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装甲魔狼とシオンからの連絡

 装備を整えた鼠は二週間、上層中部で戦闘訓練を積んでいた。最初はレベル上げを優先してラスのサポートを受けつつ、近づかれないうちに倒していたが、レベル2になって《魔纏》を選択したのを契機にラスはサポートを減らしていた。

 サポートを減らした理由は、ラスの高度なマナ制御による身体能力の大幅な強化の他に、鼠がそれと知らずに着ているランク6装備の外套、黒熊にあった。


 ◆


 鼠はファミリーレストランのような室内で、床と壁に接合された窓際の大テーブルの上に腹ばいになっていた。銀腕工房で購入したアサルトライフル型半光学式魔銃ナイアーラMAR-S-r-IIIを大きな窓枠から外に構え、ラスのマナ制御によって大幅に性能を引き上げられた情報収集機器が示す三匹のモンスターが通路の先のT字路から姿を現すのを待っていた。


「来たっ!」

 鼠は小さく呟くと人差し指を引き絞る。マナ弾がフルオートで何十発も吐き出され、T字路を直進しようとしていた、五匹の生物系モンスター、そのうち鼠側にいた不運な二匹にその大半が降り注ぐ。

 横殴りのマナ弾の雨に突然打たれた装甲(アーマード)魔狼(マギウルフ)たちは、倒れ伏した二匹の仲間を跳び越えて脅威の下へと疾走を開始した。


 自分達を脅かす存在に気がついた三匹の装甲(アーマード)魔狼(マギウルフ)は、その肉体を盾におよそ三十メートル先の鼠へと距離を詰めていく。しかしラスのような超高精度なマナ弾操作がなくとも、百発を越えようとしているマナ弾の暴風雨に、纏う装甲は割れ、穿たれた生体部分へとさらに追加のマナ弾が命中し、その命へ届かせんと銃創をより深く伸ばしていく。


 遂に耐えきれなくなった装甲(アーマード)魔狼(マギウルフ)が一匹、二匹と倒れていく。しかし二匹目が倒れた直後、背後に隠れていた最後の装甲(アーマード)魔狼(マギウルフ)の口から蒼白いマナの奔流が迸った。


 ラスの叫び声が念話として鼠の脳内に響き渡る。

(《稲妻》っ、避けてっ!)

 鼠が窓枠から顔を引っ込め、大テーブルの上を全力で転がって長シートの座席へと転がり落ちる。直後、蒼白い雷が一閃。窓枠を砕いて鼠の寝そべっていた大テーブルの上に一筋の抉れた痕を残す。そのまま蒼白い稲妻は店内を駆け抜けていき、反対側の壁にぶつかると砕けて散った。


「ッーー!」


 鼠が沸き上がる恐怖を押さえつけて、急いで起き上がる。補助服に加えてマナによる身体強化はあるものの、今は身体面はラスのサポートを受けていない。ナイアーラMAR-S-r-IIIを構えようとした時には装甲(アーマード)魔狼(マギウルフ)は店内に飛び込んできていた。


 銃口はまだ下を向いている。怒りを抱いているような瞳と一瞬目が合う。同時に振るわれた金属製の巨大な爪が鼠の上腕に食い込み、小柄な鼠を大きく吹き飛ばした。鼠は廃墟となったファミリーレストランで宙を舞い、中央近くの大テーブルに叩きつけられると、何度か小さく跳ねながら床へと転げ落ちた。

 

「ぐっ……」


 痛みで朦朧としながらナイアーラMAR-S-r-IIIを構えようとする。しかし腕が動かない。黒熊がその強靭な防御力で本来なら胸で真っ二つになっていた爪での一撃を防いでくれてはいたものの、衝撃まで殺しきれたわけではなかった。巨大な金属爪の直撃を受けた右腕は上腕骨で折れ、もはや使い物にならなくなっていた。ナイアーラMAR-S-r-IIIを落とさなかっただけ奇跡だと言える。


 装甲(アーマード)魔狼(マギウルフ)が跳躍する。正確に鼠のすぐ横に着地することを意図された跳躍の最中、装甲(アーマード)魔狼(マギウルフ)の前足が持ち上げられ、その巨大な爪の先が鼠に向けられた。

 その爪から蒼白い光が立ち昇る。火花が散るように明滅していたその光は数瞬後には放射状に広がる雷となって爪を覆った。

「グゥルァアッ!」

《稲妻》が付与された爪が狙う先は頑丈な防護外套黒熊で隠されていない、転がった拍子に露わになった補助スーツだけの腹部だった。装甲(アーマード)魔狼(マギウルフ)は一度の接触から黒熊の防御力を感じ取っていた。

 

(ここまでかなー)

 ラスの呑気な声が鼠の脳内に響く。鼠も念話で絶叫する。

(は、早く助けてくれよ!)

(はいはい。左手は動くでしょ? ラスが防ぐからとにかく撃ちまくってね~)


《稲妻》を纏い、蒼白く光る爪が鼠の腹を抉り裂かんと振り下ろされる。しかし突如現れた黒い影がその爪の裂撃を妨げる。

「グァ……?」

 至死の一撃を防いだのは黒熊だった。しかしその防護外套には異常なまでに洗練されたマナが流れ、まるで自律するかのようにまくれあがって雷爪の軌道を塞いでいた。


「う、わぁぁあああああっ」


 鼠がナイアーラMAR-S-r-IIIを左手に持ち替える。黒熊の裾から突き出すと力の限り乱射した。恐怖から先ほど以上にマナの籠った弾丸は、至近距離から装甲(アーマード)魔狼(マギウルフ)の頭部装甲を砕き、続く無数の魔力弾が生体部分を穿って脳を貫いた。

 

 嵐のような魔力弾に穿たれ、削られ、下顎より上の頭部を失った装甲(アーマード)魔狼(マギウルフ)がゆっくりと床に倒れ伏す。本来ならば逆の立場であるはずだった二つの生命体だが、鼠はラスのサポートによってその結果を覆していた。


 ◆


 鼠は右腕の激痛を堪えながら、顔の前で左手を上に向け、マナを僅かに消費して次元収納ポーチから未来(フューチャー)遺物(アーティファクト)の回復薬(ポーション)を取り出す。厚紙の箱に入っていた台紙から左手だけで器用にカプセルを二粒切り離すと水も使わずに飲み込んだ。

「ぐぅ……」

 折れた右腕を左手で持ち、なるべく変な付き方をしないように固定する。めきめきと不穏な音が右腕から微かに聞こえ、斬られるような激痛が内側から鼠に苦悶の声を上げさせる。しかしそれも十秒程度で収まり、右腕は動かせるようになった。


「……ふぅー」

 鼠が右手をぐーぱーさせて違和感がないことを確認したあと、大きくため息をついて項垂れる。

 冒険者管理機関(ギルド)が参考までに定めているモンスターランクで装甲(アーマード)魔狼(マギウルフ)はランク2。同じレベルの冒険者とタイマンで互角というのがモンスターランクの目安である。

 レベル2にもかかわらず、そのランク2モンスターに圧倒されたと鼠は落ち込んでいたのだが、あまりネガティブになられても面倒くさいと思ったラスが口をはさんだ。


(いやいや、二匹を盾に魔法を撃たれてる時点でタイマンじゃないから。むしろ一対五の状況からよくやったと思うよ?)

 鼠は少し考えて、確かにあの状況をタイマンと言うのは無理があると思った。

(まぁ……そうか。なら逆になんで僕は一人で四匹も倒せたんだ? 一匹一匹が僕と同等の実力なはずなのに)

(奇襲だったこと、射程の差、装備の性能)

 

 鼠の銃ナイアーラMAR-S-r-IIIはランク3の装備であり、ランク3のモンスターに対して有効打を持てるような設計になっている。鼠の未熟な射撃技術、魔力制御技術を差し引いても、ランク2の生物系モンスターである装甲(アーマード)魔狼(マギウルフ)であれば痛手を与えることが可能だった。

 

(やっぱり装備って大事なんだな)

(勿論。こんな危険な訓練を行えるようになったのも黒熊があるからだしね。硬さもだけど、魔力伝導率がとんでもないよ、この装備)

 ラスが嬉しそうに頬をほころばせる。銀腕工房でルイナから格安で購入した黒熊は、それ自体破格な防御力を持つだけではなく、高い魔力伝導率を保有していたことでラスのサポート能力を格段に向上させた。

《魔纏》の応用で黒熊にマナを通したラスは、魔力操作の要領で黒熊を自由自在に動かせるようになった。そしてその防御力はランク2モンスターの攻撃を易々と受け止める。咄嗟の防御力を手に入れたため、敵の接近を許すような訓練が可能になったのである。


(やっぱり危機感を持った方が訓練効率が上がるからさ! 頑張ってね!)

(そりゃわかるけどさ……)

 鼠は憮然としている。実際に痛みを追うのは鼠なのである。しかし両頬を手で打つと、気を入れ替えて立ち上がった。

(早く強くなってラスに恩返ししなきゃいけないしな。泣きごと言ってられないか)

(鼠くん、偉くなって……ラスは嬉しいよ。でもちゃんと腕で防御するつもりでマナを込めてれば、補助スーツの強度も上がって打撲程度で済んでたからね)

(うっ)

 嘘っぽい仕草で嘘の涙を拭きとりながら真実という刃で鼠を刺す。言ってること自体は至極まっとうに鼠の失点を指摘するものであり、鼠は何も言い返せない。


 ◆


 身体の痛みから回復し、心の傷からも立ち直ると、鼠は倒した装甲(アーマード)魔狼(マギウルフ)の解体を始めた。情報端末を見ながら銀腕工房で買ったランク3解体用ナイフでざくざくと換金部位を切り取っていく。

「えーっと装甲(アーマード)魔狼(マギウルフ)は爪と牙が比較的高く売れるのか……」

 情報端末には予めダンジョンで発見されたモンスターの買い取り部位の一覧がインストールされている。勿論ここに書かれている部位以外も買い取ってくれはするが、安いので効率は良くない。

 

「それにしても、こうやって見ると魔法を使う為の部位って存在しないよな。どうなってるんだ?」

 弾丸を発射したいなら銃がいるし、それが実銃なら弾倉、光学銃ならエネルギーシリンダーなどの供給機関が必要だ。対してマナや魔法の使用には一切の器官を必要としない。


(マナは生体部分がないと生成されないからね。生体部分全てがマナの生成器官みたいなものだよ)

 後ろに手を組んで漂いながら宙を漂いながらラスがそう偉そうに解説する。鼠は実例に思い当たる節があり、手を止めずに聞いた。

(……機工兵シリーズと戦うときに、ラスが純機械製のモンスターだから魔法は使えないって言ってたのはそういうこと? そういえば浮遊要塞機甲亀(フロート・タートル)も魔法を使わなかったっけ)

(せいか〜い)

 

 念話で雑談をしながらもあくせく解体をしている鼠の前で、バカンスでもしているかのように頭の後ろで腕を組んで宙に寝転ぶラス。イラッとしながらも鼠は黙って手を動かす。

 十分もかからず五匹分の剥ぎ取りは終わる。切り取った爪と牙は次元収納の中に放り込んだ。

 

(にしても本当に便利だよな、この次元収納。戦闘中に気軽に使えないのが残念)

 次元収納は習得した固有魔術とは異なるため、使用にはある程度の集中が必要となる。

(時空間魔法か闇魔法の一部を固有魔法として持ってると、戦闘中でも使いやすくなるみたいだよ)

(系統の近い固有魔法だと使いやすくなるのか。感覚が似ているのかな?)


 ◆


 鼠は次のモンスターを倒そうと動き出す。すでに情報収集機器は敵の反応を捉えていた。ちょうどラスとの話にも出たレベル2の純機械製モンスター、機工兵シリーズの剣士、盾士、銃士の三体パーティだ。よく見かける組み合わせであり、訓練中に何度か倒している。


(うーん、なんにもなしじゃ訓練にならないから条件を二つ付けるね! 一つ目は最初に銃士を倒すこと、二つ目は最後の一体を《爆破》で倒すこと!)

(うぇぇ……いや、どうすんだよ。銃士は盾士の後ろにいるか、障害物に隠れてるんだぞ?)

 機工兵シリーズはそれなりに状況に適した行動を取る。銃士であれば障害物を使い、盾士であれば見方を守るような行動を取る。剣士だけはどんなときでも猪突猛進する熱血馬鹿ではあるが。

(もちろん、曲げるんだよ。曲射最強〜!)

(曲射の意味あってる?)


 ぶつくさ言いながらもマナ弾を曲げるイメージをなんとか描こうとする。そのまま歩き出そうとすると、腰に留めてある情報端末が震えた。


 規則的に振動する端末を手に取ってみると、大きな画面には『姫守シオン』の名前があった。

 知り合いが連絡してくる、ただそれだけのことに喜びを噛み締めながら、鼠は通話ボタンを押して耳に当てた。

「シオンさん? どうしたんですか?」

『ちょうどダンジョンにいたのですね。よかったです。単刀直入に言いますと、クロエという冒険者を預かってくれませんか?』


 情報端末を介した通信はダンジョンの外にいる者同士、あるいは同じ階層にいる者同士であれば可能である。そのことからシオンは鼠がダンジョン内にいると判断した。


(クロエ?)

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