21 トルカ
幸いな事に急所は外れており死にはしないと診断されたけれども、今後は安静にしなければならないというのである。
鎮痛剤がよく効いているので、今、ケネスは眠っている。
ムスクス夫人のお抱えの医師が言った。
「今は容態が安定していますが、急に悪化することもあります。看護師をここに置いておきますので、一晩、様子を見ましょう。奥様は、自分のお部屋にお戻りください。今夜は、わたくしどもにお任せください」
「分かりました。あたしはランドールの様子を見てきますわ」
そう告げてから、ランドールの部屋に入る。すると、予定通りにランドールに扮したトルカが待っていた。実に久しぶりの対面である。
包帯を自分で外したかと思うと、彼は、茶目っ気たっぷりにウインクしてみせた。
少し垂れ目で眠たげな顔のトルカは、今にも泣きだしそうなアリーシャとは対照的だ。
この館では盗聴される心配があるという事なので、トルカが黒板片手に文字を書き始めている。
『よう、久しぶりだな。聞いたぜ、ケネス様は大変だったな。めり込んだ弾を取り出すのに手間取っていたらしいな』
アリーシャも筆談で答えていく。
『何とか終わったわ。ケネスの命は別状はないけど重症みたいよ。トルカは、ここでは喋れなくて不自由じゃないの?』
『いやいや、なーんも問題なんてないぜ。メイドが運んでくる飯もめちゃくちゃ美味いし、綺麗な部屋でゴロゴロしていられるんだ。楽なもんさ。昨日の夜は、仮面をつけたまま自由に開きまわったけどな。内緒だけど、ここのメイドと抱き合ったりして楽しく過ごしたよ。それで、今朝から、仕方なく包帯男になったんだけどな。誘拐されて運ばれている間の窮屈さに比べたら天国ってもんさ』
トルカは、祭りが始まるまでは島の安宿に潜んでいたという。
そして、宴の喧騒を利用して屋敷に潜り込んだのだ。ちゃんとランドールに見えるように金髪のカツラをつけている。
体型的にはトルカとランドールは酷似しているのだが……。ハラスに比べるとトルカは日焼けしている。
屋敷にいる者は二日酔いのせいなのか、ハラスとトルカの微妙な変化には何も気付いていないようである。
『明日、おまえとケネス様はここから出る予定なんだな。俺も一緒に帰る』
アリーシャは書くのが面倒になり、トルカの耳元に口を寄せて会話する事にした。
『それにしても、トルカが無事で本当に良かったわ』
ヒソヒソと声を潜めながらも、トルカはこれまでの出来事を話してくれたのである。
大学に通う金持ちの放蕩息子を装い賭博場に向かうと、店の奴等に妙なものを飲まされて昏睡状態になったという。そこから何時間も流れて、ハッと気付いたら王都の埠頭の倉庫に閉じ込められていたというから驚きだ。
『他の奴等は遠い場所に連れて行かれるみたいだったなぁ。船員達の話によると異教徒の町まで行くような口ぶりだった』
『誘拐された人は他に何人いたの?』
『七人もいたぜ』
なぜか、トルカだけ、別の箱に詰められてバルモア島に到着しており、そして、気付いたら孤島で暮らすハラスと対面していたというのだ。
『ハラスの祖父は革命家の奴等に献金していたらしいぜ。ラウルの手下達が喋ってるのを輸送中に聞いたのさ。ラウルは公爵が王族を嫌っていると思っている。まぁ、実際に公爵は王妃を恨んでいる。反政府の組織の奴等も公爵を仲間とみなしているらしい』
『きっと、そうやって彼等から情報を買っていたのよ。油断させてラウルの弱みを握っていたんだわ』
『今頃、本物の王子が殺されていたとしても、俺は驚かないよ。王妃のやったことを考えたら、それぐらいの報いを受けるべきなのさ』
確かに、王と王妃がイリスを追い詰めたが腹違いの弟の王子に罪はない。
『どうせ、あんな馬鹿王子が次の王になったら我が国は衰退する。ハラスが王様になる方がいいぜ。ケネス殿には悪いが、今頃、ハラスが王子を亡き者にしていたらいいのにとさえ思うよ』
『馬鹿なこと言わないでよ』
そんなことを聞くと、お腹の底がヒヤヒヤしてくる。
『ハラスを信じる。ハラスは父親に会いたいだけなんだと思うわ。腹違いの弟を殺すなんて考えられないわ』
『仕方ないな。こうなったら乗りかかった船だもんなぁ。つーか、ハラスも俺達に裏切られたら破滅するんだぜ。お互い、信じるしかないさ』
トルカも色々と考えているようである。
『まぁ、とにかくハラスを父王と対面させよう。ハラスだって王の息子なんだもんな』
とまぁ、そんな会話をした翌日。面会してもいいと医師からの許しが出たのでもアリーシャはベッドに横たわるケネスに尋ねた。
「身体はどう?」
上半身裸の状態で肩に包帯を巻いている姿を目にすると切なくなる。アリーシャはベッドの脇に膝をつくと顔を覗き込み彼の手を握り締めていく。
「そんな顔するなよ。心配いらないさ。こんなの、ほんのかすり傷だよ」
「だけど、患部が炎症しているのよ」
「医師の見立てによると一週間は安静にしなければならないらしいな。俺のことはどうでもいいよ。おまえが無事で良かった……。一足先に王子と王都に戻ってくれないか。おまえと王子は命を狙われている。王子と共に警護してもらうように、かつての部下達に頼んでおいた」
アリーシャはゆっくりと微笑みつつ、自分の指を使って文字を書くことにしていた。
誰にも盗み聞きされたくない。
『あたしは王都に向かうわね。道中、ずっとハラスを見守る事にするわ』
いずれ、ケネスとランドールが、本物の王子を丁重に送り届けてくれるだろう。
(本物の王子に関しては安心よ)
この後、ハラスは父親に会うことになるだろう。きっと、うまくいく。そう思いたいのに嫌な予感が背中に張り付いている。ケネスを撃った黒衣の男は、まだ近くにいるかもしれない。
ケネスを殺すのが目的なのか。それとも、アリーシャを殺すつもりで付け狙っていたのか。
アリーシャは王子を誘拐しようとした黒衣の男にしてみれば目障りな存在だ。
あの男は、また王子を狙うだろう……。
(王都でやり損なった事をここて果たすつもりなのかもしれない)
何かが起こりそうな予感がして顔を曇らせていると、ケネスがアリーシャを引き寄せて耳元で囁いた。
『偽の王子のことを頼むぞ。ここからは、アリーシャ、おまえが頼りだ』
もちろん、期待に応えるつもりだ。




