ろすほどの身丈を持っていた。天井にまではまだ遠いが、威圧感も相まって鼠には遠目にも鼠の二倍ほどの体高があるように見えた。
シオンが歌うように、酔ったように呟く。
「あなたにはこの通路は狭いのではないでしょうか? 舞台を広げましょうか――」
シオンの右手に銀腕工房で入手した光学式伸縮機甲双節棍が現れる。続けざま華奢な腕が振るわれた。マナを纏った優美な肉体が限りなく効率的に駆動し、光学エネルギーを纏って五メートルほどに伸びた双節棍が縦横無尽に周囲の壁を破壊していく。
頑丈なダンジョンの壁をいとも簡単に破壊していく乱撃の暴風を前にして、装甲機工魔狼は。
鼻で笑った。
全身を氷晶の混じる分厚いマナで覆った装甲機工魔狼は、シオンが巻き起こしている嵐がある前方ではなく、自らの巨体を閉じ込めている窮屈な側壁へと無造作に体当たりをした。
その一動作で、ただの移動というだけで、未来製の頑丈な建造物の壁をぶち抜き、その向こうへと姿を消す。
視界の外で連続して壁をぶち抜く轟音が鳴り響く。
「なるほど、わざわざ武器など使わなくても……」
轟音が響いてくる真横に視線を向けたシオンが嬉しそうに頬をつり上げる。
直後、一際巨大な破砕音が轟く。シオンが破壊した半径五メートルの空間へと跳び込んできたのは、顎門を大きく開けた装甲機械魔狼。
「バオォォオオオオッッッ!!!」
「壁など存在しないも同然というわけですか!」
元の長さに戻った双節棍を両手で持ち、右手の棍で上顎を、左手の棍で下顎を受け止める。しかし突進の勢いに押され、シオンは霜の剥がれた床の上を滑っていく。瓦礫を砕き押しのけながら鼠に見えない角度まで押し込まれていった。
(早く! 近づいて! 見える位置まで!)
(大丈夫か? 死なないか?)
(危なそうならすぐに念話で伝えるから! 上位冒険者の戦いを近くで見られる機会なんてめったにないよ!)
ラスが言うなら大丈夫かと鼠は全速力で十数メートルほどシオンが作り出した空間に近づく。近づきながら圧縮した念話をラスに送った。
(というか、ダンジョンの壁ってこんな簡単に壊れるものなのか?)
(基本的にダンジョンは深くなっていくほど時代が進んで、建物の頑丈さも製造される自律兵器の強さも上がっていくんだよ。どう頑張っても天井と床はヒビが入ったり多少抉れたとしても壊れないけどね。そういう仕様だから)
(……なるほどな)
製造される自律兵器、とか仕様、とかいう物騒な言葉は聞かなかったことにした。
(ちなみに鼠がさっき戦った装甲魔狼の《稲妻》は溜めが長くて範囲が狭い分、速度と貫通力がとても高いよ。レベル2の生物が使う魔法でここの上層の壁を破壊できるのは数えるくらいしかないけど、《稲妻》はその一つ)
鼠は自信のすぐ横を駆け抜けた蒼白い閃光を思い出して身震いした。
(あれは死ぬかと思ったな。他にはどんなのがあるんだ?)
(あとは一部の次元系と光属性くらいかな。レベルが上がって強力な魔法が使えるようになれば何でも可能性はあるけどね)
(また次元系か。強すぎないか?)
(まぁ、一番の当たりとは言われてるね。回復と威力の高い魔法を両立させうる光よりも評価はされがちみたい)
(やっぱりか。僕の《爆破》は火属性なんだよな? 火属性はどうなんだ?)
(うーん、無難。大当たりとは言えない。でも悪くはないよ。そこそこのマナ消費に、そこそこの溜め時間。特殊効果は少なめな分、やや高めの威力。《爆破》はその中でも消費が多くて威力が高く、発動が速い。慰めじゃなく悪くないよ。マナ効率に関してはラスがコントロールすればどうにでもなるし)
圧縮された一瞬の念話を相互に送信し合い、空間までたどり着く。数秒の移動時間だったが、装甲機工魔狼とシオンはすでに幾度も打ち合ったあとのようだった。
「バゥガァァアアッッ!!!」
「エネルギーが切れれば、あっという間に持って行かれますね……ッ」
巨体が翻る。装甲機工魔狼の冷気を纏う太い前腕が、シオンに何度も叩きつけられる。振るわれる巨腕の先の裂爪がシオンの頬の柔肌をかすめる。
シオンの肉体はそのほとんどがロングスカートのメイド服に隠されているが、首元や指先を見る限り、身に着けているのは補助スーツではなく補助インナーのようだった。その上から身に着けたメイド服を含めて全身をマナが覆っており、巨体が躍動する度に撒き散らされる氷晶から装備と肉体を保護している。
(寒っ!)
(補助スーツの温度調節機能だけじゃ足りないよ。《魔纏》して)
ほとんど全ての補助スーツには程度の差こそあれ温度調整機能がついている。汗を吸い取って発散させる機能などと併せて通常の環境であれば十分快適に過ごせる機能が備わっている。
《這霜》の装甲機工魔狼は、躍動するその余波だけでダンジョンの環境を更に過酷なものへと変貌させていた。
ラスが呟く。
(でも、《這霜》の本領は撒き散らされる氷の欠片なんかじゃない)
シオンの伸縮式双節棍を覆っていた光が失われた。エネルギーシリンダーに蓄えられていた光学エネルギーを使い切ったのだ。
「あら……」
(ん? シオンさん、今ちらっと僕の方を見たような?)
シオンの装備の状態にかかわらず、巨狼の連撃は止まらない。光エネルギーの失われた双節棍で防御を試みるシオン。
「流石……銀腕製のランク6装備なだけありますね。いい仕事です」
重い氷巨狼の一撃を、その剛堅な棍は受け止め切った。今までとは違う重く鈍い衝突音が氷霜の世界を走り抜ける。
「が……」
シオンの呟きとともに、光学エネルギーが消失して露わになった双節棍本体を、瞬く間に氷霜が覆っていく。
「グルァアアアッ!」
咆哮とともに《這霜》の巨狼が再び前脚に力を込める。
ルイナがシオンのために制作し、しかしほとんど相場と変わらない高額な値でシオンに売却した光学式伸縮機甲双節棍が。
表面を埋め尽くした氷霜と供に砕け散った。
シオンは巨狼が前足に力を込めた瞬間に、双節棍から両手を離して大きく飛び退いていた。霜柱を削りながら着地したシオンは不敵に微笑みながら呟く。
「ふむ……伸縮で攻撃範囲が広がっても、使い勝手はいいですが格下相手用ですね。一撃に込められるエネルギーの絶対値が小さい。メインウェポンにするには力不足が否めません……。ルイナにフィードバックしておきましょう」




