第十七話 「ふれっしゅごーれむ いち」
最近のゾンビは足が速すぎです。
路地裏にはいろんなものが潜んでいる。浮浪者、物乞い、スラムの住人。そして暴力、麻薬、死体。
ただ今日だけは珍客があったようだと、ベルトは思った。
見たことの無い高価なローブを着て路地裏に入ってきた男に、ここの住人と同じ臭いを感じられなかった。
まずベルトはかろうじてローブの先から見えている手先を見た。綺麗な手だった。
剣も鍬も握ったことのないような手をしていた。
(さて魔法使いなら多少変色しているんだけどな)
魔法使いなら薬草の調合などで指先が変色することが多々あるからだ、だからベルトは注意深く見ていた。
しかし、あるのは綺麗な指先だけ。まるで何の苦労も無い様に育った指先だとベルトは思った。
自分なら剣ダコにカチカチになった指先をしている。冒険者なら当然だ、しかしこの人物は違った。
(貴族のお忍びかよ……下々の暮らしにようやく目を向けてくれる気にでもなったんかねぇ)
綺麗な指先、高価なローブに貴族の当たりをつけて結論を出した。
もし貴族じゃなくても路地裏に入ったら追いはぎに会うのは確実だ。
ベルトは注意深く観察していたのをやめると男に近づいた。
少し離れた位置から声を掛ける。
「あー、ここから先はやめときな。あんたがどういう了見で先に進もうとしているかは知らんが、あんたの格好は刺激的過ぎる」
男が振り返り、目が合った。
途端、怖気が走りベルトは腰に手を当てていた剣を引き抜いた。
「フレッシュゴーレム!」
人間を素体とする生き人形の名前を叫んだ。
何故一発で分かったのか、答えは簡単だ。
顔の一部、目ががらんどうになっていたからだ。
継ぎ接ぎだらけの体、そしてフレッシュゴーレムは嗅覚と聴力だけで相手の位置を把握して襲い掛かる、強力なアンデットだ。
例に漏れず、ベルトに襲い掛かるフレッシュゴーレム。
剣を一振り、相手の体に当たると火花を散らしてベルトは後退した。
「硬ェ!」
予想外の硬さに驚く、通常のフレッシュゴーレムは素体の人間と同じ硬さだ。死後硬直したと考えても、鋼鉄の剣で切って火花を散らせるのはおかしい。
「新種かよ、ついてねぇ。ギルドに報告だな」
ベルトは煙幕を取り出すとあたりにばら撒いた。特殊な煙幕はフレッシュゴーレムの鼻を潰した。
(路地裏の奴らには悪いけど、命あってのものだねだしな。悪く思うなよ)
その夜、路地裏では三人の死者が出た。
・
「フレッシュゴーレム?こんな街中に?」
その次の日。リリーシャはマルクに呼び止められて話を聞かされていた。
「今、冒険者による警邏隊が組織されている」
「まるで何でも屋ですね」
「本来、冒険者とは、そういうものだ」
失せ物探しから、飼猫の捜索などをやっていると知ったらリリーシャはどう思うだろうと悪戯心がわいてくる。
「でもあれって墓地に沸くアンデットではありませんよ」
アンデッドは空気中に漂う残留思念が実体化したものだが、フレッシュゴーレムは違う。
アレは人が作り出すものだ。
「それは調査中だ。大方、どっかの死霊術師が逃がしたのかも知れん」
そんな危ない人物がいれば直に捕まってもおかしくない。
捕まっていないということは、そんな間抜けではないということだ。
明確な攻撃の意思を感じる。
「でも何故、そのフレッシュゴーレムは人の脳を好んで食らうのでしょうか?」
最初に話した事件のあらましを考え、マルクは唸った。
「被害者は三人、全員脳と太股を食われていた、それ以外は損傷なしだ。脳を食らったのは意味が分からん」
(昔映画で見たな、ゾンビと言えば人の脳を食らう。確か"脳みそくれー"って言っていたな)
映画を思い出しクスクスと笑っていると不気味なものでも見るようにマルクが見ていた。
コホンと咳払いをして、話を戻した。
「脳は分かりますけど太股は……ああ、一番柔らかい部位でしたね。まるで歩く死体ですね」
今度は本当にこいつ女かと言う視線を向けるマルク。
「路地裏に現れるフレッシュゴーレム。死霊術師が操っていると考えてよろしいですか?」
死霊術師とは死体を操る魔法使いのことだ。
厳密に言えば歩く死体は死体に悪霊を取り付かせて意のままに操る術を言う。
「厳密に言えば人形使い(ドールマスター)が該当するな。死霊術師と言えば腐った死体だ。
歩く死体とかぐろいぞ、たまに切りあうのだがあの腐臭は耐え切れるものじゃない」
「教官、獣人ですものね。匂いには敏感なのですから気を付けてくださいよ。
では今回は人形使い(ドールマスター)の討伐と言う意味でクエストを受ければよろしいのですか?」
「何故お前が討伐に行く?」
「それを言いに来たということは討伐隊に入れということではないのですか?」
「いや、今回に限ってはお前は近づくな。
お前はなんでも一人で解決しようとする癖があるからな。待機だ」
リリーシャは、ぷぅ、と顔を膨らました。この少女もこんな顔をするのかと驚くマルク。
「私、フレッシュゴーレムと戦った経験がありません。ぜひ戦いたく思います」
そんなことかよ。と頭を抱えるマルク。
「お前が出ると碌なことにならん。待機だ、待機!」
言いつけるように指を指されて、リリーシャはギルドを出た。
無表情を顔に貼り付けたまま。
・
「分かっているのか、リリーシャは、街の路地裏といえば、麻薬や娼婦や犯罪者らがてぐすね引いている場所だということが」
マルク・ハーマンはまるで初心な子供を心配するような顔で言った。
「いい加減、リリーシャさんを子ども扱いするのは辞めたらどうですか、彼女だってもう立派な成人女性なんですから」
受付嬢のマールがマルクを非難する。
このSSOの成人は15歳と決まっている。リリーシャは17歳なのでバリバリ成人である。
子供も生めるし結婚も出来る、そんな事を言うとマルクはふてくされた様に言う。
「リリーシャにはまだ早い。それにあいつは貴族だ、アルマータ伯爵家の一人娘だぞ。立派な男子を貰わなきゃならん、お前とは違う」
「いつ調べたんですか?!」
マールが驚いてマルクに質問した。
「オードリーの馬鹿の事件のときに王都に問い合わせたんだよ。身元をはっきりさせときたかったからな。そしたら伯爵家の一人娘と言うことが分かった」
軽くストーカーの領域に踏み込んでいる実の父親にマールは引いた。
「あまり女性を詮索するのはおやめになったほうが……」
さすがに自覚はあったのだろう罰の悪そうな顔で、「そう言う訳にもいかん仕事だ」と言った。
「それに今回の事件、何かがおかしい」
「おかしいとは?」
父親であるマルク・ハーマンの勘は一流だ。勘だけで事件を解決したこともある。
笑えない事実だけに父親の勘は重視される、マールも聞き逃さないように慎重に聞いた。
「現場で嗅いだ臭い、香水の臭いが混ざっていた」
「香水?娼婦の香水の臭いじゃないのですか?」
路地裏なら非合法の娼婦たちが働いていることもある。
臭いのきつい香水で体臭をごまかしている娼婦も多い。
「いや、貴族の香水の臭いだ」
マルクは顔を強張らせて言った。
夏バテ気味で食欲が……。
皆さんも夏バテに気をつけてくださいね。




