第十八話 「ふれっしゅごーれむ に」
お待たせしました。何度も悩みましたが、自分の好きなように書こうと思い筆を執りました。お楽しみいただければ幸いです。
「帰ってきたと思ったら意外と、騒がしくなっているね此処は」
マルク・ハーマンが呆れた顔でその女の姿を見る。
東方の着流しの着物と呼ばれる衣服に、刀と呼ばれる剣をもったこのウルグスでは異色の冒険者だ。
実力はA級になったばかりだが確かにそれだけの実力はあると誰もが思えるほどの剣士である。
名はラヴァリエ。この大陸では珍しく侍と呼ばれる他大陸の騎士職を持つ凄腕の剣士である。
また妙な色香をもつだけに着流しの着物から彼女の豊満の胸が見えていた。
マルクは彼女に注意をするつもりで声を掛けたが
「白昼堂々男を誘うな、新人が浮つくだろう。そう言うのは他でやってくれ」
「嫌だよ。あたしゃアンタに愛想を振りまいてるだけさ、他のガキに用なんかないよ。
それよりも考えてくれたかい? あたしと一晩楽しく過ごすことをさ」
これである。どういう訳かラヴァリエはマルクに懸想しているのだった。
だが彼にとって最愛の女性は妻だけであり、その最後までそれを突き通すつもりなのだ。
つまるところ答えは決まりきっていた。
「俺が愛した女は妻だけだ。他の誰にもそれは変えられない」
「相変わらずだねぇ……でもそんなあんたが懸想している相手がいるって評判あたしが知らないとでも? 」
マルクがぎょっとすると、してやったりとラヴァリエは意地悪い笑みを浮かべた。
「なんでも貴族の令嬢らしいじゃないか、しかも相当な美人だと。あたしより上かい?」
マルクもまた反撃の糸口を見つけたのか笑いながら答えた。
「おう。お前より美人だぞ、女神の生まれ変わりと言っても俺は信じるね」
ラヴァリエは予想外の言葉に、何を言えず仕事の話をし始めた。
「まぁいいさね。今話題のフレッシュゴーレムの仕事の話をしようじゃないか」
真剣な表情になったらラヴァリエを見ながらマルクは一息吐くと説明をし始めた。
「フレッシュゴーレムが発見されたのは一週間前。スラムの密偵が無防備に貴族がスラムに入っていくところを注意したのがきっかけだ。
そいつは貴族なんかじゃなくフレッシュゴーレムだった。しかも新種だったらしく鋼鉄の剣で切りつけても傷一つ追わなかったらしい。
そしてその日から、路地裏で死人が増えた。死体は干からびた状態で発見され、中には……」
「吸血鬼、が血をすすっているって噂も広がっているんだろ?」
「ああ。俺もスラムに足を踏み入れたが予想外に手がかりはない。スラム自体が何か新しい生き物のようにうごめいている気配がする」
「スラム自体がダンジョンになっているっていうのかい?それは話が飛躍しすぎだろうさね」
ラヴァリエが気味悪そうに顔をしかめる。
「とにかく広さが予想以上に広がっているのは確かだ。ダンジョンコアが生成されている可能性も有る。注意したほうが良い」
ダンジョンコアとは迷宮を作成する不可思議な宝石だ。
未だ発生する理由も、なぜ迷宮を生み出すかも分かってはいない。
ただ一つ分かっているところは、ダンジョンコアの発生した周囲は空間が歪み異常に広くなっていくことだ。
更にモンスターも生成されるため、ダンジョンコアの破壊は急務といえた。
「無駄に命を張る理由はないよ。まずは偵察でいいんだね。で、あたし達を雇う値段はどれほどさね」
「ああ。フレッシュゴーレム討伐に金貨60枚、吸血鬼に金貨80枚、ダンジョンコアが生成された場合、破壊に白金貨1枚だ」
「こりゃ相当張り込んだね」
基本的にフレッシュゴーレムを討伐するのは金貨20枚前後である。異常種と考えても二倍が相場だ。
吸血鬼は前後するが、相場の二倍程度の報酬だ。
また生まれたばかりのダンジョンなど金貨30枚が相場、これは破格過ぎる値段だ。
「街の中にダンジョンなど作られてはもってのほかだ、早急に解決する必要が有る。
それと死霊使い(ネクロマンサー)が出没する可能性がある。気をつけろ」
「もう1パーティー欲しいところだけど、偵察にしては上出来かね。
まあ、あんたがいけばいいさ。簡単に解決するだろうさね」
「お前も知っているだろう。足止めを食らっている、目の前につれてきてくれれば別だがな……」
「10年以上前の派閥争いに巻き込まれるあんたはご愁傷様とかしかいえないねぇ。
まぁいいさね。今回は私に任せて、ゆっくりしておくれ」
「頼んだぞ」
「はいよ」
ラヴァリエが手を振りながら去っていく。
・
ウルグスの路地裏の前で四人の冒険者風の女たちが喋っていた。
女達はウルグスの町でも一二を争う凄腕の冒険者チームで「暁の翼」と呼ばれていた。
四人は路地裏を覗き込み、ズカズカと入っていく。警戒心のけの字も無い。
路地裏の闇程度では彼女達の命に届かない。たとえ路地裏の住人が束になってかかってきても傷一つ無く制圧する自信があった。
「ねー姉御ー、生き人形に金貨60枚て、ほんとうかなー」
緑色の髪と翡翠色の目を持つ神官服を着た女が、隣を歩く女に声を掛けた。
彼女は神の教えより金勘定が好きなダメ神官だった。
現に今も頭の中には報酬がチラつき、四人で山分けされた報酬で何を買うかというのが今日の悩みである。
「本当さ。マルクからの直々の依頼さね、とりっぱぐれはないよ」
姉御と呼ばれた華美な着物姿の女が答える。彼女こそラヴァリエであった、腰には東方から伝わる刀を挿しており、ウルグスでは珍しい侍と呼ばれる職業を持つ。
東方の血を引いているのか、黒く長い髪と黒い瞳を持つ日本人のような外見で、十人中十人が振り返る美人だが、凶悪な笑みのせいでこれまで男に言い寄られたことは無い。
「こいつ買って来たんだから。仕留めなきゃ赤字になっちまうよ」
なめした皮鎧に身を包んだ盗賊風の女が嘆くように言った。
懐には取っ手の付いたハンドベルが肩に掛けたベルトにぶら下がっていた。
これは【静寂の鐘】と呼ばれるアンデッド退治の必須のアイテムである。
効果はその鐘の音によってアンデット系の動きを鈍らせ、低級のアンデットなら昇華するだけの威力を持つ魔法道具だ。
正し、必須アイテムなだけに高い、それに教会でしか買えない事を含めて一つ金貨五枚の値が付いていた。
「あたしの火炎魔法で滅却! ってな訳よ。ベルは要らない子ー」
赤い髪の魔法使いが笑い声を上げながら言う。起伏の乏しい胸が豪快な笑いによって膨らむ。
彼女は自慢の火炎魔法がアンデットによく効くので、今回の仕事は楽だと心から思っている笑いだ。
「エッダ! 油断は禁物さね! なんでもフレッシュゴーレムは新種らしい、魔法耐性持っているかもしれないさ!」
「ラヴァリエは心配性ー、あたしの火炎魔法を防げる存在なんていないし」
けらけら笑うエッダを他所に、ラヴァリエと呼ばれた着物姿の女は、ため息をついて路地裏を進んだ。
暫く進み路地裏の奥に行くと空けた広場が現れた。案外広く、ここでなら戦闘行動も可能だと一同が思い、ベルを持っている盗賊へと目を向けた。
「使うのかよ。金貨五枚だぞ、調べてからのほうがいいと思うが」
盗賊は未だ納得がいかないようにベルの使用をためらっていた。
何せ、一般人の一か月分の給料に匹敵する金額だ。躊躇わないほうが可笑しい。
「いや、早めに使ったほうがいいさね。どうもここは死の臭いに満ちている……」
持ち前の【危機察知】で違和感を感じたラヴァリエのそんな言葉をさえぎるように、バガンッ、という音がして振り返ると歩く死体が窓を突き破って現れた。
しかし歴戦の冒険者である彼女達は慌てることもなく戦闘隊形に移行する。
ラヴェリエが先頭に立ち、その後ろにエッダと神官が並び、最後尾に盗賊が【静寂の鐘】をベルトから引き抜いた。
「ベルを使いな! リル! ここは案外死地かもしれないさね!」
ラヴァリエの言葉にベルを鳴らす盗賊風の女リル、ベルの音が放射状に広がり飛び出してきた歩く死体が灰のようになって消えていく。
しかし直後、ベルに触発されたのか壁を突き破って歩く死体の大群があふれ出すように家から飛び出してくる。
運悪く、壁に寄っていた神官の服がゾンビによって引っ張られた。
「ウギャャャャ!!」
神官が叫び声をあげて、壁から突き出た腕を振り払い、エッダの元に駆け寄る。
それを見たエッダが一唱節で魔法を発動させた。
「燃えろ!【ファイアーボール】!」
エッダの魔法が、神官を目指し走りこんできた数十の歩く死体を焼き尽くす。
しかし、それ以上に早く、歩く死体があふれ出るように家々から飛び出してきた。
再度ベルを鳴らすも動きがわずかに鈍っただけで特に効果が発揮しているとは思えなかった。
「ベルが効かない?! ……違う、数が多すぎて効果が半減しているのか!」
「こいつら路地裏の住人さ! どうやら死霊術師が仲間を増やしたようさね! 雪崩れ込まれても厄介さね! 一旦撤退するさ!」
ラヴィリアの言葉に頷き、一同はその場から撤退を開始する。
魔法使いのエッダが、【ファイアーウォール】を唱え終るとラヴァリエがエッダのその小さな体をすぐさま抱えて走り出した。
そこへ、一人のローブを纏った人影が現れた。退路を防ぐように立つその人影を見る。
目がくぼみ、継ぎ接ぎだらけの顔、かすかな風に乗ってくるのは高価な香水の臭い。
エッダを置いて、フレッシュゴーレムに対峙する。
「こいつは生き人形! 金貨60枚は貰いさね!」
フレッシュゴーレムはラヴィリアに向けて手を突き出しながら走りこんできた。
ラヴィリアは自らの獲物の鯉口を切り、対峙したフレッシュゴーレムに切りかかる。
「侍職、舐めんじゃないよ!【雪花】!」
ラヴァリエの刀スキルが発動して、音速に近い形で刀の刃がフレッシュゴーレムを真っ二つに切断した。
鋼鉄より強度が高いと言われていたのに一瞬で倒してしまった、その手応えの無さに我を忘れて唖然となった。
「予想外に柔らかいさ、情報の齟齬が有るさね?」
「姉御ー! 後ろからゾンビが走ってくるぞー!」
【ファイアーウォール】を突き破って歩く死体が走ってくる。
もはや数百を上回る数になっており、何処からこの数のゾンビを生み出したのかは不明だった。
体に炎を纏って走ってくる姿を見て舌打ちするとラヴァリエが叫んだ。
「生き人形の撃破で報酬は硬いさ、さっさとずらかるさね! ミシェル! 浄化しな!」
「ベル、貰うぞー! こんどはスキル付きで発動してやるー!」
神官のミシェルは、いつもののんびりした顔じゃなくて怒りに満ちた顔になっていた。
盗賊のリルからベルを奪い取り、先ほどの恨みを晴らすべくスキル効果によってベルを鳴らした。
スキルの効果によってミシミシと音を立てているベルを見て。
「金貨五枚がぁ!」
と走りながら嘆く、盗賊のリル。
スキル【聖印属性付与】、アンデット系を浄化する聖印属性付与がベルの音に乗って周囲に広がる。
後ろから走ってきたゾンビが爆発するように灰になっていく。
同時にモロに反動を受けて音を立てミッシェルの手の中で爆発するベル。
「てかっ熱っ! 指やけどしたんですけどー! 誰か治療してー!」
「あんたが僧侶さね?!」
ラヴァリエの言葉に我に変えるミシェル。
「回復ー回復ー」と回復魔法を唱えて走るミッシェルを放って置いて、後ろから追撃してくる歩く死体の集団を見て舌打ちした。
このまま行けば、路地裏から大通りまで付いてくる、そうすれば街の人間に被害を出すのは確実だろう。どうにかして追撃を止めなければ。
【静寂の鐘】をもう一本手に入れておくべきだった。そんな後悔を持ちながら、再度ゾンビに向き直る。
「このまま大通りに出るわけには行かないさね! 一度、押し返すさ!」
盗賊のリルと魔術師のエッダに目配せすると、エッダがくるりとゾンビに向きなおり詠唱を開始した。
それを守るようにラヴァリエがエッダの前に立つと、盗賊のリルが叫んだ。
「上になんか居んぞ!」
その直後、リルの体が紙切れのように吹き飛んだ。




