装備ランクと新しい銃
鼠が毛皮のコート型防護服、黒熊を着ると、裾は膝下にまで届いた。長めの外套を着たような格好になっている。
「......元々は短丈のコートなんだがな。まぁ長さはいいか。それより......」
ルイナは鼠が素足で直接履いているボロボロの靴を見下ろし、眉をしかめた。
「……靴も後で考えるか。銃優先だからランクはだいぶ落ちるだろうけど」
「......ありがとうございます」
鼠にとっては辛い時期を共に過ごした靴だったので少し感傷的になったが、頭を振って辛い記憶を追い出した。
「そういえば、ランクってなんですか?」
ゲイルラバーズのミユとの会話でも出てきていた装備のランク。ゲイルの使っていた光学式機甲大剣ハスティーナGS-R-IVはランク4とのことだった。
「装備ランクとは装備する時のレベルの目安ですよ。装備ランク3なら、レベル3の冒険者が装備するのに適してるということです」
「そうだ。重さだとか反動だとか、基本的にそのレベル前提の設計がされている。だがあくまで目安だ。軽装なら重さも大したことないし、反動を抑えた銃もある。反動を抑え込める補助スーツを着ればいいということもあるしな。レベルより高ランクの装備を使ってる奴は多いし、扱えて金があるなら、できるだけ高ランクの装備にするべきだぜ」
「装備ランクが上昇するほどに値段は指数関数的に増加します。性能は概ね比例しますけどね」
ルイナとシオンが、あくまで大まかな目安となる金額だと前置きしたうえで、鼠に大体の相場を教える。オーダーメイドや兵器、低ランク帯の魔銃なんかはこれの数倍の値段がする。
ランク1:~100万円
ランク2:~500万円
ランク3:~2000万円
ランク4:~5000万円
ランク5:~1億5000万円
ランク6:~3億円
ランク7:~10億円
ランク8:~20億円
ランク9:~50億円
ランク10:~100億円
ランク11以上:時価
「ランク10が市販品としては最上級、それ以上は全て素材持ち込みのオーダーメイドだ。作れる鍛冶師チームも限られてくる。まぁお前にはしばらく関係ない話だな」
ルイナは冗談めかして言う。鼠は気にしなかった。その通りだからだ。腕を持ち上げて、だいぶ余っている黒熊の袖を見る。
「この黒熊はランクいくつなんですか?」
「……ランク4だ。半額以下に負けてやってるんだ。感謝しろよ?」
鼠が顔を上げてカウンターの奥を見る。初めて来た時から目に留まっていた巨大な両刃機甲斧。
「あれは……」
「アレか。作った時はランク8程度だったが、改良しまくってたから今はどうだろうな?」
「あなたが引退するまで使えていたんでしょう? どれだけ低く見積もっても10はありますわ」
「んー、まぁそういうことになるのか」
銀腕のルイナの過去。それを知るようなシオンとルイナの会話に、鼠は入っていけない。シオンが引退という言葉を使った時に、ルイナが微妙に嫌そうな顔をしたことに鼠は気がついていた。
ルイナが話題を鼠の装備に戻す。
「今日わたしが紹介してるのは予算を考えてランク3か4の装備だ。駆け出しのランク1でこんな格上の装備を買えるやつなんてそうはいないぜ?」
(ラスに感謝しないとね〜)
鼠はドヤ顔で胸を張っているラスを無視してルイナの話を聞く。
「靴はランク2とかになりそうだけどな。まぁそれより先に魔銃だな」
ルイナは黒熊を着たままの鼠を連れて、以前にも来た魔銃が並んでいる一角へと向かう。
「先に言っておくと魔銃は基本的に他の銃の数倍の値段がする。ランクが上がってくると倍率は下がっていくがな。だから今日わたしがおすすめするのはランク3の魔銃にオプションパーツを数個つけるってモンだ」
そこまで言うとルイナは通路の奥の壁に並んでいる拳銃を指さした。
「一応言っておくがわたしが渡した拳銃のナイアーラMHG-BE-Iを改造なんてのは全くお勧めしない。どれだけ強化してもランク2がいいところだろうからな。同じハンドガンタイプを使いたいとしても別物を買った方が絶対にいい。だがそれも基本的にはサブ武器としてだな」
通路奥の壁から指を外し、手のひら全体で棚に並んだ長物の銃器を示す。
「……それで話を戻すが、メイン武器はどうする? スナイパーライフル、ショットガン、アサルトライフル、サブマシンガン。可能性としてはこの辺りか? わたしとしては射程、連射性、威力、反動その他バランスのいいアサルトライフル型を勧めるがな。ソロなら特にだ」
「わ、わかりました。アサルトライフルでお願いします」
「よし。ならまずはベースとなるのがこのナイアーラMAR-S-IIIだな。ショートバレルタイプのアサルトライフルで、狭い場所でも比較的取り回しがいい。バレルが短い分初速や命中精度はやや劣るが、魔銃を使うような奴は基本的に魔弾の軌道修正ならやっちまう奴らだからな。お前もやってるだろ?」
「あ、は、はい。装甲ゴブリンの生体部分の急所に当てれば一撃で倒せて楽ですしね」
ぴた、とルイナとシオンが動きを止めた。二人は無言で視線を交わす。
ルイナは普通外れるような弾を曲げて当てるくらいはしてるだろ、という意味で聞いた。シオンもそう思っていた。しかし鼠の答えはそれ以上だった。
全身の八割を装甲に覆われている装甲ゴブリンの生体部分を銃で狙うのは、案外難しい。止まった的とは違い装甲ゴブリンは小柄な上にこちらを殺そうと動き回るので尚更だ。
装甲を貫ける装備や能力を持っていないなら、弾幕を張って偶然生体部分に当たるのを待つか、接近戦で動きを止めて生体部分に刃を突き立てるのが基本的な戦い方だ。勿論装甲を破れるなら細かいことは気にせず装甲の上から倒してしまえばいい。ゲイルがその戦い方だ。
装甲ゴブリンの生体部分、さらに急所まで狙って当てられるということは、動きの鈍いモンスターなら、間違いなく急所に当てられるということだ。さらに曲げられるのであれば、直接射線が通っていなくても命中させることが出来る。これがどれほどの戦力なのか、元・現高ランク冒険者の二人は理解していた。
「……これは将来が楽しみですね」
「あぁ。実力以上のところに突っ込んでいかなきゃだけどな」
どれほどの実力者でも、自分より強いモンスターには負ける。そのことも二人はよく知っていた。特にルイナは。
ルイナは少年への期待と過去の少年への追憶で僅かに乱れた気分を持ち直して、カウンターからパッド型のデバイスを持ってくる。大きな画面を数回タップしてカタログページを開くと鼠に渡した。
「……さて、本体価格が4500万円だ。オプションをそのページから選べ」
開かれたカタログはナイアーラMAR-S-IIIのページで、装着可能なオプションパーツと簡単な説明がずらりと並んでいた。詳しい説明が知りたければ、それぞれタップすればオプションパーツのページに移動するようになっている。
鼠はオプションの説明を読んでいったが、正直どれにすればいいのかさっぱりわからない。そもそもマナ弾を制御しているのはラスなのだ。ラスに聞くべきだろうと思い、念話で呼びかける。
(ラス、なにか希望はあるか?)
(そーだねぇ)
ラスが姿を現し、端末を覗き込んだ。
(貫通性能と直進性を高める強化ライフリング……照準器は全部いらないとして……うーん)
しばらくリストを眺めていたラスだったが、とあるオプションパーツの詳細画面を開くように鼠に言う。
鼠がタップして移動した先の画面をしばらく睨んだあと、ラスは頷いた。
(これがいいかな)
ラスが選んだのはエネルギーシリンダー用マガジンへの換装オプションだった。実銃や光学銃とは違い、装備者のマナを弾丸とする魔銃には本来マガジンは必要ない。通常マガジンを装着する部分には持ち手としてだけの役割を持つ部品が装着されている。マナはトリガーを絞る手から送られるように設計されている。片手でも扱えるようにするためだ。
前方の取っ手としての役割しか果たしていない部品を、エネルギーシリンダーを差し込めるマガジンに換装する。そしてそのシリンダーから銃にエネルギーを供給し、マナ弾の初速を上げられるというオプションだった。どれほどエネルギーを供給するかはマナ制御で操作できるため、無駄が少ない。
(貫通性能がむしろ邪魔になる場合もなくはないからね。必要なら弾丸を回転させたりはわたしがやればいいし、自由なタイミングで威力を上げられるっていうのがいい)
(だけどエネルギーシリンダーはランク3だと一本五十万もするんだぞ?)
(ゲイルの武器を思い出してよ。あれはランク4だけど、あれの一段階下でも補助火力としては十分だと思わない? それにこのオプションをつければこの銃は半光学式だよ?)
このオプションパーツをつけたシュミレーションが画面には表示されており、そこには半光学式魔銃ナイアーラMAR-S-r-III、と書かれていた。鼠は少年心にぐっと来るものを感じる。特に小文字のrに。
元々機能として備わっている場合は光学式、オプションなどによって光学機能が加わった場合は半光学式、と一般的に言われている。
「あの、こ、これで」
鼠はルイナにエネルギーシリンダー用マガジンへの換装オプションのページを見せた。ルイナは画面を見て何度か頷く。
「悪くないな。エネルギーシリンダーの料金はそこそこするが、どうせ常用するものじゃないだろ?」
「はい。でも金額的にオプションはこれだけになってしまいますね」
「だろうな。一応他の雑多なものからいくつか買わないで、別のオプションに金を使うっていう選択肢もあるが」
他のオプションはラスの食指が動かなかったこともあり、鼠は断った。ルイナがナイアーラMAR-S-IIIと特殊マガジンへの換装セットを取ってカウンターに置き、また戻ってくる。
「で、最後は他の細々としたものだな。これは簡単だ。ランク3次元収納ポーチのヨグソラスII、ランク2防護ブーツのアトラクDB-II、それから携帯食料、補助スーツ用のランク4エネルギーシリンダー、魔銃用のランク3エネルギーシリンダー、簡易宿泊キット、治療ポーション、それから冒険者用の通信端末だ」
銀腕のルイナはそこでニヤリと笑った。
「連絡端末にはオプションとして、わたしの通信コードを追加しておいてやるよ」
「あっ、わたしもわたしも」
◆
「た、短剣は……」
「予算がないからムリだぜ」
「がびーん」
◆
しばらくして鼠は足取り軽く銀腕工房を出た。短剣は買えなかったが、他のものには概ね満足していた。ルイナが黒熊の袖を詰めたり、銃に換装オプションを施したりしている間、鼠はシオンと話して待っていた。シオンの話はほとんどが主人とやらへの愚痴だったが、中には鼠の冒険者稼業の役に立つ話がいくつもあった。通信端末の使い方も教えてもらった。
鼠は通信コード一覧に並んでいる二つの名前を見てにやにや笑っている。初めて得たと言っていい他人との確かな繋がりだ。紅鷹ルイナ。姫守シオン。その二つの名前は鼠にとって単なる連絡先以上の意味を持っていた。
軽い足取りを支えているのは頑丈な防護ブーツのアトラクDB-II。上位モデルには壁を走れるようになるものもあるらしい。
膝下から上の身体を覆い隠すのが黒い外套、黒熊。元々大男用のマウンテンパーカーだった黒熊は、袖を短く詰められ、襟紐を追加されて鼠用の外套となっている。袖に腕は通っておらず、羽織っているような形になっている。滑りがいいので外套の内側から腕を出す時もひっかかったりしない。
黒熊の内側、腰に巻かれているのは銃を携帯できるベルトと、次元収納ポーチのヨグソラスIIIだ。ランク3の次元収納ポーチは収納スペースが一辺六十五センチの立方体程度で、大き目の段ボール箱一つ分くらいだ。ゲイルラバーズのククリが持っていたランク4の次元収納ポーチの四分の一程度の大きさだが、値段はおよそ半額強の二千五百万。出し入れに魔力をさほど必要としないこともあり、ランク3としてはほとんど最高の評価額だった。一般的なランク3装備の最高額である二千万を越えてもいる。
次元収納ポーチは扱いやすく、容量が多いものほどランクが高くなる。高レベルの冒険者にもなると数メートルある搭乗用ロボットや戦車を次元収納に入れてダンジョンに持ち込み、それで戦う冒険者もいるらしい。
特に上層は狭い廊下が多く、そういった搭乗兵器は使い勝手が悪いが、鼠が見つけた未踏破区域のような場所や中層以降ではそういった兵器が非常に有効だ。
とはいえ巨大な兵器ほど強いというわけではなく、そういったものが入るスペースにエネルギーパックやら弾薬類を詰め込み、搭乗兵器を買えるだけの金額を補助スーツや人間用の武器につぎ込んで、搭乗ロボットと互角以上に渡りあう冒険者も数多く存在する。
この辺りのことを鼠はシオンから聞いた。面白く感じると同時に、そういったはるか格上の冒険者の怖さに身震いもした。
次元収納ポーチの中には簡易宿泊キットや回復薬、ナイアーラMAR-S-r-III用のレベル3エネルギーシリンダー、補助スーツ用のレベル4エネルギーシリンダーなどが詰め込まれている。およそ三分の一ほどがそういった冒険に必要な道具で占められていた。残りの三分の二ほどが未来遺物を持ち帰るためのスペースで、上層の未踏破区域の遺物をみっちり詰めたらニ千万円分くらいにはなるだろう。未来コンビニのビニール袋でいうと二つ分くらいの空きスペースだった。
同じく腰に巻かれたガンベルトには新しく購入したナイアーラMAR-S-r-IIIがメイン武器として右腰に、元々ルイナから貰っていた拳銃タイプのナイアーラMHG-BE-Iがサブ武器として左腰に吊られている。左腰の奥には通信端末用のホルダーが、腰の真後ろには次元収納ポーチのヨグソラスIIIの口が来るように装着されており、右腰の奥には情報収集機器クトゥーガDAD-G-IVがある。この並びは右手でメイン武器を構えながら左手でなるべく多くのものを扱えるようにした結果だ。右腰の奥にある情報収集機器には触りにくいが、戦闘中に触る機会は他のものに比べれば少ないだろうと判断してその位置になった。なお、シオンのアドバイスが多分に影響を与えている。
鼠の身体が直接纏うのはレベル4補助スーツ、イゴローナSS-IV。首から上がないタイプで癖が少なく、多くの冒険者にとって人気のシリーズだ。ルイナが既に鼠の身体能力に合わせて調節しており、さほど力を込めなければ今のような通常歩行が可能である。
頭部装備に関しては、基本的に情報収集機器と連携させると便利なので、最初から情報収集機器のメーカーが出しているものを使うことが多く、補助スーツ側では用意していないものが多い。
ルイナは今回は予算の都合もあるが、実は最初からフード付きの黒熊を進めるつもりだったので、特に頭部装備のことは鼠に話していない。必要があればフードを被るように言っただけだ。鼠も特に不思議には思わなかった。
今、街を歩く鼠をストリートチルドレンだと思う者はいない。装備だけなら中層間近、あるいはそこに一歩足を踏み入れた冒険者である。
鼠の視界に数人の少年少女が目に入る。ラウドという以前何度か鼠から食料を奪った少年がリーダー格の小規模なグループだった。
ラウドが目を細めて鼠を見る。見慣れない、良い装備をした子供が歩いているのだから当然とも言えた。そしてそれが貴族階級の子供でもなく、鼠だと気がついたその時、ラウドは歯ぎしりの音が聞こえてきそうなほどに口元を歪め、溢れ出る嫉妬と憎悪を隠そうともせずに鼠を睨みつけた。
その隣でラウドの恋人をしている、かなり美人な部類のティアという少女が、ラウドの様子に気がつき、鼠に視線を向ける。ティアは鼠が誰かわからないようだったが、ラウドに気がつかれないようにそっとラウドの服装に視線を戻すと、落胆したような表情を僅かに見せた。
鼠は近くまで来ると視線が合わないように前を向き、足早に通り過ぎた。しかし背中にへばりつくラウドの視線は、道の角を曲がるまで感じ続けていた。
◆
鼠が出て行った後の銀腕工房のカウンターで、マロボルを吸い始めたルイナにシオンが微笑む。カピタン以外の煙草の匂いはシオンは嫌いではないのだが、微笑んだ理由は煙草とは関係なかった。
「黒熊のランク、嘘をついてよかったのですか?」
「なんの話だ?」
ルイナは目を逸らした。明らかに心当たりがある態度だったが、本人はちゃんと騙せているつもりでいる。ルイナにとってはそれが精一杯であり、シオンは内心でかわい~と拍手していた。
普段なら引いてもいいところだが、ルイナが鼠とばかり話していたせいでルイナ成分が不足していたシオンはさらに意地悪な口調で続ける。
「奥多摩のダンジョンから出て来て、一時とはいえ一帯を支配していた黒王熊の金属繊維の毛からできた防護服がランク4なはずはないでしょう? ランク6、それも最高評価に近いもののはずです。無能な鍛冶師が作ったものではないわけですし」
「……よく知ってるな」
「もちろん。姫宮家のメイドですから」
上位貴族階級、姫宮家。一族に仕える家系に生まれた姫守シオンは、主人を守るために姫宮家の情報網を使うことを許されていた。
「……あいつは悪いやつではなかった。だがまさか、調子に乗って深層に挑んじまうなんてな」
黒王熊は金属質の毛皮や爪を持つ生物系モンスターだった。本来は奥多摩東部ダンジョンの深層のモンスターだったが、生物系モンスターのみに起こりうる「モンスターのレベルアップ」を果たし、一段上の強さを手に入れた特殊個体だった。
平均レベル6の中級冒険者がパーティで単位で挑んでようやく勝負になると言われている。熊由来の機敏さ、強靭さ、タフネス、さらに固有の強化魔法も持っており、討伐は困難を極めた。
しかし、その中級冒険者達は誰一人欠けることなく、黒王熊の討伐に成功した。そして勢いのままに東京中央ダンジョンの深層に挑み、そこで壊滅した。
「ふー」
銀腕のルイナが煙を吐き出す。今日もダンジョンは多くの命を飲み込んでいる。ルイナのかつての左腕と、左目を飲み込んだように。煙の中にルイナは一人の痩せ細った少年を思い浮かべ、無意識に無事に戻って来てほしいと願った。




