通話と機工兵
鼠はシオンの口からクロエの名前が出たことに驚いていた。そしてシオンは鼠の口ぶりから鼠がクロエと顔見知りだと察した。
「クロエがどうかしたんですか?」
『あら、お知り合いですか? ご主人様に付き従って探索していたら、ソロで無茶な潜り方をして死にかけていたので、保護したところです。ご主人様はさっさと先に進みたいとのことで、誰か引き受けてくれないかと。冒険者管理機関に頼んでもいいのですが、高額な救助費用を取られますし、支払うのはこの娘ですから可哀そうなので。とはいえわたしも知り合いが多いわけではないので、鼠さんが無理なら冒険者管理機関に依頼することになりますが』
鼠は少しの間黙って考えた。
「ダンジョンの外まで送り届ければいいんですよね?」
『そうですね。それでまた無茶な潜り方をしたとしても、その時は見捨てます。私もそこまで余裕があるわけではありませんから』
鼠はラスの顔色を窺った。ラスはそっぽを向いて素知らぬ顔で口笛を吹いている。
「わかりました。その後もパーティを組んでくれ、とかではないのなら受けましょう」
『ありがとうございます。一応クロエに代わりますね』
シオンの声が途切れ、すぐにクロエの覇気のない声が聞こえてくる。
『ちわっス。探知も出来ない、戦闘も弱い、なんの取り柄もない役立たずのクロエっス……』
「暗ぁっ」
尋常でない暗さだった。さては闇魔法の使い手か?
「……なんでソロで潜ってるんですか? レベル3の斥候なら引く手あまたですよね?」
『鼠くんは噂話に疎いみたいっスね……。 冒険者管理機関ではこんな噂が出回ってるんスよ……』
電話の向こうでクロエは男の声真似をして言う。
『クロエって斥候が無能だから、あのパーティは壊滅したんだ。あんなデカいマザーの反応を見落とすほど腕が悪いんだ!』
無駄に男声の特徴を捉えてて上手かった。本人に戻ったクロエは訴えるように叫ぶ。
『違うんスよ! クロエはちゃんとマザーがいることを伝えたっス! でもみんなが慎重に行けば問題ないかもしれない、攻撃して来たらすぐに逃げて縄張りの外に出ようって話し合って決めたんスよ! まさかマザーの探知範囲に入っても、しばらく攻撃されないなんて、誰も思わなかったんス!』
ラスがクロエの話を呟きながらうなづく。
(あーなるほど。迎撃されたところから少し下がれば、テリトリーから外れて攻撃はされないと思ったのか。まぁその辺りは個体差もあるからなぁ。テリトリーに侵入されてもすぐには攻撃しないタイプもあるから)
『それで、誰もパーティを組んでぐれなぐなっで、仕方がないがら一人で潜って、でも駄目駄目で、戦闘中に情報収集機器の表示を見る余裕がなぐで、他のモンスターが近づいてぎででぇ。もうじぬがど思っでぇ。ぞじだらごのお姉ざんがだずげでぐれでぇ。でもまだびどりで潜らなぎゃ……』
途中から鼻水声になり、号泣し始めた。声が汚い。鼠は顔を顰めて耳から端末を離した。
鼠もクロエの状況は理解できる。しかしラスがいる以上、ソロで潜らなければラスの存在がいつ露見してもおかしくない。鼠には四六時中一緒にいてラスがいる素振りを見せない自信はない。
それに、鼠はまだ他人をそこまで信じ切れていない。
『びずーっ、じゅるるっ』
乙女としてどうなのかと聞きたくなる鼻水をすする音を聞いて顔を顰めた後、端末を頬に当てる。悪いけどパーティは組めない。でも外までは送り届けるよ。そう言おうとして――。
(いいんじゃない? 組んでも)
「え?」
『……どうがじだんズが?』
「……あ、いや、ちょっと待って。考える」
急いで保留に切り替える。
今の鼠はラスと契約を結んでいる。ラスが鼠に人らしい人生を与える代わりに鼠はその人生をラスに捧げ、ラスが望む東京中央ダンジョンの踏破を目指すという契約だ。
何においてもこの契約が最優先される。モンスター素材の納品やら、装備の更新やら、未来遺物の収集やらは全てこのラスとの契約を果たすためのものだ。
同様にダンジョン探索に同行者を持つのなら、ラスが求めるダンジョン踏破に貢献する者でないといけない。
鼠が顔を向けると念話を飛ばすまでもなく以心伝心で伝わった。ラスは少し考える素振りを見せる。
(うん、まぁ、いいんじゃない? 性格も良さそうだし。斥候に向いてないっていうのもなんとなくわかるしね。探知役なら鼠が、というより当面はラスができるから。近距離タイプなら遠距離タイプの鼠とも相性がいい。まぁでも鼠の気が進まないなら別に断ってもいいよ)
鼠は腕を組んだ。即断できるような内容ではない。この先ずっと同じパーティで活動するかもしれないのだ。
鼠は長年の浮浪児としての生活で何度も裏切りに遭った。一度は親友だと思った少年が鼠の寝床にあったものを根こそぎラウドのグループに献上して、一員に加わったこともある。いつの間にか死んでいたが。
それゆえ数回探索を共にする程度ならともかく、寝食を共にするパーティメンバーを迎えるというのにはかなり抵抗がある。一人で裏路地を生き抜いてきた鼠にとって、起きた時に周囲に人がいたらそれはほとんどの場合鼠に害を為す者だったのだ。
(感情的には嫌……だけど……)
しかしラスの口ぶりから察するにラスはクロエを加えたがっているようである。それに常識的に考えれば一人より二人の方が探索の効率が上がるのは確かだ。ラスが望むダンジョン踏破にもプラスになるだろう。
ラスとの契約を最優先するなら、クロエをパーティに入れるのは、自分の好悪よりも優先される。鼠は律儀にそう考えて……。
(わかった。組んでみるよ、パーティ)
(そうこなくっちゃ、ね♪)
◆
ラスが意識的に微笑みを保つ。
善性。
ラスは鼠の根本にある善性に気がついていた。正義感と言い換えてもいい。物心ついた時からの路上生活が鼠に他人への懐疑を植え付けたとはいえ、生来の真面目さは腐り落ちることはなかった。
しかしラスにとって、その善性や正義感や真面目さは、ダンジョン踏破に資するものである限りにおいてのみ、好ましいものだ。妨げになるものならば、それは望ましくないものだ。
目的の前に善悪は平等。少なくともラスにとってはそうだ。今のところ鼠の善性は、ダンジョン踏破に有利に働いている。
さらに。
ダンジョン踏破を目的に掲げるならば、パーティ結成は好ましい。しかしラスの都合上誰でもいい、というわけにはいかない。下手に他のプレイヤーの息がかかった人間をパーティに入れてしまえばそれは獅子身中の虫となる。いつ腹を喰い破られるともしれない。
その点、クロエは三つの点から好ましい。
一つ目は感情表現が分かりやすいということ。マナに感情がよく出るクロエは、嘘をついたりすればラスにはすぐに分かる。
二つ目はこの状況でも誰もクロエに助けの手を伸ばさないことだ。クロエがプレイヤーの息がかかった人間、もしくはその一派であるなら、大して強くもないクロエをソロでダンジョンに潜らせるとは考えにくい。
それにこの騒動でクロエも少し他人に警戒心を持つだろう。それはつまり、他の一派に取り込まれにくくなる、ということだ。
勿論ラスもクロエは比較的安全だということで、絶対に裏切られないとは考えていない。しかしクロエの実力はラスの見立てではラスのサポートを受けた鼠よりも圧倒的に弱い。本来はサポートなしの鼠よりも弱いことが望ましいが、今の鼠の実力でそれは難しい。妥協せざるを得ない。
ラスのサポートがあれば、もしクロエに裏切られ、鼠の命を狙われても殺し返すことが出来る。
以上のような理由からラスはクロエを鼠のパーティに取り込むことに賛成だった。
◆
鼠はラスの微笑みの裏側にあるものには気がつかない。
ラスとの話がまとまったので、保留を解除してクロエにこれから向かうことを伝えたあと、シオンに代わってもらおうとする。
『シオンさんは電話に出れないっスよ。ご主人の希望とかでモンスター寄せ機で集めたモンスターを蹂躙してるとこっス』
「蹂躙て……ご主人ってどんな人なの?」
『いや、ぱっと見どこにいるのかわからないっスね。姫宮家だったら高度な迷彩で隠れててもおかしくないっスけど』
「モンスターの蹂躙を観賞してるのか……どんな趣味だよ。とにかくそっちの現在位置がわかればいいんだけど……」
『あっ、この端末での現在位置の送り方は聞いてるから分かるっスよ。今送るっス。流石展開を読んでたんスね~』
そうして送られてきた場所は、今鼠がいるところからだと、機工兵モンスター三体の近くを通るのが最短だった。
回り道はできなくもないが、それなりに時間がかかる。それに戦闘自体は長引いても五分もかからずに終わる。先ほどの装甲魔狼との戦いは、鼠の先制攻撃から一分も経たずに決着している。
「途中にモンスターがいるんだけど、倒して通ってもいいか?」
『まさかシオンさんもそんなことじゃ怒らないっスよ。クロエも大丈夫っス』
「分かった。今向かうよ」
◆
「さて……やるか」
ナイアーラMAR-S-r-IIIを両手で構え、《魔纏》を発動する。まだあまり有効には使えていないが、幾分か身体能力が向上する。
今回は待ち伏せたりはせずに、通路の真ん中に立って機工兵士たちの目に自然に入るのを待った。《魔纏》を使うと当然マナ探知に引っかかりやすくなるので待ち伏せにあまり向いていないこともあるが、奇襲による先制攻撃なしでやれとのラスの指示だった。
情報収集機器による表示だけではなく肉眼で、銀色の全身甲冑を纏ったかのような存在を三つ認識する。同時に相手も鼠に気がついたのか動きを止めた。
静寂。
先に動いたのは機工兵たちだった。機工銃士が横っ飛びで扉のない戸口から室内へと転がり込み、鼠の視界から消えた。同時に機工盾士が大盾を前面に構えて走り出す。機工剣士はどこか不満げに機工盾士の後に続く。
鼠は集中力を高めると、ナイアーラMAR-S-r-IIIを斜め上へ向け。
引き金を絞った。
十数発のマナの弾丸が天井を穿つかのような角度で放たれた。機工盾士と機工剣士の頭上を越えて、ダンジョンの天井に突き刺さろうとする。
「曲がれ……っ!」
マナの弾丸は鼠の呟きに応え、軌道を修正する。何発か曲がり切れずに天井に痕を残して消滅したが、十発ほどのマナ弾が斜めに弧を描いて、機工銃士が飛び込んだ室内へと放り込まれた。
小規模な爆発音が連続して響き渡る。同時に情報収集機器からコンタクトレンズ型ディスプレイに送られてくるデータを確認する。視界の中で機工銃士の反応の上にステータスが表示された。
動体検知――無反応。力体検知――急速低下中。
鼠は浮遊要塞機甲亀との戦闘でラスが使った、マナ弾に《爆破》を乗せる技術をある程度習得していた。
機工銃士を撃破したと判断した鼠が銃口を正面へと向ける。銀色の機工兵たちはすでに十メートルまで迫っていた。もはや銃の間合いか怪しい距離だが、鼠の持つ武器は銃しかない。
再び集中力を高めて《爆破》を乗せたマナ弾を連射する。機工盾士が構えた大盾に当たり、一瞬姿を煙の向こうに覆い隠す。
しかしすぐに表面が少し焦げただけの大盾に続き機工盾士が飛び出してくる。
鼠自身が全てのマナ操作を行っている今、《爆破》を乗せたマナ弾の威力は、浮遊要塞機甲亀の主砲を防いだときよりも格段に低下している。鼠も当然そのことを認識していて、大盾の上からでは牽制にはなっても撃破には至らないことは織り込み済みだった。
しかし驚愕が鼠を捉えた。目を大きく見開きながら視線を上げる。
煙の中から、大盾と機工盾士を跳び越えて機工剣士が現れた。その頭上で銀色の両手が握る長剣は、細身だが分厚く長い。
その長剣が、光に覆われた。
「半光学式……ッ!」
鼠は呻きながら銃口の角度を上げる。焦ることはないと自分に言い聞かせた。いつもの機工剣士の悪い癖だ。本来鼠の反撃が間に合わない距離に来るまで、盾士の背後に隠れているべきだったはず。
銃口を上げた直後だった。なにか細く鋭いものが水平に飛んできた。咄嗟にかわしながら視線を走らせる。機工盾士が持っていた短めの直剣だった。投げたのだろう。
「くっ……」
集中が乱され、《爆破》をマナ弾に乗せて放つことが困難になっていた。仕方なく通常のマナ弾を乱射する。
コンマ数秒の引き金の遅れ。
《爆破》の乗っていない通常のマナ弾。
ランク3装備のナイアーラMAR-S-r-IIIが鼠の魔力でもって放つ通常のマナ弾は、機工剣士の全身に無数の破損を生じさせた。だが動かぬ人形へと変貌させるには時間も威力も足りない。
鼠の表情が恐怖に引き攣る。その頭部へ向かって、エーテルを帯びた片手半剣が振り下ろされた。
絶体絶命だと思った。
しかしラスは動かない。
(まだ自分でなんとかできるってことか……!)
鼠は素早く黒鼠の左袖に腕を通した。
「うおぉぉぉおおおおおっ!」
腕に力とマナとありったけの意思を込めて、頭上に掲げる。
重く硬い金属同士を叩きつけるような音が響き、黒鼠を覆うマナと半光学式機甲片手半剣が纏うエネルギーがそれぞれ飛散する。
黒鼠、補助スーツ、《魔纏》、そして鼠の意思。全てが乗った腕の盾は、致命的な一撃を、僅かな痛みにまで軽減していた。
直後、衝突の痛みに僅かに歪められていた鼠の顔が、集中という名の無表情によって塗りつぶされていく。
通常のマナ弾では撃破に時間がかかりすぎ、盾士のシールドバッシュを許してしまう。即死に至らしめる必要があった。研ぎ澄まされた精神は鼠に無言になることを強いる。
「…………」
一発だけ。
しかし、鼠が現在可能な限りマナを練り込んだ強力な。
《爆破》を帯びたマナ弾が、無防備な機工剣士の胸部装甲に。
吸い込まれる。
直後、轟音と共に指向性を持った爆発が機工剣士の全身を砕いた。
メインジェネレーターにまで到達した破壊が、強制的に全機能を停止させる。
一瞬遅れて機工盾士のシールドバッシュが鼠の小柄な体を吹き飛ばす。体勢こそ崩されるものの、大きなダメージはない。シールドバッシュが怖かったのは追撃が存在した時だけだ。
小さな瓦礫が散乱している通路の床を転がり、起き上がる。鼠の方へ再び大盾を構えて突撃する機工盾士。目の前まで引き付けて、硬い床を蹴る。
「これで……」
機工盾士が金属製の顔を上げる。盾士と天井の間に鼠はいた。鼠は黒鼠の袖に腕を通したままの左腕を盾士へと伸ばし、掌を目一杯に広げる。
「終わりだッ!」
指向性を持った爆発が降り注ぎ、機工盾士の分厚い装甲に覆われた体を叩き潰した。
爆音。
金属の塊が硬い床に衝突する音。装甲が砕かれる音。露出した内部が致命的に破壊されていく音。
いくつもの音が重なって奏でられ、一瞬の間に轟音となって響く。音の衝撃波が駆け抜けたあとに残されたのは静寂だった。
ざっ、と。
微かな音を立てて鼠が着地する。
マナを纏うことによっていくらか身体能力も向上している鼠は、大跳躍のあとも難なく着地できた。振り返って粉々になった機工盾士を見下ろす。その先に機工盾士が投擲して落下した直剣が転がっていた。
「……もらっておくか」
すでに次元収納の中はそれなりに物で溢れているが、一本くらいなら斜めに入れるようなイメージで入れれば大丈夫なはず。
鼠は機械的な見た目の、しかし実際には頑丈なだけで何の機能も持たない無骨な直剣を次元収納にしまうと、クロエとシオンが待つ約束の地点へと少し急いで駆け出した。クロエはともかくシオンは怒らせると怖い。




